第2話 1.4東京ドーム 棚橋弘至引退試合
2話目にしてマンガでもゲームでもなくなってしまったが、一応は「興行の感想」ということにしておいてほしい。
<俺がプロレスにハマっていた理由>
俺は子供の頃からプロレスが好きだったわけではない。
俺が二十歳を超えたあたりの頃から、弟がリビングでアメリカのプロレス『WWE』を観始め、俺は一緒に観始めた。そしてその……。ギミックやブック、アングルといった、言葉を選ばなければ「ヤラセ」の部分の大袈裟さが実に面白く、プロレスよりももっと後にハマった特撮の言葉を借りるならばWWEはヒーローショーだった。試合の外では善のベビーフェイス、悪のヒールの様々な攻防(奥さんの寝取りや車の爆破、社長の爆殺、サンタさん危篤、“神”との戦いなど)で因縁を作り、決戦はリング。あれを観て試合がガチの強さ比べだと思う人はいないだろうが、それでも軽量級レスラーのアクロバットや重量級レスラーの重い打撃は「でもヤラセだろう?」で済まされない迫力とカッコよさがある。
当時WWEでは『RAW』が週に三時間、『SmackDown』が二時間だった気がする。やがて俺は深夜放送の新日本プレスを観始め、当時レインメーカーショックとして一世を風靡していたオカダ・カズチカに一目ぼれした。あれは完全に一目ぼれで、「こいつカッコよすぎるだろ……」と熱くなった上に、オカダにしか出来ないあの超超高打点ドロップキック。この頃には俺はプロレス技の中でも複雑な関節技よりも、シンプルな打撃に説得力があるタイプが好きになっていたので、WWEでもシェイマスの顔面をシンプルに蹴り上げる“ブローグキック”が一番好きだった。
やがて俺は新日本プロレスの週に二時間の録画放送も観始めたため、週に七時間もプロレスを観ていたわけだな。くわえて、当時の俺は週刊プロレスも読んでいた上にプロレスマンガの『キン肉マン』を古本屋の閉店セールで一冊33円で全巻揃えていたので生活のほとんどがプロレスになっており、当然創作活動もプロレスに……影響されていたのだが、俺の未熟さと力量により反映の結果が悪かったため実質汚染になっており、暗黒時代と扱われている。
WWEの日本公演、DDTプロレスリングの無料公演には二度行った。DDTでは男色キャラの男色ディーノに股間を掴まれたりした。それでも新日に行くことはなかった……。
そして家を出て俺は一人暮らしを始める。そうすると今度はWWEも新日本プロレスも映らず、あるのはダイジェスト版だけ。自然とプロレスへの熱は冷めていった。
それから、プロレスって所謂“推し文化”に近いものがあり、推しのプロレスラーを応援することが基礎なんだと思う。実際新日プロレスもレスラーを集め、試合ではなくバラエティをやる『新日ちゃんぴおん』をだいぶ長いことやっており、プロレスこそしないもののプロレスラーがどういうキャラクターをしているか、現在の勢力図などを把握する分にはこっちの方が便利なこともあり、かなり“推し”に特化した番組だ。だがそれがプロレスの文化なんだと思う。本当に極端な例えになってしまうが、昭和のレジェンドでも王貞治は確かに凄まじい数のホームランを打った。だがアントニオ猪木の強さは演出出来るし、そうやって演出出来ることがプロレスのいいところだと思っている。
だが週に三十分しか観られなくなり、あの分厚い週刊プロレスを読んでも「ちゃんと観たかったなぁ」と寂しさばかりが募る。
中邑真輔、オカダ・カズチカもアメリカに行った。内藤哲也率いるロスインゴベルナブレスデハポン、強烈キャラのグレート・O・カーンなどが台頭し、オカダがいなくなった新日で同じような“怪物”の空気を纏ってスピアタックル“ジーンブラスター”をフィニッシュに選ぶ辻陽太と、推せる要素はあるんだよ。だがいろんなことへの興味が薄くなった俺の加齢か、それとも一度冷めた熱は再燃しないのか……。以前程熱狂せず、ダイジェスト版も毎週録画しているが数か月放置ということもあった。
