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教授と少女の再会(Ⅰ)



 日付は変わり、朝食後。私にとってはこの世界で過ごす二日目。

 私と両親の三人は、リビングで従兄弟(いとこ)が来るのを待っていた。テオドラにとってはこの世界で出会う三人目ないしは四人目の人間なのだ。先程からそわそわしてしまい落ち着けない。

 従兄弟ってどんな子なのだろうか。思い返しても記憶にないし。


 仲良く出来たら、と考えては本を捲る手が止まる。実を言うと私は齢十歳にして友達がいなかった。

 日に透けるとプラチナブロンドになる頭髪に銀色の瞳。あまりにも白く儚げで、それでいて大人びた雰囲気に普通の子供達は不気味がって近寄ってこなかったのだ。

 人を寄せ付けない雰囲気をしていたのは良くないかもしれないが、これは決してテオドラだけが悪いのではない。


 

──ここで思い出してほしい。この世界には魔法が存在することを。この世界の魔法にはいくつかの種類がある。まずはそれの説明をしようか。


 まずは基本魔法。世界人口の約80%はこの魔法しか使えない。この魔法は水や火、明かりなどを出したり、洗浄や魔力量が一定を超えると言語翻訳をすることが出来るものだ。もっとも、水や火、明かりなどは攻撃には使えない程度の勢いしか出せないが。国や地域によってはその性質上、生活魔法と呼ぶこともある魔法である。

 次に属性魔法。世界人口の18%が使えるとされているもの。属性魔法は火木水の三種類、それよりは希少な毒や風、治癒といった攻撃用魔法である。属性魔法を使える人間は魔力量も多いため、属性魔法持ちは上の地位にいる傾向がある。

 最後に特殊魔法。これは完全に独自性を持った魔法であり、同じ魔法を使える人間は殆ど存在しない魔法だ。とは言えど、歴史書を遡ると見つかることもあるのだが。それでも同年代には一緒に現れることはない。


 次は魔力についてだろうか。とても簡単に言うと、化学エネルギーや熱エネルギー、電気エネルギーといったエネルギーの一種である。

 この魔力、人によって筋肉量や能力が違うように保持する量にも差が生じる。こちらの世界ではその差が顕著に表れてしまい、目を見れば属性と魔力量が推測できるのだ。簡単に言うと虹彩の色で属性が、色の濃淡で魔力量が大体分かる。

 例えば、基本魔法のみならば虹彩は茶色や焦げ茶色に。火属性ならば赤系統の、水属性ならば青系統の、木属性ならば緑系統の虹彩に……といった感じだ。ちなみに特殊魔法持ちはその魔法によって色が変わるため確定要素はない。が、いずれにせよ色の濃淡で魔力量が決まるということは変わりようがない事実である。人が亡くなると魔力が地に帰り、真っ白な瞳になるのだ。


 さて、ここで問題となるのがテオドラの目の色である。彼の虹彩は銀。そう、限りなく色が薄いのだ。死人よりも濃く、生者より薄い色。

 異分子や弱者が淘汰されるのはどんな場所でも変わらないのか、テオドラもそれはそれはその影響を受けた。仲間外れにされたし、虐められたりもした。虹彩の色が少し違って、大分薄かっただけで、あまりにもな仕打ちを受けたのである。


 普通の子どもならここで絶望して人間不信になったり、人生の不公平さを嘆き捻くれてしまうだろう。ところがテオドラは違った。

 成り代わる前の彼は何千とループを繰り返した精神爺野郎、成り代わったあとのテオドラ(白詰瀬央)は、針の(むしろ)状態の大学で10年以上働いていた鈍感天然おじさんである。つまり、精神がオリハルコン並に強いのである。不本意ながら、ではあるが。

 ループの中で受けた仕打ちの方がよほど辛いわ、と言わんばかりに普通に過ごしていたらいつの間にかそういったことはなくなっていた。

 以上が魔法とテオドラの現状についての説明である。テオドラに戻ろう。

 


