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王とは.....

魔物たちの咆哮が谷に木霊していた。


俺たちはなんとか目の前の魔物たちを打ち倒し、しばしの静寂に包まれた。肩で息をつくリオの姿を横目に、俺も魔力の収束に集中しながら呼吸を整える。


その時だった。


「どうした...?」


リオの問いに、俺は空気の違和感を感じ取って即答した。


「……別の魔物が、俺たちが来た道を駆けて行ってる」


言った瞬間、俺たちは顔を見合わせた。


「あの人たちが向かった方角だ!」


そう、俺たちに果物を分けてくれた、あの村人たち。素朴で優しくて、あたたかい笑顔を見せてくれた人たちだ。


リオが拳を握りしめ、唇を噛んだ。


「……今から走っても、間に合わない」


彼の脳裏には、あの笑顔が浮かんでいるのが手に取るように分かった。俺もそうだった。


「助けに行こう」


リオが顔を上げた。「でも……」と続けようとしたその瞬間、俺は言葉を遮った。


「手を」


「へっ?」


俺たちの足元に淡い水色の光が広がる。転移魔法――。人を巻き込むのは初めてだけど、試す価値はある。


「奴らの真ん前でいいぜ」


リオの顔に闘志が戻っていた。


「行くぞ」


「ああ!」


転移陣が発光し、景色が一瞬で切り替わる。


目の前には村人たちがいた。悲鳴、混乱、絶望。


「お兄ちゃんたち……?」


子供が声を漏らす。だが、俺たちがまだ少年だと知ると、誰かが叫んだ。


「逃げろ!!」


逃げる気なんて、最初からなかった。


「リオ、身体強化と防御、かけるぞ」


俺は詠唱を重ね、魔力をリオの身体に流し込んだ。


「村人たちを集めて、防御魔法をかける。時間稼ぎを頼む」


「任せとけ!」


リオは剣を握り、魔物たちの中心へ突っ込んでいった。その背を見送って、俺は村人たちを集めた。


「この家の中に! 早く!」


慌てながらも、みんな指示に従ってくれる。全員が入ったのを確認し、俺は家の外壁に防御の魔法陣を刻んだ。


「これで全員か?」


頷く老婦人に笑顔を返して、俺は言った。


「ここにいれば大丈夫。終わったら必ず迎えに来る」


そして戦場へと戻った。


リオが剣を振るうたびに魔物が倒れ、俺がその側面をカバーするように魔法を放つ。


「俺ひとりでも間に合ってたぜ」


肩で息をしながらリオが言う。


「早く終わらせるには、二人の方が楽だろ?」


俺はそう返しながら、範囲魔法で敵の足を止めた。


ボス魔物の気配が近づく。空気が変わる。異様に大きな影が現れた瞬間、俺とリオは視線を交わした。


(行くぞ)

(任せろ)


リオが突撃。俺はリオの周囲を囲む魔物を排除するため、風と炎の魔法を組み合わせて空間を切り裂く。


まるで舞台が整うように道が開かれた。


リオの剣がボスの頭部に振り下ろされ、巨大な体が地響きとともに倒れた。

魔物たちの士気が崩れる。その瞬間、俺は土魔法で地面から無数の槍を突き上げた。


悲鳴もなく、数多の魔物が絶命した。

残った数体が怯えながら逃げ去っていく。


「す、すげえ……」


リオがぽつりと呟く。


俺を見るその目には、恐怖はなかった。


……安堵と、憧れ。


ホッと息をついた俺は、防御魔法を解いて家に近づいた。


「もう、大丈夫ですよ」


扉を開けると、村人たちは息を呑んだまま俺たちを見ていた。


一瞬、俺は怖くなった。理解を超えた力に対する本能的な恐怖を、彼らが持っていたらと。


でも――


「あんたたち、すごいな!!」


「さっきの魔法、見たか!? まるで英雄だよ!」


「名前を教えてくれ、ぜひ村に残しておきたい」


人々は歓声とともに、俺たちを包んだ。

リオが小さく笑って、俺の背中を叩く。


「ルシアン、あんまり見せすぎんなよ。俺の剣が霞む」


「その剣がなかったら、俺、今ごろ魔物の腹の中だ」


そんな軽口を交わせる。笑い合える。


俺はもう、一人じゃない。


民を守るという意味が、少しだけ分かった気がした。



村人たちは、感謝の印として簡素ながらも心のこもった宴を用意してくれた。藁ぶき屋根の集会所に集まり、炉の上では野菜のたっぷり入ったスープがぐつぐつと煮え立っていた。


