教授と──の会合
なにか、周りが眩しい気がする。
「……え?」
暖かさと眩しさを感じて目を開く。あの出血量では確実に死んでいただろうに、何故か目を開くことが出来てしまった。
驚きながら辺りを見回す。薄ぼんやりとしたその場には、雪のようなものが降っていて、朽ち果てた額縁や宝物箱が幾重にも重なっていた。
先程までの走馬灯と打って変わった、海の中のような雰囲気。冷たい雰囲気と私を包む暖かさがアンバランスだった。
「わ、たし、死んだんじゃ? え、何生きて、るんですか?」
急いで身体をみると傷一つない。走馬灯は先程見たはずで、そうでなくとも例え生きていてもこんな五体満足ではないはずで。
あの時のことを思い出して総毛立つ。身体の中に冷たい金属の塊が何度も何度も入ってきたあの感覚が。
全身から血が抜けていき、自分が着実に死に近づいているという感覚が。多分、いや絶対に、永遠に忘れることが出来ない光景。
「いや、そんなことより何故反応があるのか。あの出血量やまず助からない……はずです。だってあの人達がそうでしたから。生きていられるはずがっ」
身体を抱き締めながらも、現状把握を試みた。呼吸が浅くなる。それでも根性で抑えつけた。
『お〜い』
誰かに話しかけられた気がしたが、こんな場所に人はいないと無視することにした。
『聞こえますか〜?』
「じゃ、じゃあなんで意識が?!」
『……ワァッ!!!!!』
「ウギャーーー!!!!!!!!!!!」
『うっ、うるさ!耳がぁ〜』
「え? あの、貴方誰です? 天使様ですか? それに私は死んだんじゃ……」
声をかけられ勢いよく振り向く。目の前には雪のように白い綺麗な人が立っていた。
周りにはフワフワとした色とりどり海月ようなものが輝いている。極彩色の海月達が、彼の周りを守るように泳いでいた。
見たことも会ったこともないのに、何故か既視感を覚えた。
目の前の彼の服装はワイシャツに黒いパンツ、ループタイというシンプルな、どこにでもいるもの。
それでも、プラチナブロンドに銀色の瞳、整った顔という、普通とは言い難い容姿をしていて。そんな知り合いがいたら覚えているだろう。でも、そんな人物会ったこともない。
それならば何故既視感が。あまりにも現実離れした容姿。画面から出てきたみたいな……って画面?
『あっようやく気付いてくれたんですね。良かった~、このままずっと気付いてもらえないかと思いました』
「あっあの、もしかしてですけど、管理人さんですか?」
『よく気が付きましたね! あのイラストとは色が全然違うのに……
こほん。……初めまして、私セオドラ・クヴァレと申します。貴方には管理人と云ったほうがわかりやすいですかね。こんななよなよしい見た目ですけど、リヴェールノクス帝国軍作戦参謀総長で、幹部だったんです! まあ、過去の栄光ですけど』
「ご丁寧にありがとうございます。私は白詰瀬央と言います。大学にて准教授をやらせてもらっています。いや、いました、かな。それより、私って死んだのでは? 何故生きてるんでしょう」
『あぁ、それは今から説明させていただきますね』
そう言うと、管理人さんもといセオドラさんは何処からともなくパネルを取り出し説明を始めた。
『誰ガ為ノアストリア』は別世界いわゆる異世界で本当にあった国のお話をベースに作られたゲーム
↓
セオドラはそこで参謀総長をしていたが、敵の襲撃にて死亡
↓
しかし、国を忘れられたくないと強く願ったことで幽体ではあるが、地球に干渉出来るように
↓
地球の文明を見てゲームを通じて国について配信すれば誰もが忘れないのでは?! と思い立ち、ゲームを配信し始めた
セオドラさんの説明を要約するとこんな感じだろうか。他にも仲間や軍の思い出話もしてくれた。説明は簡潔で聞きやすかった。