 まぁ、前世の私もあまり友達が多かったわけではないですけどね……。大切な人達は皆いなくなってしまいましたし。

 そんなことを考えていると、家に呼び鈴の音が響いた。その音にぱっと顔を上げる。従兄弟が着いたのだろう。胸がどきどきしてきた。


「は〜い、今行くわね〜」


 そう言いながら母は玄関の方角へと消えていった。パタパタと足音が遠のいていく。緊張で目が滑る。パタリと本を閉じていとこの登場を待った。

 暫くの間ソファに座って待っていると、廊下から足音が聞こえてきた。母と別の女性との話し声も聞こえる。リビングに、父とよく似た女性と、金髪の小さな女の子が入ってきた。


「こんにちは、貴方がテオちゃん? 私あなたのパパの妹よ、あなたにとっては叔母さんにあたるわね。ちっちゃい頃に一回あったことあるんだけど流石に覚えてないわよね〜」

「こ、こんにちは、テオドラと申します。ぜひ、テオと呼んでください。ええっと、その、覚えてなくて……ご、ごめんなさい」


 父によく似た女性が話しかけてきた。どうやら昔会ったことがあるらしいが覚えていない。申し訳ないと思いながら謝る。


「あらあら、謝んなくていいのよう。だって会ったのは貴方が生まれて一週間たったぐらいの時の一回だけだったんだから。覚えてなくて当然よ。逆にこれで覚えてたら少しびっくりしちゃうわ~」


 そんな前なんかい! 赤子の時の話だったようだ。思わず心の中でツッコミを入れた。記憶がないのも当たり前ではないか。

 なんとなくノリが父親に似ている。やはり兄妹なのだろう。視線を下げると、視界の端に先程よりもしっかりと金髪の女の子の姿が見えた。


「あぁ、そうだわ! あなたたち二人は初対面よね~。テオちゃん、この子があなたの従兄弟よ。ほら、自己紹介自己紹介」

「あの、ちゃん付けはちょっと……紫苑さん?!」


 その金髪の女の子は、テオドラの前世の教え子水橋紫苑にそっくりだった。そう。まるで、生まれ変わりかというほどに瓜二つで。強いて違う所を上げるならば虹彩が紫色な所ぐらいだった。


「あら? テオちゃん知ってたの? そう、この子の名前はシオン。今年4歳になるのよ〜

……シ、シオン?! ど、どうしたの! この子あんまり泣かない子なのに」


 シオンと呼ばれた女の子hアメジストのような大きな瞳から涙を流し始めた。ぎょっとしながら近寄ると、シオンは思いっきり突っ込んできたではないか。


「ゔっゔわ”ぁぁぁぁあんうっ、きょ、ぎょー。じゅ〜うわぁぁぁぁん」


 10歳と4歳では体格も違うので、危なげなく受け止めた。女の子の言葉から推測するに、彼女は転生した紫苑さんなのだろう。

 それはようするに、私が紫苑さんを守れなかったことを意味していて……。そんなのは教師失格だと酷い後悔に苛まれた。


「ゔぅきょ〜じゅ〜い、いぎでるぅ〜な、なんでわだじ庇って死んじゃうんです〜も、もぉぉぉご、怖がったじゃないですかっ」

「ご、ごめんね、守れなくって……」

「ち、ちがいます! きょーじゅはわだじのことちゃ、ちゃんと守ってくれました!!! ゔぅい、いくらきょーじゅでもわたしを、っ、守ってくれた人をけなすのはゆ、許しませんからぁ〜〜」


 紫苑さんはそう言うと、私の服に顔を伏せながら泣き続けた。ぎこちなくなりながらも、(なだ)める為に紫苑さんの頭を撫でる。気休めだとしても、その言葉が凄く救いになった。


「あら〜、もう意気投合したのね〜。2人でテオの部屋で遊んできたらどうかしらぁ〜」

「それはいいな。ほら、子どもは子ども同士仲良く遊んできなさいな」

「テオちゃん、うちの子よろしくね」


 大人達はそう言うと、二人だけにしてくれようとした。

 初対面なのにお互いがお互いを知っていて、なんて異様な雰囲気なはずなのに。普通ならば気味悪がっても仕方がないことなのに。何も聞かず、それでも子供達のことを尊重してくれた。

