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捨てられ第三王子は、信頼を取り戻したいだけなのに、崩壊寸前の辺境領と婚約破棄寸前の令嬢まで任されました  作者: 玖城イサ
第一章

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第10話 北方の事情

 レオンの部屋へ戻ると、机の上には既に地図と数冊の記録が並べられていた。


 準備が早い。

 早すぎて、少し怖い。


「君、いつの間に」


「命令が確定する前から必要だと思っていましたので」


 セリスは悪びれもしない。


「気が利くね」


「仕事です」


 本当に、隙のない返ししかしない。


 レオンは椅子へ腰を下ろし、机上の地図へ目を落とした。

 王都から北へ伸びる街道。

 その先にあるフェルド領。

 地図の上では大きく見えるが、実際の広さも距離も、まだ身体感覚が追いつかない。


「まず、土地の話からいたします」


 セリスが地図の北方を指先でなぞる。


「フェルド領は寒冷地です。冬が早く、長い。春耕の遅れがそのまま年の不足へ繋がります」


「不作が起きやすい」


「はい。ただし、不作だけならどの領地でも起こります」


 そこで彼女は別の紙を出した。


「問題は重なっていることです」


 寒冷。

 不作。

 流通の悪化。

 街道の荒廃。

 山越えの危険。

 盗賊の増加。


 一つずつならまだ分かる。

 だが複数が同時に来ている。


「加えて、役人の腐敗が疑われています」


 セリスの声は淡々としている。

 けれど、そこだけ少しだけ圧があった。


「疑われている、か」


「断定できるだけの証拠は王都にはありません。ですが、数字と報告が噛み合っていない」


 その言い方に、レオンは前世の嫌な記憶を少し思い出した。

 現場は苦しいと言っているのに、上がってくる報告書だけ整っている時の空気だ。


「不作のせいで片づけるには、減り方が綺麗すぎるわけだ」


 セリスが初めて少しだけ感心したような顔をした。


「話が早くて助かります」


「ありがたくない勘だけどね」


 レオンは地図の北方を見たまま言う。


「盗賊は」


「増えています。ただし、これも単なる治安悪化で終わる話ではないかもしれません」


「裏がある?」


「現時点では不明です。ですが、物流が弱れば領地はさらに弱る。それを喜ぶ人間はおります」


 王都の財務卿派。

 あるいは地方商人。

 もしくは領内の誰か。


 名前までは出さない。

 今の段階で決めつける材料はないからだろう。

 そういうところは信用できた。


「面倒だな」


「ええ。かなり」


 セリスが即答する。


 レオンは椅子へ浅くもたれた。

 北方辺境。

 寒い。遠い。面倒。

 そこまでは昨日の時点で分かっていた。


 だが、今日見えてきたのは、もっと質の悪い面倒だ。

 自然条件が厳しいだけではなく、人の都合が何層も絡んでいる。


 王都が本命の王子を置かない理由としては、十分だった。


「もう一つあります」


 セリスが新しい紙を置いた。


 名前が書いてある。


 フィアナ・ベルクライン。


「ベルクライン辺境伯家の令嬢です。実質的に、現地で領政を支えていると見てよいでしょう」


「令嬢が?」


「父である辺境伯ユリウス・ベルクラインは病弱です。名目上の領主ではありますが、実務を十分に担える状態ではありません」


 それ自体は珍しくない。

 代わりに家臣か子が動くこともあるだろう。


 だが、セリスが今ここでその名を強調する以上、それだけではない。


「問題は、彼女に悪評が立っていることです」


 レオンは紙から目を上げた。


「どんな」


「性格が悪い。協調性がない。傲慢。冷たい。王都ではそのように」


 いかにも便利な悪評だった。

 女で、実務に関わり、周囲へ嫌われる役を引き受けた人間に乗りやすい噂でもある。


「実際は?」


「存じません」


 セリスはあっさり言った。


「会ったこともありませんので」


 その返しに、レオンは少しだけ安心した。

 この女は、知っていることと知らないことを分けて話す。


「ただ」


 彼女は紙を整えながら続けた。


「悪評がここまで王都で完成している時点で、ただの性格問題では済まない可能性があります」


 レオンもそう思った。


 寒冷地の不作。

 流通の悪化。

 領内の腐敗。

 そして、実務を担う令嬢への悪評。


 綺麗に嫌な条件が揃いすぎている。


「その令嬢が、現地で邪魔なんだろうな」


「可能性は高いでしょう」


「王都にとっても、領内の誰かにとっても」


「ええ」


 部屋が少しだけ静かになる。


 レオンはフィアナの名をもう一度見た。

 まだ顔も知らない。

 声も知らない。

 本当に性格が悪いのかもしれないし、逆に嫌われ役を押しつけられているだけかもしれない。


 だが、少なくとも一つだけ言える。


 王都で完成された悪評は、だいたい誰かに都合がいい。


 前世でもそうだった。

 仕事を回している人間ほど、愛想がないとか融通が利かないとかで嫌われる。

 そして、その嫌われ方は大抵、便利に使われる。


「まだ一度も会ってないのに、少し同情しそうだ」


「早いですね」


「噂だけで人を判断するとろくなことにならないのは、知ってる」


 セリスは否定もしなかった。


 代わりに、机の端から別の封書を一通取り上げる。


「同情するには、もう一枚材料があります」


「まだあるのか」


「はい。こちらは領地そのものの問題ではなく、その令嬢自身の立場に関わる話です」


 封書には、王都の古い家紋が押されていた。

 名前は書いていない。

 だが、扱い方からして軽い文書ではないのが分かる。


「フィアナ・ベルクラインには、かつて王都の有力貴族との婚約話がありました」


 レオンは眉を上げる。


「かつて、ってことは」


「今は破談寸前です」


 それで繋がった。


 悪評。

 王都。

 有力貴族。

 婚約話。


 ただの辺境事情ではない。

 政治の匂いが、一段濃くなる。


 セリスは封書を机へ置いたまま、レオンを見た。


「殿下が赴く先には、荒れた領地だけではなく、まだ燃えきっていない火種があります」


 婚約話の残り火。

 その表現が妙にしっくり来た。


 レオンは封書へ手を伸ばした。

 北方の寒さより先に、そちらの方が面倒そうだと思いながら。



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