枯れた白詰草
「瀬央〜! 早く来い!」
「待ってください」
黄昏時の教室。誰かに呼ばれた。周囲は暖かなオレンジ色で包まれている。あまりにも鮮やかな夕焼け。
私は中学時代の制服を着ていた。誰かは私に向かって手を伸ばしている。
「まったく、あいつは瀬央のことが大好きね」
「ほんまに。無理せんでええからな、瀬央」
「あれ、多分俺らも呼んでるよね。行こっか」
声が増えた。背中に軽い衝撃が来る。懐かしさに泣きそうになった。振り返ると上から中学時代の写真が降ってきた。
入学式、修学旅行、授業、卒業式……。徐々に頭が回ってきた。これは噂に聞く走馬灯だろう。
写真が全て落ちきると景色が変わっていて。いつの間にか桜の木の下にいた。風に吹かれて花弁が舞っている。
制服は高校時代のものに変わっていた。淡いピンクに混じり色とりどりの写真も飛んでいる。
「お、瀬央さん。ここにいたのか」
「あ、瀬央さん見つかった? もう準備できてるぜ」
「瀬央先輩、はよしてくださいよ。俺もう腹減って腹減って」
「ちっ、なんで女もいねえ男だけで花見なんかしねとなんだよ」
「とか言いつついっちゃん楽しみにしてたじゃねえか」
「……あの四人も、待ってた。…………ほら早く来て……や。セオさんいないと……………………始まらない、ぜ」
声はノイズがかかっていてはっきりとはしないが、懐かしさに胸が苦しくなる。
逆光で顔が見えないが彼らだ。大切な大切な、あの。
そちらに進もうと足を進める。足を置いた瞬間場面が変わった。
どしゃぶりの雨で視界が酷く歪んでいる。気づけば頬が濡れていた。
灰色に色褪せた世界に、鮮やかな彼らの姿形はなく。その代わりに黒く塗りつぶされたモノ達が俯いていた。
外から聞こえる雨音に紛れるようにすすり泣く声が聞こえてくる。そこで思い出してしまった。皆で花見だなんてこと、したことがないことを。できなかったことを。
あの日は確か、いつもの11人で花見をしようとしていたんだ。
大学受験の年だったから節目に初めてのことをやろうっていうことで、お花見をすることになって。
当日に私が熱を出して中止にしてしまったのだ。彼らはそんな私のお見舞いに来てくれようとして、それで、その道中だった。
横断歩道を待っていた彼らのところに、曲がりきれなかった大型トラックが突っ込み、そして、そして……そして。痛みを感じる前に事切れただろうということだけが、唯一の幸いだった。
葬式に行っても、誰も私を責めなかった。私が体調を崩していなければ、お見舞いの連絡に舞い上がっていなければ、いや、無理してでも行っていれば彼らはまだこの世にいたかもしれないのに。
彼らのご両親も、親戚も、学友も、誰も責めないで。寧ろ気遣われて。
それが返って辛かった。苦しかった。罵られえば、お前のせいだと言ってもらえれば、少しは楽だっただろうに。私は、ラクになることも赦されなかった。
どうせ人生最後に見られる走馬灯ならば、都合の良いことをみせてくれればよかったのに。彼らの眠る棺に駆け寄ろうとしたが、そんな私を嘲笑うかのように掻き消えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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