第4話 退院後のハプニング
退院を迎えるまでの間に面白い光景を始めて目にした。いや、体験した。
大学附属病院であるから院長回診なるものが存在する。
廊下を練り歩く沢山の足音。
幼いながら偉いお医者さんが部下を引き連れやって来たもんだ、と思いながら見ていると、病室に入ってくるなり僕の寝ているベッドを取り囲むのだ。
モルモットになった気分だった。
僕を受持つ主治医が何やら院長に説明すると、「どうかな、かわりはないかい」と尋ねてくる。
その周りでは、まだ若い医師だか研修医だかの視線が僕に注目するのだった。
大人になって知るのだが、これが白い巨塔であっただろう。
たまに病棟の公衆電話に十円玉を握り締め自宅に電話することがあった。いまと違い携帯もスマホも無い時代だ。ホームシックではなかったが、家族の声が聴きたくなったんだと思う。
電話に出たのは兄だったか、いまブドウを食べている、と教えてくれた。
糖尿病患者にとってブドウは天敵だ。
血糖を爆上げしてしまう。
何故なら生命活動に必要な脳のエネルギーはブドウ糖であり、ご飯やパンなどが分解されるとこのブドウ糖に変わるのである。
吸収が早く即効性がある。
これ以上分解出来ない最小限の単糖類であり、干しブドウから発見されたことからブドウ糖と呼ばれているそうだ。
兄と妹から、久しぶりに食べている、と聞かされた。
僕はショックを受けた。
僕が居ないところで僕の食べれない甘いブドウを食べているからじゃなかった。
いや、正直それはあった。
それにもまして
兄も妹も、僕に遠慮して我慢していたんじゃないかと思ったからだった。
僕が我慢しなくちゃいけないのは、僕が病気だからだ。
兄も妹も病気じゃないのに、我慢なんかさせてゴメン、と心の中で謝った。
それから、自宅に電話をかけるのは止めた。
一ヶ月が過ぎ退院の許可がおりると、久しぶりに家族全員が揃うのだった。
祖父母、両親、兄と妹の七人家族であり僕は三人兄妹の真ん中だった。
皆が喜んでくれたし、母は栄養士から習ったのか腕によりをかけて僕の夕食を作ってくれた。
当時は知らなかったが、僕の通っている小学校に併設された給食場で若い頃は調理をしていたそうだ。
父と母は共働きで帰りが遅いこともあり、普段の食事は祖母がいつも用意してくれていた。
でもカロリー計算をして糖尿病食を作る事は未経験であった。
母が本を片手に僕だけの夕食を用意してくれたのだが何か様子がおかしい。
目の前に出された食事のなんとも豪勢なことか。
入院した当初に書いた食べたい物リストの数点が並んでいるようだった。
そこで気付けば良かったのだが後の祭りである。
出されたもの全てを残さず食べたあと、体調は一気に悪化してゆくのだ。
高血糖症状である。
母はそこでようやく気付くのだった。
一日トータルの摂取カロリーで、夕食を作っていたのであった。
これがトラウマとなったのか母が作ることは無くなった。
では、一日のカロリー計算は毎日どのようにしたのかと言えば、自分でおおよそのカロリーを計算して自分で調整することにしたのだった。
祖母には無理であっただろうし、母も仕事しながらでは無理だったとおもう。
スカウターで攻撃力を測るように、見た感じでカロリーを計っていた。
まぁ、オーバーすることは良くあったけど、毎日おやつに菓子を食べるような家ではなかったし、ジュースが冷蔵庫に入っているような家ではなかったから、いま思えばそれが良かったのかも知れない。
退院早々のとんだハプニングであった。




