ある朝の記憶
朝。
目が覚める。
天井が白い。
しばらく、そのまま横になっていた。
音はない。
足音も、
食器の音も、
名前を呼ぶ声も。
ただ、遠くで蝉が鳴いている。
体を起こす。
顔を洗う。
制服に袖を通す。
もう、起こされなくても起きられる。
それが少しだけ不思議だった。
⸻
食堂。
同じ席。
同じトレー。
同じ味。
向かいの椅子は、今日も空いている。
箸の音だけが響く。
⸻
教室。
窓の外は晴れている。
担任が黒板に日付を書く。
2087年8月7日。
チョークの音。
その下に、文字を続ける。
「2072年8月7日 午前6時12分男児出生。
三十年ぶりに産声を確認。
母体はその後、容体が急変。
同日午前、死亡が確認された。」
板書の音だけが続く。
「今日は、この日の記録を扱う」
淡々とした声。
いつもの授業と同じ調子。
ページをめくる音。
時系列。
体温。
心拍。
呼吸。
正常。
そして。
母親が、
最初に聞いた音。
「――産声を確認」
そこだけ、なぜか耳に残った。
朝だったらしい。
まだ日が低い時間。
病室に、声が響いたと。
そのとき、
不意に思った。
その声を、
自分の声を。
聞いていてくれたんだ、と。
⸻
窓の外を見る。
雲が、ゆっくり流れている。
空が広い。
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
理由は、うまく言葉にならなかった。
ただ、
息を吸うと、
目の奥が、少しにじんだ。
⸻
授業が終わる。
席を立つ。
廊下を歩く。
いつもの道。
同じ空。
同じ朝。
それでも、
今日は、
少しだけ違う気がした。
遠くで、蝉が鳴いている。
あの日も、
こんな朝だったのかもしれない。
窓の外。
青い空。
雲が、光を受けて白く膨らんでいる。
夏の匂いが、少しだけした。
それを、
しばらく眺めていた。