 魔力量がゴミカスな私も受け入れてくれて、意味不明な言動も受け入れてくれて。セオドラさんが10歳まで生きていられた理由がなんとなくわかれた。無意識に肩に入っていた力が抜ける。


「はい、じゃあ2人で遊んできますね」


 私は未だ泣き続ける紫苑さんの手を優しく包むと、部屋に向かったのだった。




 落ち着いてきたのだろう、部屋につく頃には、紫苑さんは殆ど泣き止んでいた。しかし、絶対に手を離さないというかのようにがっちりと握りしめている。ちょっと痛いくらいだ。だが、それを言うには彼女に対しての罪悪感が許してくれず、結局されるがままだった。


「まずはじめに確認ですが、君は白詰瀬央の生徒であった水橋紫苑で間違いないですよね」


 そう問うと、紫苑さんの握りしめる力が強くなった。ぶわりと、また彼女の目から涙が溢れる。


「いっ、痛いですよ! も、もうちょっと力を弱めていただけると助かるんですg「やっぱりきょーじゅなんですね?! あってますわたしはきょーじゅの生徒の水橋紫苑ですきょーじゅ今はちゃんと生きてますよね幻覚じゃないですよね! ねぇ?ねぇ! なんかいってくださいきょーじゅ?! きょーじゅ!」」


 紫苑さんは私の手を強く強く握りしめながら言ってきた。あまりにも強く握っているため私の手は真っ白だ。シオンの目から零れる涙も相まってとても冷たい。まるであの時のように。

 紫苑さんもあの時のことを思い出してしまったのだろう。紫苑さんの少し呼吸が乱れ始めた。空いている方の手で彼女の背中を撫でる。


「紫苑さん、落ち着いてください。私は生きてます。幻覚でも夢でもなく現実ですよ。だから大丈夫です。大丈夫、大丈夫。大丈夫だからね」


 これ結構トラウマになってますね。まぁそりゃそうか、目の前で人が刺されたのだから。その恐怖は酷く分かる。紫苑さんも、この言葉に安心したのか、手の力が少し緩んだ。



──違う、そうじゃない。シオンは尊敬している教師が目の前で殺されたのが怖かったのである。(ゴミ)よりも大切な存在である恩師が、自分を救ってくれた彼が。目の前で自分を庇って殺されたのだ。その時の恐怖は、彼女にしかわからないだろう。

 それに、懐いた人や尊敬している人の前以外では冷徹な彼女。そんな彼女なのだから、刺されたのがテオドラ以外なら別になんとも思っていなかったはずだ。そんなことを知ってか知らずか、テオドラは暢気に慌てていたのだった。



「で、きょーじゅはなんでそんなザ・ファンタジーみたいな見た目になっているんですか? というか、よくきょーじゅだって気づいたなわたし」


 今度こそ落ち着いたのだろう、紫苑さんは舌っ足らずにそう問うてきた。


「ほんと、よく気が付きましたね。前世とは結構見た目違うのに……」

「まぁ、わたしはきょーじゅのじまんのおしえごですしね! で、なんでですか?」

「うぅ〜ん話すと長くなるけど平気?」

「はい、だいじょーぶです!」

「実はね───」


 紫苑さんが元気よく返事したのを確認してから、昨夜思い出したことを話し始めた。

 よく考えてみると、昨日思い出していなかったら紫苑さんと再会出来ていなかったのだろう。自分のタイミングの良さに安堵の溜息を吐いた。


「そんなことがあったんですね。というか『アストリア』って、やっぱりほんとうにあったことなんですね」

「やっぱりってなんでですか? というか信じるの早いですね、君」

「きょーじゅは嘘つけないじゃないですか。つけないっていうかへたくそっていうか。まぁ、だからこそしんじれたんですけどね」

「なんか(けな)された気がする……」

「でも、それだけがりゆうではなくって。……じつは『アストリア』は本当にあったことなんじゃないかって言ううわさがあったんですよ」


 紫苑さんはそう切り出すととある噂について説明してくれた。幼い口では話しづらいだろうに、つっかえながらもしっかりとした説明だった。



──『誰ガ為ノアストリア』って乙女ゲームっぽくない上に何故か戦争ゲームみたいなところがあったじゃないですか。

 しかも、戦略や内政に関しては妙にリアルで。元国家公務員さんや歴史ガチ勢も認めるほどだったんですよ。教授もプレイしたから分かるでしょう。ゲームのシステムもストーリーも、無料ゲームにしてはしっかりしすぎているって。

