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青景の頁(せいけいのページ)――産声が消えた世界で  作者: 直助


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8/10

光が届かない部屋で

 夜。


 


 端末が震えた。


 


 担任からだった。


 


『明日の朝、車を向かわせる』


 


『必要な荷物だけまとめておいてくれ』


 


『家財はこちらで整理する』


 


『置いたままでいい』


 


 それだけ言って、通話は切れた。


 



 部屋に戻る。


 


 静かだった。


 


 冷蔵庫の音だけがする。


 


 着替えを鞄に入れる。


 


 下着。


 シャツ。


 制服。


 


 段ボールをひとつ出して、


 思いついたものから詰めていく。


 


 本。


 ノート。


 歯ブラシ。


 


 思っていたより、

 入れるものがなかった。

 


 誰の声もしない。


 


 物音もしない。



 


 居間を見る。


 


 椅子。


 食卓。


 流し台。


 


 どれも昨日のままなのに、


 少しだけ遠く感じた。


 



 寝室。


 


 布団に入る。


 


 


 いつもなら、


 廊下の向こうで食器の音がして、


 祖母の咳払いがして、


 


 それから電気が消える。


 


 


 今日は、何も聞こえない。


 


 


 天井を見たまま、


 いつのまにか朝になっていた。


 



 目が覚める。


 


 声はない。


 


 それでも、自然に体が起き上がった。


 


 もう、起こされなくても起きられるらしい。


 


 顔を洗い、




 鞄を持つ。


 


 


 食卓の端。


 


 白い箱。


 


 骨壺。


 



 しばらく見ていると、


 外で車の音が止まった。


 


 チャイムが鳴る。



 担任と、見知らぬ職員が立っている。


 


「荷物を運びます」


 


 それだけ言って、中に入ってきた。


 


 


 段ボールを運びながら、


 職員が白い箱に目を向ける。


 


「遺骨はこちらで管理します」


 


 小さな札を差し出された。


 


 管理番号。


 数字だけ。


 


「後日引き取りますので、ご自宅に置いておいてください」


 箱の横に、札を置く。


 それだけで、説明は終わった。


 


 

 箱は、昨日と同じ場所にある。


 


 手を伸ばして、少しだけ触れる。


 



 軽い。


 


 


 それ以上は、何もしなかった。


 



 外に出る。


 


 少し大きめのワゴン車。


 


 段ボールは五箱だけ。


 


 思っていたより、ずっと少ない。


 


 


 家を振り返る。


 


 


 窓。


 屋根。


 玄関。


 


 


 何も変わっていない。


 


 


 ただ、


 もう自分の家ではない気がした。


 


 


 ドアが閉まる。


 


 車が動き出す。


 


 


 同じ町並みが、ゆっくり後ろへ流れていった。



 車は、施設の裏手に回った。


 


 見慣れた校舎の奥。


 


 低い建物が並んでいる。


 寮、と書かれた小さなプレート。


 


 それだけだった。


 


 段ボールを運ぶ。


 


 廊下は短い。


 


 突き当たりの扉の前で、担任が止まった。


 


 鍵を差し込む。


 


 乾いた音。


 


 


 ドアが開く。


 


 


 ベッド。


 


 小さな机。


 


 テレビ。


 


 


 それだけの部屋だった。


 


 窓はある。


 


 景色は、隣の建物の壁。


 


 


 段ボールを隅に積む。


 


 五箱。


 


 それで、いっぱいになった。


 



「生活に必要な場所だけ、案内する」


 


 担任が言う。



 食堂。


 


 自動販売機。


 


 洗濯室。


 


 談話スペース。


 


 


 どこも静かだった。


 

 


「校舎と研究棟は、いつも通りだ」


 



「困ったら連絡しろ」


 

 


 それだけ言って、担任は戻っていった。


 


 


 足音が遠ざかる。


 


 


 すぐに、何も聞こえなくなった。


 



 昼。


 


 食堂で、トレーを受け取る。


 


 白い皿。


 


 味の薄いスープ。


 


 温かいご飯。


 


 


 向かいの席は、空いている。


 


 


 箸の音だけがする。


 



 午後。


 


 いつもの教室。


 


 いつもの授業。


 


 


 黒板。


 


 端末。


 


 チョークの音。


 


 


 何も変わらない。


 


 


 ただ、


 


 帰る家が違うだけだった。



 夜。


 


 また食堂。


 


 また同じ席。


 


 


 テレビのニュースの音だけが、遠くで流れている。


 


 


 誰も、話していない。


 



 部屋に戻る。


 



 ベッドに座る。



 


 物音がしない。


 


 


 冷蔵庫もない。


 


 食器の音もない。


 


 足音もない。


 


 


 


 誰の声もしない。


 


 




 電気を消す。


 


 


 暗闇の中で、目が慣れる。



 


 天井が、少し低い。


 


 


 ひとりだった。


 


 


 しばらく、目を閉じられなかった。


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