第8話 食の暴走
高校進学は兄に習い同じ高校を受験した。兄は非常に頭が良く、男前で、僕よりは背が高く、そして優しかった。
尊敬出来る兄だった。
当然の如く同じ高校に通うものだと考えていたし、将来大学なんて行きたいとは思っていなかった。
手に技術を身に付けたいと、工業高校を受験した。
嘘だ。
本当は将来のことなど考えてはおらず、兄の歩く道に倣おうと思っただけだった。
幸いな事に、同じ高校に小学校時代から中学卒業まで一緒だった同級生が二人通っていた。
僕が1型糖尿病と知っている気心の知れた友達であり、一人は保育園時代からずっと一緒であり、高校時代の部活動も同じだった。
因みに、バドミントン部だったりする。
そしてもう一人は、小学生時代に校外授業で低血糖発作を起こしたときにオンブしてくれたあのジャイアン……と言えば語弊があるが、信頼し頼りになる友達だった。
高校へはバスで三十分の道のりであり、朝7時の始発に乗らないと、次のバスでは授業に間に合わなかった。
終バスは夕方6時であり、それを逃せば親に迎えに来てもらわないとならなかった。
同じ部活にいた保育園時代からの友達は、暫くするとバイクの免許を獲り最後まで部活に参加出来るよう対応したが、僕には無理だった。
それは親がバイクに乗ることに反対だったのが主な要因であったが、それ以外にも反対する理由があったのかも知れない。
1型糖尿病のコントロールには不規則な生活リズムは天敵であり、規則正しい生活が望まれていた。
現在のように細かい血糖測定とインシュリン注射の分散化、追加打ちなどが行えるようになってくると、一般の人と同様の生活を送れるようになってはいるが、その当時ではやはり少なからず制約があったのだ。
僕はそのバスに乗れる範囲での生活がメインとなるのだった。
始発バスで目的地に着くと、始業まではかなり時間が余る。
早めに学校に向かい予習でもしていれば良かったが、高校に入ってからの世界は別世界であった。
自宅の周りには店は少なく、夜は暗く静かなものだ。
学校からの帰りに寄り道や買食いなんてしたこともなかった。
いわゆる高校デビューであったかも知れない。
同じクラスで知り合った友達と、商店街に向かい、いつもの書店で漫画を立ち読みする。
向かいのパン屋で賞味期限切れのパンを貰うこともあったし、祖母から貰った小遣いでパンを買い食べたりしていた。
まてまて、お前1型糖尿病だろ?
と気付いた貴方、その通りです。
その頃の僕は、それまで知らなかった普通の人の自由というものに、取り憑かれてしまったんだと思う。
自分で何でも出来る、なんでそれがいけないんだ。
もう欲望は止まらない。
周りの友達は1型糖尿病であることを知らない。
まだ打ち明けていなかったし、小学校時代からの友達も詳しくは良く知らなかったと思う。
家にいても好きな物を好きなだけ食べていた。
親は仕事もあり食事の管理はすべて自分任せだった。
祖母もどれだけ食べてよいか、何を食べちゃいけないかなんて知るわけがなかった。
1型糖尿病のコントロールは、全部自分でしなきゃならなかった。
当たり前の話ではある。
だって、低血糖のしんどさも、高血糖のしんどさも、自分しか分からないと思っていたから。
だからか、何をどうしようと僕の勝手じゃないかと思っていた。
自由に触れたことで、僕の食欲は暴走を始めてしまったのである。