だが、あの棚橋弘至が引退する。
確かに俺は新日本プロレスのどん底の時期をリアルタイムで知っていたわけではない……。それでもいかにしてそのどん底から棚橋弘至が立て直したかは書籍や記事で読んだ。俺が観始めたのは棚橋弘至がエースとして立て直し、中邑、オカダ、内藤と共に築いた新たな黄金時代だった。
そして、棚橋が引退する……。
大分プロレスから離れてしまった俺は、こまめに新日本プロレスの公式サイトをチェックし、チケット解禁の日には即座に席をとった。
こうして俺の初の新日本プロレス生観戦は、棚橋弘至引退試合であったのである。
そして、海の向こうのWWEでは、俺が棚橋と同じポジションと認識……つまり陽のエースの座に君臨し続けていたジョン・シナも引退した。WWE日本公演で買ったシナのTシャツは八年着てボロボロのゾンビ状態になった上、洗濯干ししている最中に強風で飛ばされて紛失した。
だが、俺が観始めた時の圧倒的エースであるWWEのジョン・シナ、新日本プロレスの棚橋弘至。一か月のうちにこの二人が引退するのは、俺のプロレス史において大きな区切りであった。
<十二年ぶりのプロレス観戦>
1.4東京ドーム。それは新日本プロレス最大の祭典! これを観に行くのは初、今まではWWEの両国国技館が最大の会場で、DDTはパチンコ屋の駐車場が一回と商店街大乱闘が一回ずつなのでこんなに大きな場所でプロレスを観るのははじめてだった。
同行してくれたのは「顔は松坂桃李、声は杉田智和」と自称する自称イケメンの友人であり、こいつは大学入学初日からの親友なので付き合いは長いが、プロレスのことは一切知らない。もちろん棚橋弘至も知らないし、後で確認したらこの日の興行では棚橋弘至引退の次に注目……いや、さっきネットニュースの見出しを見た限りでは棚橋以上に大きく扱われていたような気もする柔道五輪金メダリストで、この日プロレスデビューするウルフ・アロンのことすら知らなかった。
一応、引退する棚橋の必殺技“ハイフライフロー”、相手を務めるオカダの“ドロップキック”と“レインメーカー”の動画こそ予習として送ったが覚えてはいなかったな。
この日は十六時に試合開始。俺たちは十五時頃に東京ドームに着き、俺は最後のタバコ休憩をしていたが、会場内にいる別の知人からもう第ゼロ試合が始まっていると聞いて慌てて入場。
階段を昇り、ドームの白い天井が見えて……ぐっと視界が開ける場面はいつでもテンションが上がる。昨年こそ行かなかったが、ここ数年東京ドームと西武ドームで野球観戦しているが、やはりドームの広さって熱くなるんだよ。
「お前、プロレス全然知らないんだろ?」
「『バキ』でしかしらない」
「東京ドームを満員に出来るのは愚地克己vsピクルと棚橋弘至引退試合くらいだぞ」
腰を据えて試合を観始める。
……。やはり野球とも今までのプロレス観戦とも全く違うと感じたのは入場の演出だな。耳を聾し横隔膜がビリビリ揺れる爆音、見続けていたら気絶しそうなくらいに激しいライトとフラッシュ。そして、火!!! 火炎放射に花火の連打、場内にはうっすら火薬のにおいと煙が立ち込める。その煙をスクリーンに光の軌跡が描かれる。
残念ながら席がリングからやや遠く、レスラーの表情や入場時の衣装は目視は不可能だったが、大技でばたん、と鳴るリング、時折聞こえる咆哮……。ああ、俺はプロレスを観ているんだなと感じた。前回のWWEの時に感じた臨場感が戻ってきた。
