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とり憑きたるは神か悪魔か  作者: Alice Lee


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第10話 恋心




 高校時代はまさに自由の時代だった。自宅のある田舎と比べたなら何を見ても新鮮に映り、手にする物、耳にする曲、すべてが初めて触れるものであり、僕は三年間を通して自由を満喫していた。


 その頃には月に一度の通院はバスと電車を利用して学校を休み一人で通院していた。


それもやはり新鮮であり、高校所在地よりも更に都会的な街並みに目を輝かしていたと思う。


 実は十八歳を迎えるその日までは医療費はかからず、三年の夏休みを利用して調整入院を行うこととなった。


 同い年の1型糖尿病患者と同室となり、入院期間中は同い年ということも相まって意気投合し、入院生活を満喫していた。


午後になると外出許可を取り、商店街に散策に出掛けたりもした。


実はこの調整入院の目的は、社会に出て自立する前に、適切なインシュリン注射の分量と生活スタイルを正すことが求められた。


つまり、より現実的な自立に向けた調整だった。


期間は二週間。


その間に、高校時代の乱れに乱れた生活スタイルを改善しなければならなかった。


 1型糖尿病の病状把握の指標となるのがHbA1c(ヘモグロビンA1c)であり、これは一〜二ヶ月の間の赤血球に含まれるホルモン、ヘモグロビンにブドウ糖がくっつき糖化した割合から算出される値である。


赤血球の寿命は120日なので、それが過ぎるまで糖化が改善されることはなく、その期間の間にどれだけコントロールが出来ていたかどうかの判断基準となるのだった。


この値が高ければ高いほど、糖尿病合併症のリスクは高くなり、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症、神経障害などが現れることになる。


つまり、酷くなれば失明、透析、壊死による足の切断、などが考えられた。


この時点の僕のHbA1cの値はなんと13%台であり、きわめて悪い状態だったことは言うまでもない。


通常糖尿病と診断される値は6.5%以上とされている。


 つまるところ1型糖尿病とは、血糖を下げるホルモンであるインシュリンが自己製造出来なくなり枯渇した状態、或いは圧倒的に不足した状態であり、外からインシュリンを体内に入れてやる必要がある病気なのです。


因みにインシュリンは英語表記の発音であり、ドイツ表記のインスリンとは同じものです。


 さて、入院中は乱れた食生活も改善され規則正しい生活リズムを取り戻すことに成功するのですが、僕の人生の中で小さな変化が生まれるのでした。


 入院中、この小児病棟に看護学生達が実習としてやって来ました。


 学生さんの一人が、僕に採血をさせて下さいと頼んで来たので快く引き受けると、まぁ、なんと言いますか、慣れていないのもあってか、針を何度も抜き差ししてどうにかこうにか採血出来たのですが、注射に慣れていた僕でもかなりの痛みを伴うものでした。


それをきっかけにその学生さんとはよく話をするようになっていきましたが、なんと彼女が通う看護学校は僕が通っている高校と同じ地元の短期大学だったのです。


しかも彼女と一緒に学んでいた友達の一人は、高校のクラスメートのお姉さんだったのです。


 入院中のある日、仲良くなった学生さんからデートに誘われました。


とても大人しくて真面目で優しそうな学生さんでした。


おそらくですが、血糖が高いと重い本の束を両手に下げ病棟の階段を登り降りしたり、大学病院のグラウンドを走ったりしている姿を見て気分転換にと外出に誘ってくれたのだと思います。


 市内にある城の隣には庭園があり、その池のスワンボートを二人で漕ぎました。


女性との、初めてのデートでした。


少しでも大人びて見せようと頑張っていたかも知れません。


でも、恋心とは違う、なんて言えばいいのか分かりませんが、初めて乗るジェットコースターだったのかも知れません。


とにかく、歳上の女性とのデートは楽しく、日々の入院生活からの解放感は嬉しかったです。


まるで本当のお姉さんと過ごしているような、そう感じていたかも分かりません。


 彼女とは、退院して普通の生活に戻った後も、放課後に食事に誘ってもらったり、時に会ったりしましたが、文通を通じて交流を深めていきました。


健全な付き合い、と言うのでしょうかね。


彼女からはどこか育ちの良さが窺えたのですが、僕はまったくの逆でした。



「車の免許がとれたら、ドライブに行こうね」



 僕の心臓に恋の矢が刺さった瞬間でした。それまで歳上の女性に対する憧れであり、尊敬できる女性への淡い恋心だったものが、はっきりと恋に変わった瞬間でした。


しかしそれ以上は進展しなかったのです。


 僕はあることをきっかけに、高校を無期限停学処分となってしまったのです。


彼女からの励ましの手紙であったと思うのですが、全文が英文であり初めは訳して読もうかとも思ったのですが、合わせる顔もないし彼女にとって僕はふさわしくない、とも考え返事を書くのをやめてしまった。


二人の関係は進展することなく自然消滅してしまいました。


今は、良い思い出として残っています。




 調整入院中の出会いで、もうひとつ忘れられない思い出があります。


入院中、僕はいつもベッドの上で音楽を聴いていました。


イヤホンから流れる曲は、友達の影響もあってHR/HMがメインであり、時に渡辺美里さんの曲を聴いたりしていました。


入院中に一番良く聴いていたのはEARTHSHAKERというバンド。


同じ小児病棟で知りあった男の子が「何を聞いてるの?」、と近寄ってきます。


僕が初めて入院した時と同じ9歳か、もう少し下くらいかな、と考えながらイヤホンを渡します。


その顔が、少しびっくりしたように思えました。


人見知りしないその子とは直ぐに仲良くなり病室を互いに行き交うようになりました。


その子が退院する日に、お母さんと一緒に病室に訪ねてくると、その子がプレゼントをくれました。


当時流行っていたボン・ジョビのポスターではありませんか。


僕の好みに合わせて、親に買ってきて貰ったのかな、と思うと嬉しくなりました。


いまはもうすっかりオジサンになっているんだろうな、としみじみ思う今日この頃。




ところで、実は僕の初恋もこの病棟だったりします。


最初に入院した年の冬休み、あまりにコントロールが上手くいかず二週間ほど入院したのですが、その時に知り合った高校生のお姉さんでした。


暇さえあれば病室を訪れ、漫画を読ませてもらってました。


優しいお姉さん、って感じに淡い恋心を抱いていたのでしょうね。


退院後の通院で偶然再会したのですが、その時に彼氏らしき男生が付き添いで来ており、僕はあっさりと失恋してしまうのでありました。


頑張れ、少年!






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