教授と家族の顔合わせ
窓の外を見ると星空の下に西欧風の街並みが広がっているのが確認できた。
明らかに日本では、地球ではない雰囲気である。外では明かりが付かず役目を果たせていない街灯が、ぽつりぽつりと立っていた。
「これは成功って言うことでいいんですかね」
そう呟くと、私は周辺の探索を始めた。目覚めた場所はどうやらセオドラさんの部屋のようだ。
部屋にはいくつもの本棚が置いてあり、たくさんの本が詰まっていた。ぱっと見ただけでも魔法に関する本や歴史書が置いてあった。探索を終えてからこちらの世界のことを学んでみようか。
部屋の中で目立つ所はその本棚達だけで。ぬいぐるみやブリキの玩具も何もない。
どこか子供らしくない、どちらかというと書斎のような雰囲気だった。
「ぅ、わぁ〜凄い! まるで書斎ですね。私も欲しかったんですよ自分の書斎。結局作る前に死んじゃいましたけど。まぁ、今世では絶対に作りましょ」
ウキウキとしながら部屋を見ていると、机の上に日記帳が見つかった。
上品な黒のベルベット地に、銀色でDiaryと書かれた表紙。横には万年筆も転がっていた。
「あれって……日記帳ですよね。見ても良いものなの? で、でも情報収集のためですもん! い、いいですよね?」
日記帳はもっともプライベートなものと認識している私にとって、日記帳を見ることはとてもはばかられる行動だ。
日本の記憶に加えてセオドラさんとして生きた記憶も頭にある。あるのだが。
ロックがかかっているように、見ることが出来ない。脳が処理落ちしないよう制限しているのだろう。
いきなり全部思い出してしまったら大変だと私だって分かる。多分人格や記憶が混ざってしまうだろうから。それでも、現時点ではあまりにも情報が足りない。覚悟を決め、恐る恐る日記帳を開いた。
中身は日記帳というよりも、昔流行ったプロフィール帳に近く、それに併せて世界の情報が書かれていた。
今の私の名前はテオドラ・T・レペンス。10歳の男。14歳になったら王立学園というところに通うことになっているらしい。
王立学園といえば、将来は帝国の支配者となるエリアスが通っていたところだった……はず。
よく覚えていない上に、そういったエピソードが書かれているイラストカードは持っていなかったから確証はない。
……日記帳には、他人に見えないようこうも書かれていた。
『またループをしてしまった。もう嫌だもう皆さんが傷ついているところは見たくないのに』
『今回の世界線はいつもと名前が違う、何故? 色や顔が違うのは慣れたのに、名前が、皆が付けてくれたあだ名が』
『もうループしたくない。誰か助けて』
『最近のループだと、ついに味覚がなくなってきた。痛みはとうに分からなかったけど、最近は味がわからない。あんなに好きだった珈琲の味が分からない』
『今回からあの人達との記憶が、分からなくなってる嫌だ嫌だ嫌だ。名前が違うからだ。なんで名前が変わって。奪わないで、私の唯一を返してくれ』
『まだ誰とも会っていないのにもう嫌だ。忘れたくない、一番最初の記憶も忘れてしまうの? 嫌だ忘れたくないあの記憶が一番大切なのに。嫌だ嫌だ嫌だ死ねば楽になれるのかな。なんで、なんで私は死ねないの』
そう書かれていた。名前とはそれ即ちその人を証明する為のもの。
それがズレたとなると存在が揺らいでしまう。現に、私も地球でのことは大切なこと以外忘れてしまっている。両親の顔も、大学のことも何も思い出せない。
だが幸いにも、紫苑さんのことは覚えている。あの人達のことも思い出せる。
きっと、前の私と今の私の名前が少しだけ似ているからだろう。それが何よりも救いだ。
でも、セオドラさんは違う。だからセオドラは大切なものを失くさないために、全てに絶望したくないから、自ら命を絶とうとした。それが世界に許されなくて。そしてあの空間で1人、管理人として全てを見守っていたのだろう。
彼との約束を絶対に果たさなければ。私──白詰瀬央改めテオドラ・T・レペンスは今一度、強く強くそう思った。
そういえば、私の姿どうなっているのだろうか。彼に成り代わったから西洋系の顔立ちなのだろうか。日記帳を閉じ、前に思いを馳せていると、ふと思い浮かんだ疑問。
しばらくは見慣れないだろうな、なんて私は壁に掛けられた姿見を覗いた。
「……あれ? プラチナブロンドではない? それに、顔立ちもヨーロッパというより、東洋系な気が、」
姿見に映っていたのは、整った顔立ちの紅茶のような色合いをした少年だった。
顔立ちは、どこかミステリアスさを感じさせる東洋系。しかし西洋の血が混ざっているのだろう。目鼻立ちはしっかりとしている。
肌は陶磁器のような乳白色、頭髪は紅茶色。大きくなったら美人になることが予想出来る容姿。
何よりも特徴的なのが瞳で、月明かりのような銀色だ。瞬きをする度光が舞っているようで、自分のものながら綺麗だった。
確かに白く儚げなのだが。だが、あの時会った彼とは少し容姿が違った。
「あの人の顔立ちは西洋系だったし、あの時の彼の色合いよりも色が濃い。これが容姿が違った、というやつですかね」
あれこれと考えていると部屋にノック音が響く。返事も待たずに扉が開いた。
「テオちゃん入るわね〜。あら、起きた? もうそろそろ夜ごはんの時間よ〜」
間延びしたセリフとともに入ってきたのは、艶やかな黒髪が美しい東洋の美人だった。
記憶と日記帳の情報からするにこの人が母親だろう。私の顔立ちはこの母親から継がれているのか。
「?テオちゃん、どうしたのそんなに固まっちゃってぇ。あっ! もしかしてママの可愛さに見惚れちゃった? やだ〜ママが可愛いのはいつものことでしょう?
