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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第11話 婚約話の残り火

 

 封書の中身は、想像していたより短かった。


 正式な婚約証書ではない。

 その前段階で交わされた覚え書きに近い。

 家同士の意向確認。

 条件の整理。

 今後の調整に関する文面。


 王都の有力貴族と、ベルクライン辺境伯家。

 文言は丁寧だが、そこに書かれているのは結局、家と家の取引だった。


「完全な婚約成立までは至っていないのか」


「ええ。外から見れば“ほぼ決まり”という段階で止まっています」


 セリスは机の横で答えた。


「そして今は、そのまま破談へ傾いている」


「理由は、噂通りの性格問題?」


「表向きは」


 その言い方で、もう答えは出ているようなものだった。


 レオンは覚え書きを閉じる。


「性格が悪い。協調性がない。冷たくて、王都の社交に馴染まない」


「そのあたりが定番です」


「便利だな」


「とても」


 セリスは本当に便利な道具の話でもするみたいに言った。


「特に、能力のある女性を切る時には」


 そこまで言って、彼女は少しだけ目を伏せた。

 自分にも思うところがあるのかもしれない。

 だが、その先は話さない。


 レオンも掘らなかった。

 今必要なのは、過去の感傷より構図の把握だ。


「その有力貴族って、どの派閥」


「断定は避けますが、第一王子派に近い家です」


 やはり。


 整った王都。

 正しそうな秩序。

 中央に都合の悪い余白を減らす発想。


 辺境伯家の令嬢を王都側へ取り込み、価値が薄れたら切る。

 あるいは、最初から辺境の主導権を握るための手だったか。


 どちらにせよ、政治の匂いしかしない。


「フィアナ本人が嫌がった可能性は」


「あります」


 セリスは頷く。


「実際、社交界での評判は一様です。“愛想がない”“王都の流儀を軽んじる”“場を凍らせる”」


 レオンは少しだけ顔をしかめた。


「それ、半分くらいは仕事してる人間への悪口だろ」


「殿下はそうお思いになりますか」


「思うよ」


 前世でも見た。

 曖昧な空気を嫌って話を詰める人間が、冷たいとか可愛げがないとかで切られていくのを。


 特に、その人間が女ならなおさらだ。


「現地の数字を抱えてる人間が、王都の夜会でにこにこ愛想よくできるとは思えない」


「同感です」


 セリスは珍しく、はっきり肯定した。


「ただ、そういう人物は王都では好かれにくい」


「だろうな」


「好かれにくい人物は、切る時も話が早い」


 その言葉で、レオンは覚え書きをもう一度見た。


 婚約話が持ち上がる。

 噂が広がる。

 破談へ傾く。

 そして辺境令嬢の悪評だけが残る。


 いかにも王都らしい。

 誰かが直接「潰せ」と言わなくても、空気だけで十分に人は傷つく。


「フィアナ本人は、今その件をどう思ってるんだろうな」


「存じません」


 セリスの答えは変わらない。

 知らないものは知らない。


「ですが」


 彼女は少しだけ続けた。


「辺境伯家の立場が弱っている今、婚約話が消えれば、彼女に残るのは悪評だけです」


 そこが一番きつい。


 結婚の利もなく、王都での信用もない。

 現地では実務を背負わされる。

 そのうえ辺境は荒れている。


 レオンは内心で、まだ見ぬ令嬢に少しだけ同情した。

 それと同時に、警戒もする。


 こういう立場の人間は、たいてい簡単には他人を信じない。

 信じた結果、ろくな目に遭っていないからだ。


「会った瞬間から歓迎はされないな」


「まず無理でしょう」


 セリスが即答する。


「王都から第三王子が来る。しかも“補佐”の名目で。現地から見れば、監視か干渉か、どちらかです」


「最悪、厄介ごとの追加か」


「はい」


 そこまで言われると、逆に清々しい。


 レオンは椅子の背へ体重を預けた。

 目立たず、無理せず、適当に生きたい。

 それが基本方針のはずなのに、向かう先にはどうにも気になる事情が山積みらしい。


 嫌な性分だと思う。

 真面目に回していた人間が、評判だけで切られていく話は、どうしても他人事に聞こえない。


 前世の自分がそうだった、とは言わない。

 でも、似た匂いを何度も見た。


「殿下」


 セリスが呼ぶ。


「何」


「一つだけ申し上げます」


「どうぞ」


「フィアナ・ベルクラインが実際にどういう人物であれ、最初から哀れむのはおやめください」


 レオンは少しだけ目を瞬いた。


「厳しいな」


「必要です」


 セリスの声は平坦だった。


「有能で誇り高い方なら、同情は侮りとして映ります」


 その指摘はもっともだった。


 レオンは覚え書きを机へ戻す。


「分かった。噂も、同情も、持ち込みすぎないようにする」


「それが賢明です」


 会話が切れる。


 窓の外では、王都の夕方が少しずつ色を薄くしていた。

 明日になれば、出立の準備はさらに慌ただしくなるだろう。


 フィアナ・ベルクライン。

 悪女と呼ばれた令嬢。

 婚約話の残り火を抱えたまま、荒れた辺境を支える女。


 会う前から面倒そうだ。

 だが同時に、王都の都合だけで切れる人物にも見えなかった。


「……ますます、現場を見ないと分からないな」


 レオンがそう呟くと、セリスは静かに頷いた。


「その通りです。ですから、明日は出立前の挨拶を終え次第、すぐに発てるよう整えます」


「挨拶、ね」


 父王は事務的に終わる。

 エドガーは整った顔で何か言うかもしれない。

 ガレスは来るかどうかも怪しい。


 どれも楽しみではない。


 けれど、王都でやるべき最後の手順ではある。


 レオンは立ち上がり、机の上の書類を軽く揃えた。


「じゃあ、明日で終わりにしよう」


「王都を、ですか」


「少なくとも、いったんは」


 セリスは何も言わなかった。


 代わりに、次の日の予定を書いた紙を差し出してくる。

 出立前の確認。

 王家への形式的な挨拶。

 荷馬車の編成。

 護衛の確認。


 現実的で、面倒で、ありがたい。


 レオンはその紙を受け取った。


 王都での最後の夜は、感傷より先に実務で埋まりそうだった。

 それはそれで、自分らしい気もした。



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