仲間の話の時の雰囲気だけは気がかりだ。その様子が、どことなく昔の自分に似ていて、少し苦しくなる。
『貴方を見つけたのは偶然だったんですよ。今まで誰も気づかなかったのに私の色に気付いてくれて、そこから気になったので観察してたんです』
セオドラさんはそう言いながら笑う。どろりと纏わりつく雰囲気はいつの間にか消え去っていた。
それでも気の所為だとは流せなくて。ループタイからは銀色の海月が消えていた。
『そして貴方を観察していたら殺人現場を見つけてしまい、なんとか助けられないかと思ったらこっちに引っ張れたって感じですね』
セオドラさんはそこで話を終わらせた。しかし、何処か引っかかるところがある。喉に小骨が突っかえたような。そんな。
セオドラさんは何かを隠しているような気がしてならなかった。
『?どうかしたんですか?』
「あぁ、何でも……いえ、本当の理由はなんですか?」
『ふふ、今言ったことが全てです。本当ですよ「なら」っ、』
「ならなんでそんな苦しそうなんですか!」
そう。セオドラさんはずっと苦しそうだった。初めはただ色素が薄いだけかと思っていたのだが。
周りは薄暗かったのも合わさって気がつけなかったが、彼の顔面は紙のように真っ白だった。セオドラさんの顔には、罪悪感に後悔……哀しみが浮かんでいた。
伊達に講師と准教授をやっていない。学生達と触れ合っていたお陰で、表情から感情を読み取るのは得意なのだ。
「ねぇ、セオドラさん。どうしてそんなに罪悪感があるのか、後悔をしてるんかは私は知りません。きっと私が知らなくてもいい事なのかもしれません」
セオドラさんの手をとり、無理矢理視線を合わせる。さっきからずっと目が合わなかったのも気になっていたのだ。
きっと嘘をつけない人なのだろう。ウロウロと気まずげに逸らされていたから。
ようやくかち合った銀色は満月のようで。場違いにも綺麗だと思った。
「それでも。それでも、そんな顔をしている人を放って置けるほど私は冷淡にはなれないんです。ねぇ、なんでそんな顔をしているのか教えてくれませんか?」
くしゃりと顔を歪め、セオドラさんは黙りこくる。彼の中で色々な考えが渦巻いているのだろう。数刻ほど経ちセオドラさんが口を開いた。
『……軽蔑しますよ』
「それでもいいですよ。少しでも貴方の肩に乗っている重しを下ろしたいだけですから。まぁ、会ったばっかの奴には話せないって言うなら別なんですけどね」
笑いながら言うと、歪ながらもセオドラさんも微笑んでくれた。
暫く間が空き、ぽつりぽつりと話し始める。
しゃがみ込んでしまったセオドラの横に座り、背中を撫でながら話を聞いた。
──さっき貴方に言ったのは八割は本当なんです。貴方を観察していたら、貴方が死にかけているのを見つけて、つい魔が指してしまったたんです。……何故魔が差したって言うのかって?
おかしいとは思いませんでした? 何年経っても、何度繰り返されてもハッピーエンドもトゥルーエンドも見つからなかったこと。
あのゲームは本当の物語だと言いましたよね。私が語った物語もハッピーエンドとは言い難い代物。そう、本来はハッピーエンドなんて物、存在しないんですよ。
あの日から、最初に繰り返すきっかけとなったあの日から。ずっとずっと何回も何回も探して。何度も何度もループして生きて死んで殺されて、でも私じゃあ無理でした……。私じゃ、お、俺じゃ皆を助けられなかった。ぁ、それどころか皆を苦しめただけ、で、した。
1番最初の世界線は、皆普通のっていうか、もっと幸せな家庭で育ってたんです。戦争孤児や時代の被害者はいましたが、実験体や奴隷なんて人はいなくて。でも、それが繰り返していくうちに……だんだんと皆の過去が変わっていって、なのに俺だけは変わらなくて!