だがやっぱり友人のテンションが上がっていないので、俺も騒ぎたい気持ちを抑えていたが、ウルフ・アロンvsEVILの試合では、友人はEVILの顔芸とラフプレイを少しは楽しんでくれたようだった。そしてデビュー戦とは思えないウルフの巧みなロープワーク、椅子攻撃にテーブル葬と、ウルフをただの鳴り物入りの転向ではなくプロレスラーとして仕上げた新日本プロレス、そしてウルフ本人に感動した。
メインの棚橋vsオカダが一種の祭事だからか、辻陽太vsKONOSUKE TAKESHITAは試合としては一番手に汗を握った。今の俺の推しが辻だからか、そして序盤に辻が苦しんでいる時間が長く、本当にケガをしたんじゃないかと心配になっていたので、そこからの激闘と死闘は本当に興奮した。辻の必殺技ジーンブラスターはアメフト仕込みのタックルを食らわせるものであり、ある程度助走が必要だ。ジーンブラスターに行けそうなのに距離が足りない……。いざジーンブラスターに行こうとしたらカウンター、逆にTAKESHITAが掟破り(※相手の技を使うこと。)のジーンブラスターを繰り出せば辻もお返しに掟破りと、この試合で俺も興奮を抑えきれなくなって「辻ィィィ!!!」と叫ぶ……ことこそなかったが、全力の拍手と「うぉあ」「おおぅ」といった奇声を禁じ得なかった。そして、棚橋もウルフも知らない友人もこの試合が一番よかったと言ってくれた。かなり友人に遠慮してしまっていたので、少しは喜んでくれてよかったよ。
<明日から棚橋弘至がいない>
そして始まったメインイベント。まず登場するのは“レインメーカー”オカダ・カズチカだ。プロレスを観るのはWWEだけでいいか、それとももっと幅広く観るかと迷っていた頃、深夜に突然現れて「新日も観よう」と一目ぼれさせてくれたオカダ・カズチカ!
新日時代と入場曲が変わってしまってしまったことは残念だったが、初めて生で観た両手を広げるレインメーカーポーズ……。スマホのカメラでシャッターを切る手が止まらない。
今日最後に登場するのは、今日の登場が人生最後のリングインになる“太陽の天才児”棚橋弘至。
太陽vs雨!
そしてここ最近わがままボディになりすぎていた棚橋は、しっかりと体を絞って仕上げて来ていた。
あぁ……もう抑えきれない……。周囲の「GO! ACE!」の大合唱に混じって声を張り上げる。これでも抑えてはいた。何せ俺が新日本プロレスにハマったの十二~三年前。ちょうど棚橋弘至の現役の折り返し地点を過ぎたあたりからだ。ちょっと空気を読まずに言えば棚橋は……一番好きなプロレスラーではなかった。やっぱり一番はオカダであり、実家を出て観る時間が少なくなって徐々に冷めていったプロレス熱、オカダがアメリカに移籍して急激に……冷めたというより失った感覚があったプロレス熱。
職場でスポーツ観るんですか? と訊かれた時は野球と答え、次は? と訊かれた時はプロレスと答えてきたが野球程プロレスを語ることは出来なくなっていた。それでもプロレス好きなつもりではいた。そして、プロレスを好きになってから棚橋弘至がいない日はなかった。
『ドラえもん』や『仮面ライダー』の映画に出たり、コスプレしてCMに出たり……。あちこちの企業がエイプリルフールネタに精を出していた頃、棚橋は『エアギター紛失』というネタを披露した。誰も傷つけず、バカバカしいのに「先日の沖縄ではあったはずなんですが……」とエアギター紛失で泣きそうになっている棚橋の愛嬌は、俺の中ですべての企業エイプリルフールネタを過去にした。確かに俺は暗黒時代とそれを立て直した頃の棚橋を知らないが、彼がどこまで……どこまでプロレス復興のために努めてきたかはわかっていたつもりだ。
そして試合が始まる。
俺が一番熱中していた時代の黄金カードとも言える棚橋vsオカダ。技もロクに把握出来なくなってしまった最近のプロレスラーと違ってちゃんとわかる。ちゃんとわかる!!!
