第六話 糖尿病サマーキャンプ
小学五年生、病気になって一年を迎えようという夏休みに、母からとあるイベントに参加しないかと提案を持ち掛けられた。
それは日本小児糖尿病協会と日本赤十字社が主体となって毎年行われているキャンプだった。
小学生以下の幼い1型糖尿病患者は保護者が付き添うこともあるが、基本は親元を離れ子供だご参加するイベントであった。
いわば、医師と看護師の庇護のもと、1型糖尿病に対しての勉強の場であり、病気を持ちながら普段の生活と上手く付き合う為の学習の場でもあっただろう。
イベントに参加することにはしたが、不安はあった。
地元では同じ1型糖尿病の患者に出会った事はなく、このキャンで初めて同じ境遇の人達と対面するからだった。
それは楽しみであり恐れでもあった。
この頃の1型糖尿病発症率は10万人に1人と言われており、人口の多い都市圏とは違い町の人口が1万人足らずだった地元では僕以外にこの病気を患っている子供はいなかったのである。
現在の統計学的には年間に10万人あたり1.5から2.5人と言われている。
日本人に多い2型糖尿病と比べたならかなりの少数であり、分かっている患者数だけでも14万人程度であり、これを多いとみて捉えるか少ないと捉えるかは国によって変わってくると思われる。
患者の多い北欧の国と比べたなら明らかに少ないとされている。
しかしながら不治の病で一生インシュリンを体外から取り入れないと生きられない病気でありながら、特定疾患に指定されないのは、患者の数が多いのと、インシュリンの投与によって普通の生活が送れるからだとも言われているのだった。
しかも発症に至る年齢は0歳から14歳が殆どを占めており、これは自己免疫疾患による発症が殆どであっあた。
子供達には、何の責任も何も無いのだ。
歩いている時に車が突っ込んでくるようなものだろう。
話に戻るが、キャンプに対する不安はそのような背景からくるところが大きかった。
自分の中での常識が、他の子からしたら非常識にならないか、そんなことも知らないのか、と馬鹿にされやしないかと、不安を募らせたのだった。
日本赤十字病院に集まり、バスにのり親とは暫しの別れを告げる。
バスに乗り合わせる看護師の殆どが看護学校からボランティアで参加している学生さん達だった。
勿論、検査や医療や不測の事態に備現役の医師と看護師も同行している。
バスの中で感じたこと。それは、他の子供達の多くがあまりに元気だったことである。
バスの中ではしゃぎまわり、もう今回で何回目だと自慢していた。
医師達とも顔みしりのようであった。
大人しくしているのは、僕と同じく初めて参加した1型糖尿病初心者だったのかも知れない。
そして一週間近くに及ぶキャンプが始まりを告げるのだった。




