第12話 バブル
僕が就職を果たした時期はバブル最後の好景気と言えたかもしれない。
田舎の部品工場ではあったけど、社長による道楽のような会社であり、大金を要して新社屋まで建てるという、お金の使い方がまるで現在とはかけ離れていた。
しかも二階建ての広い工場の中はまだがらん堂であり、これから設備を増やしていこうか、とった具合なのだから、銀行も進んで融資を持ち掛けていたんだと思う。
まず入社式だけど、その工場での新卒は僕を含めて五人。
本社は大阪にあり僕達五人は入社式に招待され新幹線に乗り込んだ。
神社での厳かな入社安全祈願。
大阪城を眺めながら、屋上の回転レストランでの夕食。
後々になっなて知ったのだけれど、あの戦艦大和の砲台技術によって造られたレストランであった。
社員に対する投資の一つだったのだろう。
仕事では立ち上げたばかりの部所で新製品の量産化に向けた試作を任されていた。
いやそうじゃない。
実際に任されていたのは歳上の先輩社員であり、僕は先輩の指示通りに工程をこなしていただけだ。
昼と夜間の二交替で、毎日三時間の残業。
始めの内は失敗も続き試行錯誤の末に条件をクリア出来たのは数個のみだった。
それでも何とか量産化にこぎつけようと、僕は昼休憩を返上してまで機械を動かし続けた。
まてまて、お前1型糖尿病だろ?
その通り。
低血糖を防ぐ為にインシュリンの量を減らし、その上、ガリガリに痩せたバンドマンに憧れていたこともあって食事の回数を減らすといった暴挙に出たのだ。
その内に新製品は量産化に成功し、ひと月一万個近くにまで伸びるのだった。
その部品が使われた車は、当時世間で話題となった。
そのような新技術ではあった。
プライベートでは、休みになれば友達と遊び歩いていたように思う。
休みといっても休日出勤は当たり前で、月に四日しかない月もあった。
それでいて給料の手取りが年齢より低いのだからたまったもんじゃない。
二交替でこれなら、現在なら文句を言ってただろが当時は自宅にお金を入れることなく自由に使っていたものだから言える資格はなかったと思う。
同じ1型糖尿病の友達ともたまに会っていたし、サマーキャンプにはOBとしてボランティアに参加していた。
そこで知り合った女の子のお父さんが建築会社を経営していたんだけど、バブルの好景気で別荘地にログハウスを建てたいという客が殺到していると自慢してた。
ある日、僕ら社会人となったOB、OGを飲み屋に招待してくれ高いお酒をご馳走してくれた。
まてまてまて、1型糖尿病患者がお酒を飲んでもいいのか?
そう思った貴方はある意味正しい。
お酒のカロリーは決して低くはない。
日本酒にして種類にもよるけれど、だいたい100ccあたり100kcaiと言われている。
茶碗一杯のご飯よりは低いが、飲み過ぎは禁物だ。
ビールなら500mlで200kcal。
どちらも糖質を含んでいるので、どちらかといえば糖質を含まない焼酎やウイスキーの方が向いていると言える。
つまり、単純にカロリーよりも糖質に気をつけなくてはならない。
しかもカロリーや糖質の問題だけじゃない。
注意しないとならないのは、アルコールの摂取による低血糖である。
なんで?
と思われるかもしれないが、確かにカロリー摂取によって血糖は上がると思われがちだがそれほど単純な話ではなかった。
貯蔵されたブドウ糖糖を管理しているのが肝臓なんだけど、アルコールを摂取するとその分解に全力を尽くす為に血糖が下がったとしても血液中にブドウ糖を放出出来なくなってしまう。
つまり食事を摂らずに空腹の胃袋にお酒を入れてしまうと、低血糖を引き起こしてしまうのである。
特にインシュリン投与後の飲酒は注意が必要になってくる。
そして、時間差で今度は血糖が上昇してしまうという負のスパイラルに陥るのだった。
なにはともあれ、その建築会社経営の社長さんには好きな物を好きなだけご馳走になった。
しかも、その飲み会には僕の担当医であった医師も同席していた。
その医師いわく、「適度な飲酒はストレス発散に良いから必ずしも駄目とは言えない」、と笑顔でお酒を飲んでいた。
ストレスは1型糖尿病患者にとって悪い影響しか与えない。
過剰なストレスによって1型糖尿病を発症するケースもあるくらいだ。
何事も適量ならば薬になるということを、その医師は教えてくれたように思う。
この時の社長さんとはそれ以来会ってはいない。バブルが弾けた途端に、彼の会社は多額の負債を抱え込み、同じ1型糖尿病を患う娘を連れ夜逃げをしてしまったのだ。
これが好景気に沸くバブル経済の終焉の始まりであったかも知れない。




