光が届かない部屋で
夜。
端末が震えた。
担任からだった。
『明日の朝、車を向かわせる』
『必要な荷物だけまとめておいてくれ』
『家財はこちらで整理する』
『置いたままでいい』
それだけ言って、通話は切れた。
⸻
部屋に戻る。
静かだった。
冷蔵庫の音だけがする。
着替えを鞄に入れる。
下着。
シャツ。
制服。
段ボールをひとつ出して、
思いついたものから詰めていく。
本。
ノート。
歯ブラシ。
思っていたより、
入れるものがなかった。
誰の声もしない。
物音もしない。
居間を見る。
椅子。
食卓。
流し台。
どれも昨日のままなのに、
少しだけ遠く感じた。
⸻
寝室。
布団に入る。
いつもなら、
廊下の向こうで食器の音がして、
祖母の咳払いがして、
それから電気が消える。
今日は、何も聞こえない。
天井を見たまま、
いつのまにか朝になっていた。
⸻
目が覚める。
声はない。
それでも、自然に体が起き上がった。
もう、起こされなくても起きられるらしい。
顔を洗い、
鞄を持つ。
食卓の端。
白い箱。
骨壺。
しばらく見ていると、
外で車の音が止まった。
チャイムが鳴る。
⸻
担任と、見知らぬ職員が立っている。
「荷物を運びます」
それだけ言って、中に入ってきた。
段ボールを運びながら、
職員が白い箱に目を向ける。
「遺骨はこちらで管理します」
小さな札を差し出された。
管理番号。
数字だけ。
「後日引き取りますので、ご自宅に置いておいてください」
箱の横に、札を置く。
それだけで、説明は終わった。
箱は、昨日と同じ場所にある。
手を伸ばして、少しだけ触れる。
軽い。
それ以上は、何もしなかった。
⸻
外に出る。
少し大きめのワゴン車。
段ボールは五箱だけ。
思っていたより、ずっと少ない。
家を振り返る。
窓。
屋根。
玄関。
何も変わっていない。
ただ、
もう自分の家ではない気がした。
ドアが閉まる。
車が動き出す。
同じ町並みが、ゆっくり後ろへ流れていった。
⸻
車は、施設の裏手に回った。
見慣れた校舎の奥。
低い建物が並んでいる。
寮、と書かれた小さなプレート。
それだけだった。
⸻
段ボールを運ぶ。
廊下は短い。
突き当たりの扉の前で、担任が止まった。
鍵を差し込む。
乾いた音。
ドアが開く。
ベッド。
小さな机。
テレビ。
それだけの部屋だった。
窓はある。
景色は、隣の建物の壁。
段ボールを隅に積む。
五箱。
それで、いっぱいになった。
「生活に必要な場所だけ、案内する」
担任が言う。
⸻
食堂。
自動販売機。
洗濯室。
談話スペース。
どこも静かだった。
「校舎と研究棟は、いつも通りだ」
「困ったら連絡しろ」
それだけ言って、担任は戻っていった。
足音が遠ざかる。
すぐに、何も聞こえなくなった。
⸻
昼。
食堂で、トレーを受け取る。
白い皿。
味の薄いスープ。
温かいご飯。
向かいの席は、空いている。
箸の音だけがする。
⸻
午後。
いつもの教室。
いつもの授業。
黒板。
端末。
チョークの音。
何も変わらない。
ただ、
帰る家が違うだけだった。
⸻
夜。
また食堂。
また同じ席。
テレビのニュースの音だけが、遠くで流れている。
誰も、話していない。
⸻
部屋に戻る。
ベッドに座る。
物音がしない。
冷蔵庫もない。
食器の音もない。
足音もない。
誰の声もしない。
電気を消す。
暗闇の中で、目が慣れる。
天井が、少し低い。
ひとりだった。
しばらく、目を閉じられなかった。




