第15話 手術
三十代半ばを過ぎた頃から身体に異常を感じ始め、気が付けば長い距離を歩けなくなっていた。
それは一型糖尿病を原因とする病ではなかったけれど、治療を進めるにあたりやはり一型糖尿病はネックになるのだった。
先ず始めに現れたのは、友達と食事に出掛けた時、街中を歩いていると大した距離を歩いていないのにしゃがみ込まないと足がだるくて立っていられなくなってしまった。
別の日、重量物を扱う仕事で突然腰が痛くなり立てなくなってしまう。
仕事は出来ないと早退けし、地を這い車に乗り込むなり病院へと向かった。
医師に言われたのは、腰痛だから仕方ない、痛み止めでも出しておきましょう、だった。
「仕事は出来ますか?」
僕の問いに医師は笑いながら、「出来るならどうぞ」
僕はカチンと頭にきた。だから翌日から仕事に復帰したもののやはり腰は痛い。
市販のコルセットを購入し仕事を続けていた。足を引き摺りながら。
数日すると、コンビニの入り口から店内を回り、レジの前に来た時には立っていられなくなり、仕事も痛みに耐えながら足を引き摺り働き続けていた。
そのような生活が続けられる訳もなく、僕は地元ではわりと有名な整形病院へと飛び込んだのだった。
診察と検査の結果下された診断は
腰椎分離すべり症からくる狭窄症であり、脊髄の三分の二が潰れています
であった。
そして一型糖尿病であることと、まだ若い事が手術に対するリスクであると、リハビリに通えば改善されるからと手術に対しては消極的であった。
痛みが和らぐのならと働きながらリハビリに通うのだけれど、通えば通うほどに痛みは強くなる。
医師に手術は出来ないかと相談したのだけれど、ウチでは出来ない、リハビリを続けて下さい、だった。
しかし限界は感じていたので、日本国内でも名のしれた病院へと駆け込み手術を懇願することになる。
先ずは造影剤を使った詳しい検査の為に一泊の検査入院。その予約だけで一ヶ月待ち。
更に、手術の為にはヘモグロビンA1cの値を最低でも7%台で維持して下さいとのこと。
以外にこれがキツかった。
何故なら、この頃は無自覚低血糖が起こる頻度が上がっており、病院に運ばれた事があったのだ。
この無自覚低血糖、医師が運転を控えるよう意見を出したら運転免許証の剥奪もありえるのである。
運転中に意識を失えば人命を奪ってしまう危険があるからだ。
無自覚低血糖の解消にはわざと高血糖の状態を維持することで自覚出来る低血糖症状が現れ始めるとのこと。
すなわち、手の震えや冷や汗、空欠伸、集中力の欠如などだ。
無自覚低血糖とは、このような事前症状が現れることなく意識を失ってしまうことを指している。
対策として、仕事中はわざと高血糖状態を保つようにしていた為に、僕のヘモグロビンA1cは9%台になっていた。
値が高いと何が駄目なのか?
それは感染症リスクが上がる為である。
普段の状態でもインフルエンザや風邪にはかかりやすくなるし、手術ともなれば言うに及ばずだ。
二ヶ月間血糖コントロールに気を使い、時には低血糖を繰り返し、ようやく手術が出来る値となり手術日が決まるのだった。
手術は無事に成功。
ズレた骨に他の部位の骨を移植しチタン製の金具とボルトで固定。
退院までの期間は短いのだけれど、ここでも一型糖尿病であることによって生ずる問題がひとつ。
普通の生活が送れるようになるまでには、健常者の倍の期間を要する、ってこと。
一年間、重いものは持たず自宅で安静に、車の運転も控えるように、とのこと。
因みに、この頃の僕は嫁子との別居の末に離婚しており、一人暮らしをしていた。
この期間中は本当に良からぬ事が次から次へと振りかかりしんどい思いをしていた時期だった。
自宅安静期間中、務めていた会社には席を置いており、復帰後は重量物を扱わない軽作業の部所への転属と言われていた。
ところが、その部所は一型糖尿病患者が働けるところではなかった。
かつて一型糖尿病を患う従業員が事故を起こした経緯があり、受け入れてくれないとのこと。
早い話が辞めてくれと言いたかっただけなのかも知れない。
なにせ、保険料にせよ年金にせよ休みの間も会社は負担してくれていたのだから。
でもそれを請求してくることは無かった。
感謝しかない。
そうと決まれば早かった。
僕は会社を辞めて新しい働き先を探したんだ。
次の仕事が決まるまでの間、面白い話のネタになる出来事が沢山あった。
そして、現在の会社に巡り合い
二十代の頃から就きたかったけど考えあぐねていた仕事へと、運命的に辿りつくのである。
そしてそして、二度目の結婚と、男女双子のパパとなるのであった。
手術と言えば、糖尿病網膜症により徹底的、それもこれ以上は焼けないというくらいにレーザーによって新生血管を焼いているのだけれど、網膜が剥がれかけたことで眼球に穴を開け器具を突っ込み手術もして頂いた。
目は強制的に開けたままなので、手術しているのをひたすら見ているという、とてもシュールな体験だった。
一型糖尿病と網膜症は切っても切り離せない関係であり、二十年以上経っていればどうしても発症してしまうと言われている。
その確率は80〜100%
ただし絶対ではなく適切な対応により防ぐことや発症を遅らせることは出来る。
だから一型糖尿病患者は必ず定期的な眼科受診と眼底検査を行った方が良いし、そうするべきだと思う。
この時の入院も、健常者の方と比べたなら期間が長くなった。
病も怪我も、治りが長引くのが一型糖尿病だと言えるかも知れないだろうね。