あのオカダの超高高度ドロップキックはコーナーポストの上の棚橋まで届く! そうそう、レインメーカーは読みやすいから屈めば躱せる! ハイフライフローの弱点はアレだが……オカダがうつぶせの今なら決まる! ああ、だが仰向けの今はアレが……。
「膝剣山が……」
そうだ。ハイフライフローは受け手が膝を立てるとカウンターになる!
オカダはレインメーカーを屈んで躱され、棚橋は膝でハイフライフローを潰される。お互いの手の内を知り尽くしたプロレスラー同士だからこそ、至高のフィニッシュムーブも対策を立てられてしまう。
そして試合終盤、棚橋は盟友柴田のPKでオカダを蹴り上げる。これはまさか……? そして直後にグネグネポーズ。これは……。中邑のボマイェ!!! 一番観ていた頃のレインメーカー、ハイフライフロー、PK、ボマイェ……。一番観ていた頃の大技たちが披露されるのが棚橋最後の試合。同時に俺は「なぜあの頃に観に来なかったのか」と自責の念すら覚えた。そして棚橋のボマイェで俺は落涙した。友人の前で泣くのははじめてだったが、この頃には友人はもう飽きてしまって女の子とのLINEに熱中していたのでバレずに済んだが、プロレスも棚橋も知らない人間との温度差を感じると同時にこいつもう少し自重しろよ、とは思わなくもなかった。
そして決着の瞬間は非情にも訪れる。
今までは若いオカダが年上のレスラーに対して煽りのセリフとして使ってきた「お疲れさまでした」は意味が完全に反転して労いとなり、「ありがとうございました」の言葉と座礼で俺は二度目の落涙を喫した。
セレモニーではケニー・オメガ、飯伏幸太、内藤哲也といった盟友、武藤敬司、藤波辰爾といったレジェンドがやってきて、やはり中邑真輔にも期待してしまったのだが……。
引退のゴングテンカウントでも落涙。
最後の最後、深く深く張ったスモークの中に棚橋が消えていき、ゲートが閉まって新日本プロレスのライオンマークが残り、最後の落涙。
それは多分、今の棚橋への想いではなかったのだろう。何度も言うが俺はプロレスから離れてしまい、熱も冷めてしまった人間だ。今の棚橋にも想いはある。書籍や記事で読んだ棚橋の苦労と功績も知っているが、俺が一番想ったのは一番プロレスを観ていたあの頃……全盛期の姿を思い出し、そこから老いて……残酷だが老いて、引退を迎えてしまったという現実なのだろう。不思議とまだやれるだろう、よく頑張った、という気持ちはわかず、プロレスを観始めてからずっと当たり前にいた棚橋弘至が明日からもういないという喪失感が一番強かった。
<来年は?>
来年の1.4東京ドームはいかないと思う。散々棚橋引退について語ってきたが、やっぱり俺は離れてしまった人間、離れてしまったのに最後だけ来て都合よく泣いていいのか考えてしまったりもしたし、来年は家で落ち着いて観たいかなぁ、と思った。
だが主題からはズレるかもしれないが、現場の臨場感というものはある。今までのWWEの両国、DDTのパチンコ屋駐車場と商店街大乱闘とは違う超大規模会場での演出は凄まじく、テレビで観るよりも小さいレスラーの一挙手一投足で「うぉお」とか言える程テンションは上がる。登場演出も野球の打席やクローザー登場より格段に派手で、これは会場に来ないとわからない。野球もそうだ。
「お、大勢(※ジャイアンツの中継ぎ投手。登板時に特別演出がある)かぁ」
とテレビでは漫然と見られるし、そもそも大勢の登板演出はテレビではCMでカットされることすらある。それでも球場ではすごいぞ……。
だからもし、今推し活でもスポーツでもなんでもいいからやってる若い人は、おっさんになってから後悔しないようにバイトをたくさんしてすぐに現場に行ってみよう。




