氷河期ダンジョン
リハビリを兼ねて初投稿です。
同窓会の通知が届いた。
なぜ今になって?と首を傾げたが、幹事役を含めて当時の同級生が十名ちかく地元にいるらしい。居残り続けた者もいれば、戻ってきた者もいる。
同窓会。
自分が同窓生と未だに思われていたことに驚きを抱きつつ、諸々の事情を鑑みて欠席の返信を投函する。先方も分かり切ってるだろうが、形の上でもそうしなければ色々と気まずいのが田舎暮らしという奴である。互いに義理は果たした、あとは不干渉こそ相互の幸福である。
地方では珍しくもないエピソードで、自分もすっかり忘れたつもりでいた。だから出席した全員が亡くなったと聞かされた時、ヘンな声が出た。事情聴取のためにやって来た警官から、自分が容疑者の一人だと言われて更にヘンな声が出た。
「遺体からダンジョン由来の毒物が発見されたんですよ」
ダンジョン。
それは二十世紀末に発見された不可思議な空間だ。神話伝承の怪物に似た奇妙な生物が出現し、定期的に間引かねば外の――多くの場合は市街地へと、溢れて暴れ出す。いわゆるスタンピードと呼ばれる現象だ。スタンピードを放置すると、本来地下もしくは屋内に限定されるダンジョンの一部が地上に拡大し、その領域では物理法則の幾つかが地球のそれから逸脱するようになる。
故にダンジョンを攻略する探索者は、その能力と実績に応じて国や自治体から支援を受ける代わりに、犯罪や事件においては厳しい目を向けられやすい。
つまり今回の場合は自分である。
地域密着型の中堅探索者で、副業として害獣駆除も営んでいる自分。
しかも被害者たちの顔見知りで学生時代にあまり友好とは言えない関係性。
そりゃもう疑わない方がおかしいよねと自分でも思う。警官さんは非常に済まなそうな顔だけど。幾つか事件解決に協力してきたから身内認定されているのかも。
「神経毒、トラフグカエルの」
それ単なる食中毒じゃないかな。
って感想を呑み込みつつ、中毒死亡例の多いダンジョン産食肉の名前に何となく納得してしまう。大型カエルなのに身質が上物のフグそっくりで、ダンジョン産だから寄生虫の心配もないからと生食を試みる同業者が多数いる。毒抜きさえ誤らなければ美味な食材で、鍋や揚げ物にすると絶品である。
問題があるとすれば、トラフグカエルとは総称であり、実は十数種類の亜種に分類されるのではとダンジョン研究家が見解を述べていること。亜種ごとに有毒部位が異なるし、毒腺を有するものもいる。だから探索者組合でもトラフグカエルの安全な解体を出来る技師はほんの一握りだし、解毒魔法の併用が義務付けられている。
「一応規則なのでお聞きしますが、当日前後はどちらにいました?」
当然のことを訊かれた。
調べてあるだろうけど、組合に依頼されて北海道にいました。ダンジョンに呑み込まれた例の都市の解放任務に。ええ、まあ。年に二回くらい行ってるんで。毎年この時期に、期間は十日間くらい。組合に照会したら詳しい情報貰えるはず、組合は警察と同じくらい探索者犯罪には敏感だから喜んで協力してくれると思う。
「被害者たちへの個人的な怨恨とかあります?」
いま生まれたかな、怨恨。
探索者も信用商売なんですよ。案の定、市役所から天下ってきたギルド長に睨まれて問答無用で二階級降格からの近場ダンジョン所払いを通達された。文句あるなら総本部まで行くしかない。そんな伝手が君にあればいいのだがねとの捨て台詞つきで。
周りにも探索者がいる中での追放宣言、同行していた警察官の方が顔色悪かった。
数週間が経った。
田舎なので人間関係は狭いし、噂話の駆け巡る速度たるや光回線を凌ぐほどと言われている。気付けば自分は元同級生らを嫉妬から毒殺した人間という扱いになり、借りていたアパートを追い出された。元々探索者に偏見を抱いていたようで、敷金は返ってこなかった。
地域密着型の不動産屋は多少事情を理解してくれているが、紹介できる物件は無いらしい。
ざまぁ、という奴だろうか。
遺族連中の一部は刑事告発も視野に入れているという話も聞いている。しかしダンジョン事情を少しでも知っている人は意外と同情的で、遺族の中には自分の無実を信じてくれる人もいた。一連の警察の対応……色々あって引っ込みがつかなくなっている地元警察はネット上にて数多の探索者やダンジョンマニア含む有識者から総ツッコミ状態。ダンジョン食品の密猟や非合法流通が反社組織の資金源になっている話とか、自分も知らなかった話を知れたのは数少ない収穫だ。
そんな自分であるが、北海道に再び居る。
ダンジョンに呑まれた都市解放作戦は継続中で、常に人手不足だ。中堅探索者で後ろ暗い奴でも歓迎してくれるのだから有難い限り。
「いやいやいや。空間収納術を使えて、各種の状態異常を解除できる人は希少なんですから」
ダンジョンに呑まれた街。
照和の時代には本土との連絡船が行き来した港町は、新幹線の開通時に路線から外れたことで一気に衰退した。街全体としては頑張っていたが往時の勢いはなく、郊外の寂れた住宅街には鹿も羆も当たり前のように出没していたし、それら害獣の駆除すら覚束ない慢性的な人手不足の状況でダンジョンの適切な管理など出来るものではなかった訳で。
探索者組合の中央本部が気付いた頃には、街外れの温泉街を起点として五角形の城郭公園に至るまでの広い範囲がダンジョンに呑み込まれ、地球の様々な科学的法則から切り離されることになった。ダンジョンの拡大はそれ程でもないものの、組合が相当数の人員を派遣してなお現状維持すら出来ていない。二十年以内に北海道全域がダンジョンに呑み込まれるだろうという悲観的な予測を立てる専門家も定期的にTVに出演しては社会不安を煽っている。
「最近は地元が探索者を冷遇しているって北海道に来てくれる方も一気に増えたんですよ」
最近?