早くハッピーエンドを見つけようと躍起になった。疑われて処刑されたり、戦死したり、暗殺されたり、辛いこともありましたけど。それでも頑張ったんですよ? また皆さんと共に笑い合える、そんな日々を夢見てたから。
……4桁を越えたあたりからかなぁ俺にも少しずつ変化出始めて。今でも覚えています。出自が違かったんです。次は親が、色が、容姿が。そっからなんにも感じられなくなってきて、このままじゃ目的を見失いそうになって。
思い出だってわからなくなってきて、自分が自分でいられなくなって。あの帝国で軍の皆と、国民の皆さんと戦った俺が消えてしまいそうで。それだけは嫌で、だから世界に挑んでいたはずなのに。
でも、最後に名前が変わってしまって。もう俺はいないんだって、いらないんだって思って。……其処でな、俺は諦めました。諦めて、しまいました。もう、怖かったんです。
仲間が死んでいくのを見るのが、仲間に殺されるのが、泣いているのを見るのが、全部怖かった。
……何より、何よりも! 皆との思い出を忘れてしまう自分が、たまらなく怖かった。痛くても、苦しくても、救いが見つからなくても頑張れたのは皆との思い出があったからなのに。俺の原動力だったのに。
忘れてしまったら、俺は空っぽになってしまう気がしました。きっと心が折れて人形以下に成り下がっていたかもしれません。自分の大切な核となる部分が、存在意義がわからなくなって……消えたいって思ってしまっていたから。最後の世界では、まだ実際に行動には移していなかったんですけどね。そして、この空間にいた。その後は話した通りですよ。
幸い、俺は軍属でしたし、情報課の皆さんが教えてくれていたしで、あっちでは珍しいパソコンが使えたんです。だから、少しでも忘れないために、あの日の皆さんを二回も死なせないために、ゲームを配信しました。ハッピーエンドを見つけだしてもらおうって、……でももう殆ど諦めてたんですよ。
当たり前でしょう? だって、一万年以上掛けても誰一人幸せになる未来には、一人も欠けず笑い合っている未来には辿り着けなかったんですから。
そんな時に、貴方がハッピーエンドを見つけだしてくれて、創り出してくれて! もう、それだけで私は救われました。赦されたと思ってしまった。俺がしていたことは決して無駄ではなかったんだって。
……死にかけの貴方を見て思ってしまったんです。この人が『誰ガ為ノアストリア』の世界に行けば、私が逃げてしまったあの世界へ行けば皆は救われるんじゃないかって。気が付いたらここに貴方を連れてきていた。
私が連れてきたせいで貴方はもう元の世界には、地球には還れなくなって……正気に戻って還そうとしたときには遅くって。ごめんなさい。
『……軽蔑したでしょう?』
「、そんなことないです! 確かに地球に還れなくなったのは貴方の責任かもしれない。でも、でもっ私は貴方を軽蔑したりはしない
辛いことのほうが多かっただろうに誰よりも仲間を愛した。それ故に繰り返し続け、傷付き疲れてしまった。そんな貴方を誰が責められると言うんですか」
そう、誰が責められるというのか。それに、どちらにしろ私は死んでいたのだ。今更地球に還れなくっても関係がない。
セオドラさんはゲームのシナリオ通りの現場を全て体験してきたのだろう。
その上、彼は全てを覚えている。常人ならば狂ってしまうような永い月日。それこそ、一万年という果てしない時間を全て。
仲間に殺されることもあったというのに。生きることを諦めてしまっても尚、この空間に来てしまっても尚。諦めず仲間を助けたいと、笑って欲しいと願い続ける彼を誰が責められようか。
セオドラさんが一つ二つと涙を流す。人間らしい脆さを滲ませていた。
『〜〜ぅっあ、ありがとうございます』
「はい。お疲れ様です。よく頑張ったりました。偉い偉い。大丈夫、貴方がいたから今がある。繋げられる。無駄じゃない、無駄じゃないんですよ」
『ゔ、ゔわぁぁぁぁん』
幾ばくかの時間が過ぎ、セオドラさんはようやく泣き止んだ。こほこほと少し噎せていた。
どのぐらいの間彼は一人で耐え、泣けていなかったのだろうか。私はぎゅっと眉根を寄せた。
溜め込んでしまっていた涙全てが流し切れた訳ではないだろう。だがそれでも、泣いて少しはすっきりしたのか、どろりと重苦しかった雰囲気は霧散していた。
「落ち着きました?」
『はい、ありがと、ございます。何だかこれだけでもう報われた気がします』
「それなら良かったです」
セオドラさんの顔色はさっきよりも明るくなっている。まだまだ精神は不安定だが安心出来るだろう。
セオドラさんは一度目元を擦り、再び立ち上がった。それに合わせ海月達もくるくると泳いでいる。
『……これから先貴方には2つの選択肢が存在します
1つ目は地球に還ること。さっきはできないと言いましたが、正確には魂の漂白さえすれば出来ないことはないんです』
「魂の漂白? それってなんですか」
『そのままの意味です。全ての記憶を消し、まっさらな状態にして転生する。それが魂の漂白です。神の領域のことですが、まあ頑張りますので大丈夫です』
「……そうなんですね。それで、もう1つの選択肢とは?」