「おかわり、遠慮せずにどうぞ」


老婦人がそう言って鍋を差し出すと、リオが思わず目を見開いてうなった。


「……うまい」


俺も頷いた。


「こんな味、久しぶりだ……」


塩とハーブだけの優しい味つけ。だが、温かくて、どこか懐かしさを感じさせる味だった。


食事をしながら、村人たちが何気ない会話を始めた。


「アデルナの王様って、すごく立派な方らしいよね。民の話をよく聞いて、兵士とも一緒に働くって聞いたわ」


「レオンハルト王……だっけ? うちの息子も憧れててね」


リオがスープの器を少しだけ口から離し、視線を落とした。


「へぇ……」とだけ、俺に聞こえるほどの小声で。


俺はちらりと彼の横顔を見る。


照れてる? ……いや、それだけじゃない。どこか、誇らしさと、胸の奥をくすぐられるような複雑な感情。


「魔王国の方もすごいらしいね。レグニスって王様と、その奥方のアヤさん……医術士でもあって、どんな怪我人も治しちゃうんだって」


「へぇ……」


今度は俺が言った。内心、動揺を隠せなかった。


「愛し合ってるって、村でも噂になるほどらしいよ。見てて恥ずかしいくらい仲が良いんだって」


「そ、それは……」


思わずむせそうになった俺を見て、リオがくすっと笑った。


「なんか、凄い事聞いた気がする」


「そ、そうだね」


そう言いながらも、頬が熱くなるのを自覚する。


村人たちの話から、俺たちは気づかないうちに、それぞれの親がどう思われているかを知った。


偉大で、誇らしくて、少しだけ照れくさい。

でも、こんなふうに語られている姿を聞けて、少しだけ嬉しかった。


夜も更け、宴が終わると、村人たちは何度も頭を下げて言った。


「本当にありがとう……恩は一生忘れません」


「また、通りかかったら寄ってくださいね」


「次に来たときは、もっとご馳走を用意します!」


そんな言葉に見送られながら、俺たちは村を後にした。


歩き出した道の先、朝焼けが遠くの山を照らし始めていた。


「なあ、ルシアン」


「ん?」


「……いい王様って、やっぱり、ああいう風に語られるもんなんだな」


「……そうだな」


俺たちは並んで歩きながら、それぞれの心に言葉を残したまま、黙って前を向いた。


目指す先は違っていても、その歩幅は、不思議と同じだった。



朝靄が渓谷の輪郭を曖昧にし、遠くから聞こえる鳥のさえずりが静かに耳を打つ。

小さな村での一夜を終えた俺たちは、ふたたび渓谷を目指して歩みを進めていた。


昨日の戦いが嘘のように、今日の空は澄んでいて、風は柔らかく、どこか穏やかだ。


「……なんか、すげぇ静かだな」


リオが言う。歩きながら軽く伸びをして、背中を鳴らす。


「昨日あれだけ騒いだ後だしな。今は嵐の前の静けさってやつかもしれない」


俺は冗談めかして返しながらも、内心では周囲の魔素の流れに意識を集中していた。

風の揺れ、草のざわめき。自然の音に紛れるように、ほんの僅かに乱れる気配がある。


(……やっぱり、この先に何かがある)


俺は足を止め、瞼を閉じて周囲の魔素を探る。俺の魔素感知は、単なる感知を越えて『解析』に近い。


色で言えば、薄く、濁った灰色の魔素。

性質は粗雑で、自然の流れと反発している。


それが、渓谷の奥――北東に向かって伸びていた。


「ルシアン?」


立ち止まった俺に気づき、リオが声をかける。


「魔素の流れが不自然だ。たぶん、あの渓谷の奥に、何かいる」


「“何か”って……魔物か?」


「おそらく。ただ、普通のやつじゃない。あの気配は……どこか“意思”を感じる」


「意思?」


俺は頷いた。


「魔素の流れが、逆らってる。自然の摂理に抗うような……誰かが意図的に渓谷を“歪ませてる”感じがする」


リオはしばらく黙って考え込んでから、ふっと笑った。


「お前のそういうとこ、ほんとすげぇと思うよ。俺は剣でしか感じられないからな」


「俺からすれば、お前の勘も十分すごいけどな」


言いながら、俺たちは再び歩き出す。


途中、開けた草地に差し掛かると、風が強く吹き抜けた。

その瞬間、俺の周囲に淡い光が集まり、魔素の線が視える。


(風属性の魔素が反応してる?)


風が教えている。


渓谷の入口に近づくほど、空気の密度が変わっていく。

俺は深く息を吸って、魔素を肺の奥にまで取り込み、じっくりと“音”を聴いた。


魔素には音がある。

火は跳ね、風はささやき、水は歌い、土は沈黙のうちに語る。


だが、今渓谷の中から届く音は違った。


――悲鳴。


沈んだ叫びのような、魔素のうねり。


「リオ。やっぱり、急ごう」


「了解」


互いの目が合い、言葉は不要になっていた。


こうして俺たちは、再び渓谷の深部へと歩を進める。


少し前まで、互いの背中を預けるなんて考えられなかった。

だけど今は違う。


信じている。


リオが剣を抜けば、俺は魔法で支える。

俺が構えれば、リオは背を任せてくれる。


まるで、一本の刃のように。


「なあ、ルシアン」


「ん?」


「昨日の村でさ、民を守る王ってどんなのか、少し分かった気がしたんだ」


「……俺もだ」


それ以上、言葉はなかった。

でもそれでよかった。


俺たちの足取りは、風と一緒に、静かに渓谷へと吸い込まれていった――

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