「ええ、この数週間で」
たとえば、自分の地元からも?
「判明しているだけで五十人ほど来られていますね」
……それ、地元でダンジョンに潜ってる人の八割超えてるっすね。
「向こうの支部ですけど、支部長と天下り組に職員が置き換わったそうで組合正スタッフは全員引き上げてますね」
探索者組合も、ブチ切れてます?
「はっはっはっ」
はっはっはっ。
地元のダンジョンが案の定スタンピードを起こしたと聞いたのはそれから数日後のこと。幸いにも周辺の支部が迅速に動いたおかげでダンジョンの領域が地上に展開することは避けられたが、逃げ出した毒ガエルは地元環境に適応してしまった。
本格的に繁殖を始める前に駆除できれば、水源や農産物の汚染は最小限で済むだろう。毒物分解や除去もできるかもしれない。いるよな。愛郷心溢れた、有能な探索者。地元では嫌われてるみたいだから、隣の町から通うことになるだろうけど。高確率で無償奉仕させられそうだけど。
「行かれないので?」
所払いを受けているので、戻れません。うん。残念。
+用語説明+
■ダンジョン
不思議空間。放置してるとモンスターが溢れ出し、溢れ出したモンスターが定着するとそこはダンジョンの領域となって各種法則が書き換わる。危険もあるが様々な資源も手に入る。増えたり減ったりする。
■モンスター
不思議生物。非生物もいる。食材にになったり薬になったり純度の高い貴金属を得られたりする。体内の魔石を持ったままダンジョン外で暴れるとその空間がダンジョンの支配下になる。
■探索者
ダンジョン攻略専門のいわゆる冒険者。ダンジョンの不思議法則に適合することで魔法とか使えるようになる。世間的には氷河期世代とかドロップアウト組などを社会復帰させずに適度に使い潰すための肩書。社会の底辺、とか思われていた。実力はピンキリ。
■組合
探索者支援組織。ダンジョン攻略のため人材や物資などを提供し資金的な支援もしている。潤沢な予算は各種天下り役員の懐に消え、仲介業者の中抜きを受け……という感じでそろそろ限界だった。天下りと中抜きが無ければ北海道の奪還は達成できていた。
■北海道
実は既にダンジョンに呑み込まれている。国際的に見れば日本は北海道の領有権を放棄しているのだが国内では隠し通している(つもり)。
■トラフグカエル
体長80センチくらいの両生類に似たモンスター。
トラフグに酷似した身質と毒を有する。亜種が分かっているだけで8種類くらいいて、有毒部位がそれぞれ異なる。それとは別に毒腺もある。土壌や水を神経毒で汚染し、獲物をつかまえる。食用とするには解毒除毒魔法が必須。中毒しても早期に解毒魔法を処置できれば助かる。旨味が濃い。低脂肪高蛋白質。解毒魔法を施した肉は刺身でもイケてしまうが本命は鍋と唐揚げ。中華料理界では田鳳肉と称され珍重されている。市場価格は国産牛肉のちょい安い程度。非合法ルートでは輸入鶏肉並の価格で出回っており、どこぞの店主はそれに手を出して客を死なせた挙句、親族である探索者組合支部長と警察関係者に泣きついた。
■主人公
害獣駆除の一環としてダンジョンにも潜るようになった。主に間引きや採集を行っており、汚染された水源や土壌の回復も担っている。高頻度で北海道解放戦線に招かれるのは、この状態異常回復の能力が高いため。トラフグカエルの無害化も余裕で出来てしまう、というか組合で正規に卸しているトラフグカエル肉の八割くらいは主人公が処理を担当したもの。世間的には負け組扱いされている。