『あの、その、あまり進めることではないかもしれませんが……
私の存在に成り代わる、ことです。これは記憶を維持したまま転生できるでしょう。しかし、私の存在に成り代わるということはあの世界に行くということ。……つまり、平和とは言い難い世界で記憶を持ったまま過ごすということです』
それは、日本という平和な国に住んでいた私に対して確かに勧めづらいだろう。しかし、
「ならば私は2つ目の選択肢を選びます!」
『え、ほっ、本当なんですか?! 下手したらというか、普通に命の危険が沢山あるような世界ですよ? だから、』
「いいんです! だって、まだあの世界にはハッピーエンドが訪れていないのでしょう? なら、私がハッピーエンドにしてやりますよ! まぁ、私に彼らを救うことが出来るかは分からないですけど」
『!貴方なら大丈夫です。きっと、彼らを救えます。……だって、私が救われたんですから』
『それでは、あちらの世界への成り代わりを望むということで宜しいですか?』
「はい」
『後悔は、しませんか?』
「はい。絶対にしませんよ」
『そ、れなら手続きを始めます』
セオドラさんはそう言いながら空中になにかを描き始めた。雪の結晶が舞うようなエフェクトがとても幻想的だ。
その光景に見惚れていると、セオドラさんの身体が空中に溶けていることに気がついた。
「セオドラさん! 貴方溶け始めていますが大丈夫なんですか?!」
そう聞いても、セオドラさんはただ微笑むだけだった。
セオドラさんの下半身が全て溶けてしまったのではないかというところで、ようやく彼は喋ってくれた。
『これで終わりです。この選択肢を選んでくれてありがとうございます。……この先の未来を私は見守ることが、見届けることができません。ですがそれでも、貴方の無事を、皆の無事を祈り続けていますので』
「そっそれってどういう────ッ!」
『やはり貴方なら気が付きましたか。私の存在に成り代わるということは、今現在セオドラとして喋っている“私”が消えるということです』
「先に言ってください! 貴方が消えてしまっては意味が」
『いいんです。私は貴方に会えて、頑張ったと言ってもらった。それだけで十分報われたんです。それにね、成り代わるということは私の立場と貴方の立場が入れ替わるだけ。そう、私が貴方の変わりに死ぬだけです』
……私がセオドラさんに成り代わるということは、セオドラさんは私に成るということ。つまり、私の変わりに死ぬということ。
そして、この神の御業とも言えるような力を使うのだ。それなりの代償を伴う。
例えば、セオドラさんの魂とかだろうか。だってこれは人の身に過ぎた行いだから。
セオドラさんはそれを承知でこの儀式を行っていたのだろう。覚悟を決めたダイヤモンドは、今までみた宝石の中で一番美しかった。
『私は、その救いを彼らにも感じてほしいんです。彼らの幸せのために消えるのならば、死ぬのならば、それは本望です。それにね、こんなことを言うのはあれですが。……ようやく、ようやく私も死ねるんです。流石に、ちょっと疲れちゃいました』
セオドラさんは目を伏せながら笑う。そりゃあそうだ。
何度も何度も何度も、ずっとずっと独りで時を繰り返して、仲間に疑われて殺されて処刑されて。
それでも止まらずに突っ走っていたのだ。疲れてしまうのも無理はない。そう、ただちょっと休みたくなっただけなのだ。何も心配することはない。
『なので、お願いします瀬央さん。私の、俺の代わりにあの世界にハッピーエンドを、どうか』
セオドラさんは心底幸せそうに笑って言った。もう、胸元まで溶け始めている。
胸がぎゅっと掴まれたように痛い。いつの間にか、頬には涙が伝っていた。
「……分かりました。必ず私がハッピーエンドを勝ち取りましょう。任せてくださいな。そして絶対に貴方に、貴方達に報告に来ますから。待っていてください。セオドラさん、お疲れ様でした」
『〜〜はっ、はい!! ありがとうございます。瀬央さん』
存在が消えるというのに、また会いに行くなんて無茶な約束を取り付ける。だがいいだろう、それぐらい。無茶だろうが無謀だろうがなんだって。口に出さなきゃ叶わないこともあるんだから。
「それでは、また会う時まで。セオドラさん」
目の前が光りだす。そろそろ時間なんだろう。どうか、再び彼が仲間と出会えますように。
───貴方の旅路に、最大の幸福がありますよう願っております
セオドラさんがそう、言った気がした。
暗転
++++
「思い出した。そうでした、私はあの人とそう約束をしたんです。あの人は、仲間の人たちと出会えたんでしょうか」
……まぁ、きっと大丈夫だろう。だって、彼の周りには10色の光り輝く海月達が、まるで護る様に泳いでいたのだから。
願わくば、誰よりも優しい彼が二度と哀しむことのないように。独りに慣れてしまった彼が、二度と独りにならないように。
そんなことを考えながら窓の外を見たのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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