 ……まぁ、そんな感じで、ファンの間では『アストリア』のストーリーは別世界で本当にあったことだって都市伝説として囁かれていたんです。とは言っても、皆あったらいいなぐらいの感覚でしたけど。

 ちなみにこの噂ファンの間では有名でしたよ。



「──だからすんなりしんじれたんです」

「はぇ〜そうやったんね。私、そんな噂知らなかったよ」

「そりゃあそうでしょ、きょーじゅはじめたばっかでしたし」


 クッ、なのにハッピーエンドに辿り着くなんて……。紫苑さんがそんなことを言っているが残念ながら私には聞こえなかった。


「そうだった、きょーじゅ。きょーじゅは軍にはいるんですか?」

「ん? んぅ〜そう、なるかな。彼との約束を果たしたいし」


 突如として部屋に天使が通った。ピンと張り詰めた静寂が空間を支配する。


「………………それって、きょーじゅが死ぬかのうせいがたかいんですよ? なのに、なんでそうやって言えるんですか。わたしはもうあなたを失いたくないのに!!!」

「……それでも、それでも私は彼らを救いたいんです。私に救えるかは分からないですが。それに、どうしても彼らをあの人達に重ねてしまうんです。今度こそ、あの人達を救えるんじゃって。重ねて見るなんて失礼ですけどね」


 先ず口を開いたのは紫苑さんだった。あまりの気迫に驚きつつも、紫苑さんにとっては残酷なその目標を告げる。しかも私の事情を知っている紫苑さんにとっては止められない理由で。

──はにかみながら、授業の時の言い聞かせるような声色が。ほけほけと穏やかに笑うその表情が。いつも教壇の上で浮かべる表情と同じで。だからこそ、そのセリフの異常さが際立った。


 穏やかに笑う私を彼女は絶望のような、喜びのような、悲しみのような、諦めを含んだ複雑な表情で見つめる。そして溜息を一つついて、少し歪な笑顔を浮かべた。

──尊敬する恩師の性格なんて良くわかっている。だから、シオン一人が反対しても絶対に入るだろうことも、止めることなんて出来ないことも。シオンは良くわかっていた。良く、知っていた。


「〜〜、はぁ〜しかたないですね。きょーじゅはこうと決めるとてこでもうごかないんですもん。わたしもてつだいます!!」

「えっ!? そ、そんなの危ないよ? だから君は、」

「いいえ、ぜったいにひきません!! きょーじゅは一人だとむちゃしますもん。わたししってるんですからね!」


 紫苑さんはそう言ってそっぽを向く。何を言われたとしても、自分も将来は一緒に軍に入るという意志表示だろうか。教え子を危険に晒していいものか、葛藤する。

 教師としては大切な生徒を危険に晒したくない。眉毛を寄せ、思案する。ちらりと紫苑さんの目を見ると、そこには絶対に折れないという強い意志が宿っていた。


「わ……かりましたよ。私も人のこと言えませんもんね」

「!!」


 結局、折れたのは私の方だった。教え子を危険な目に合わせたくはない。それでも、紫苑さんが自分の意志で選んだことを私に止める権利はない。

 生徒の成長を妨げるのは教師としてやってはいけないことだと思っているからこそ、私は彼女を止めることは出来なかった。


「ただし、危ないことは駄目ですよ?」

「!ハイ!!!」


 紫苑さんは元気よく返事をする。認めてもらえて嬉しかったのだろうか。にこにこと輝かんばかりの笑みを見せていた。


「それじゃあきょーじゅ、まずはじめにじょうほーのかくにんをしましょう」



 ここまで読んでいただきありがとうございます! 


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