第3話 なんで糖尿病になったん?
入院中は快適であり学校でいうところの自由時間のように感じていた。
ただ違うとすれば看護師がやって来て血糖の値を測定し、朝の一回のみインシュリン精剤を注射すれば概ね普段の日常生活と何も変わりはしなかった。
食事は決められたカロリーに抑えられており、成長期の同年代よりは低めに設定されていた。
この血糖測定も、インシュリン注射も、食事の考え方も現代とはまるで違っていた。
それは新しい薬、新しい注射器の開発、進歩する測定器や細やかな治療法が広く普及したことによると考えられる。
小学四年生の入院当時は、耳朶を剃刀の刃で切り血を出し血糖を測定し、注射器もガラス製で取り外しの太い注射針と使用後は煮沸消毒が必要だった。
日常での検査は主に尿糖検査を行い、リトマス試験紙みたいにオシッコに浸ければ色が変化して大まかな血糖値が分かるという仕組みであった。
正確性で言えば血糖値測定のほうが望ましいが、回数をこなすには尿糖測定が適していたんだと思う。
入院中の間に、血糖の測り方、自己注射のやり方を看護師から習い、意外にもなんの抵抗もなく受け入れられた。
少しは痛いが泣くほどのことじゃない。
それに、それが出来るようにならないと家には帰れないと思えば、苦ではなかった。
学校にもまた通いたい。
そう思えば、日常が少しばかり面倒になろうと元の生活に戻れることの方が嬉しかった。
日中は用事もないのにナースステーションに遊びにいったり、車椅子で遊んだり、甚だ迷惑な患者だったに違いない。
ただ、寝る前になると考えてしまう。
なんで、この病気になっちゃったんだろう、と。
病棟に付き添いもなく一人入院していると、親戚やらご近所さんやら、同級生やら見舞いに来て下さるので給湯室で急須にお茶を淹れお出しするのが次第に上手くなっていった。
そのお見舞いの席では言われなかったけど、退院後に色んな大人に必ず聞かれることがあった。
「美味しいもんいっぱい食べとったんかな?」
糖尿病は昔は贅沢病と言われていたと、誰に教えられたか忘れてしまったがその台詞だけは今でも忘れていない。
1型糖尿病は患者数の多い生活習慣病と呼ばれている2型糖尿病とはまったく違う病気である。
そんなこと現代では認知されてきているがその当時それを知る人は限られていた。
だから、食べ過ぎや生活習慣が悪かったから病気になったのかと度々聞かれるのだった。
しかしその違いを説明するのも面倒くさい。
始めの頃はその違いを説明しようと一生懸命だったが、そのうち「またか」、と思うようになっていった。
自分が自分の病気の事を分かっていればそれだけで十分だ、と思うようになった。