……それとも、誰かになにか言われた夢でも見た? テオちゃんの魅力すら分からない馬鹿な輩は〜、テオの魅力で性癖歪ませて将来的な破滅を用意してあげましょうって言ってるでしょ? ね〜、大丈夫よ〜」
綺麗な顔から信じられない言葉が飛んできた。まだ二桁になったばかりの子どもに何を言っているのだろうか、この女性は。
少なくとも幼子に聞かせるものではないだろう。今の母親はとても自己肯定感が高いらしい。うん。そういうことにしておこう。
「どうしたんだい? 二人とも。夕食が冷めてしまうよ」
「あら、ダーリンごめんなさいね〜。テオが急に固まっちゃって……。なにか嫌な夢でも見たのかしらと思ったから対処法を教えてあげてたのよ〜」
また別の人の声が聞こえたかと思うと、開いた扉からこれまた儚げな西洋系の美人が顔を出した。
桑茶色にヘーゼルの瞳の、儚げな色合いをした男性。これまた記憶と日記帳の情報によると父親のようだった。
私の色合いは父親から受け継いだのか。二人から良い部分を受け継いだな、なんて現実逃避をした。
「ほんとだねハニー、テオが固まっているよ。どうしたんだい、怖い夢でもみた? それなら今日はパパとママと一緒に寝るかい? 大丈夫、どんな夢だろうが輩だろうがパパがぜ~んぶ壊してあげるからね!」
「やだ〜ダーリンかっこいい! 惚れ直しちゃった♡」
「ありがとハニー♡でも僕は毎分毎秒君に惚れ直しているよ」
「きゃぁ、ダーリンったらわたしもよ〜」
二人はそんな会話をしながらイチャイチャし始めた。なんとも仲睦まじい夫婦なのだろう。
前の両親はここまで仲が良くなかった気がするから、少しだけ羨ましくなる。そんな風に考える私に気がついたのか、二人は近づいてきた。
母が私の前にしゃがむと優しく抱きしめてきた。急な出来事に、頭にはてなが浮かんでは消える。
「?!な、なんですか母様? く、苦しいですよ」
「あら、だってわたしたちの可愛いテオが寂しそうだったから〜。ね〜ダーリン!」
「そうだなぁ〜ハニー! 大丈夫だよテオ。僕達はテオのことを置いていったり、罵ったりはしないから」
その上から父が抱きしめてきた。抱き締められたからか、全身が暖かい。
暖かくて涙が出そうになる。前は、死ぬ直前は全身の血液が抜けていって寒かったから。
「テ、テオ?! ど、どうしたの! く、苦しかった? ご、ごめんね〜」
「泣かないでテオ、どうしたの? 痛かった?」
急に二人は慌てだした。ああ、泣きそう、ではなく本当に泣いてしまったのか。涙を拭いたいが抱きしめられていて出来ない。
──銀の瞳からぼろぼろと大粒の涙を流し抱きしめられている姿はまるで、絵画のようで。もしも、天使といわれたら信じてしまうだろう。それほどまでに神秘的な光景だった。
慌てながらも抱きしめる手を緩めない二人に酷く安心した。
「いえ、なんでも、な、いです。ちょっと目にゴミがはいっちゃって。大丈夫です! そ、それに私父様と母様にギュ~ってされるの、す、好きなんで」
「よ、よかったぁ〜。テオが泣いちゃうから焦ったよ。いつでも抱きしめてあげるからね!」
「あらあら〜テオ可愛い〜。そうそういつでもギュ~してあげるからね! ……テオ、父様母様じゃなくてパパママって呼んでってば〜。そ、れ、に、敬語じゃなくていいのよ〜?」
あぁ、暖かい人たちだ。優しいこの人たちには生きていて欲しい。私は新たな決意を胸に、セオドラさんとの約束をもう一度意識した。
「そ、そうだ! 夜御飯なのでしょう? 早くいかないと冷めちゃいますよ」
「それもそうだね。じゃあ3人でいこうか」
「も〜、テオは食いしん坊さんね〜」
──そう言いながら、3人は手を繋いで部屋から出ていった。
残された部屋では風もないのに日記帳のページがめくられ、すうっと文字が浮かびあがる。奇しくもそれをみていたのは窓辺の烏だけで。そしてすぐに空気に溶けて消えていった。
『ありがとう。我々からも、貴殿にあらん限りの幸福が訪れるよう祈っている。我らの月が世話になった』
++++
「そういえば、明日はテオのいとこが来るわよ〜」
「え!? 私、従兄弟いるんですね。会ったことないかもです」
「あぁ、テオは会ったことないな~僕の妹家族なんだけどね」
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