纏い人
仮面を被るように生きてきた僕と、まっすぐすぎる君。
「本当の自分を見せたら、嫌われる気がしてた」
だけど、君はこう言った。
「もう、本当の自分になったら?」
青春のなかで揺れ動く”本当に心”と、受け入れる”勇輝”。
__これは、纏い続けていた二人が、”纏い人”から解放される物語。
纏い人 ———匠那
第1章 仮面の少年
「またふざけてる……」
クラスの誰かが笑う。冗談を飛ばし、みんなを笑わせるあいつ。
でも、私は知っていた。あの笑顔は、どこか嘘くさかった。
彼は誰にでも優しく、どんな空気でも読めて、器用に人と関わる。
――でも、どこかで、心が動いていないように見えた。
私はそんな“演じている人間”が、昔から苦手だった。
なぜか、イライラしてしまう。
自分を偽ってまで、誰かと馴染む理由がわからなかった。
でも、その日から少しずつ、私の気持ちは変わっていった。
「ななちってさ、なんか人の心を読みすぎるよね」
「……は?」
思わずムッとした。でも、その言葉がずっと頭に残った。
まるで、自分自身を見透かされたような気がしたから。
第2章:嘘のない瞬間
ある放課後、教室で一人、忘れ物を取りに戻った私。
そこには彼がいて、いつもと違う表情をしていた。
「……あ」
声をかけると、彼は少し驚いたように振り向いた。
その目は、妙に寂しげで、静かだった。
「誰もいないと、疲れなくていいんだよな」
彼がぼそっと呟く。
「……普段、疲れてるの?」
思わず聞いてしまった。
その瞬間、彼が何かを探るようにこちらを見る。
「ななちってさ、人の気持ちに鈍感なふりして、全部気づいてるよね」
またそれだ。私を見透かすようなその目。
でもそのとき、私は気づき始めていた。
この人も、誰かに“見透かされる”ことに、怯えているのかもしれないと。
第3章:贈り物の意味
「これ、誕生日プレゼント。よかったら」
彼が差し出してきたのは、ReFaのコーム。
シンプルで上品な箱。女子の間でも話題のアイテムだった。
「……ありがと。でも、なんで?」
「似合いそうだなって思っただけ」
その言葉に、特別な色はなかった。
でも、なぜかその夜、ずっとそのコームを見つめてしまった。
私の中で、少しずつ何かが揺れ始めていた。
第4章:本当の自分
告白の準備なんて、してなかった。
だけど、もう限界だった。
嘘ばっかの自分で、彼女と関わるのが。
――でも、それでも怖かった。
好きって言ったら壊れるんじゃないか。
仮面の裏の、陰険で重い自分を見せたら、ななちはもう笑ってくれないんじゃないか。
「俺さ……ずっと怖かったんだ」
「……うん」
「自分のこと、明るい奴って思われたくて。嫌われないようにって……でも本当は、すっごく暗くて、重くて、めんどくさい奴なんだよ」
ななちはしばらく黙っていた。
でも、そのあと静かに言った。
「もう、本当の自分になったら?」
その一言で、何かが崩れた。
怖いことを、怖いって言ってよかったんだ。
自分を偽らなくてもよかったんだ
第5章:受容
「ななち、俺……お前が好きだ」
屋上の風が、ふたりの間をすり抜ける。
もう、隠すものなんてなかった。
ななちはゆっくりこちらを見た。
いつもの強さとは違う、少し優しい目だった。
「知ってたよ、なんとなく」
「え……」
「ずっと気づいてた。あんたが、仮面をかぶってることも、苦しんでたことも。全部はわかんないけど……でも、ちゃんと見てたよ。仮面の下の、あんたのこと」
涙が出そうになった。
受け止められるって、こんなに温かいんだ。
第6章:揺れる日々
告白のあと、日常は急に色づき始めた。
でも、それはすぐに「幸せ」になるわけじゃなかった。
帰り道、一人で歩きながら、何度も考える。
――あのときの言葉、受け止めてもらえたけど、本当に良かったのかな。
――ななちは、俺の“全部”をわかってくれたのかな。
家に帰っても、ぼーっとしてしまう。
心はふわふわしているのに、どこか落ち着かない。
そして次の日。
日本史の授業で、たまたま隣になった。
「ねえ、それ違うって」
「え、あ、マジ?」
「はい、教科書。ここ見て」
気づけば、自然と笑ってた。
ななちも、少しだけ笑ってた。
「ねぇ、それが本当のあんた?」
その問いに、答えは出せなかったけど――
心の奥で、何かが確かにほどけた気がした。
第7章:纏っていたもの
最初、私は彼のことが嫌いだった。
明るくて、皆に好かれてて。
そういう人が、一番信用できなかった。
でも、ふとした瞬間に見える“素”の顔。
それを見て、気づいてしまった。
――この人も、私と同じように「纏って」生きてるんだ。
あの告白のあと、私は変わった彼を見て、
どこか安心していた。
「やっと、本当のあんたに会えた気がする」
でも同時に、自分の中にも“纏い”があったことに気づいた。
「優等生」で「完璧」な自分を演じてきた私。
本当はずっと、誰かに頼りたかった。弱さを見せたかった。
それを気づかせてくれたのは、あの人だった。
最初、私は彼のことが嫌いだった。
明るくて、皆に好かれてて。
そういう人が、一番信用できなかった。
でも、ふとした瞬間に見える“素”の顔。
それを見て、気づいてしまった。
――この人も、私と同じように「纏って」生きてるんだ。
あの告白のあと、私は変わった彼を見て、
どこか安心していた。
「やっと、本当のあんたに会えた気がする」
でも同時に、自分の中にも“纏い”があったことに気づいた。
「優等生」で「完璧」な自分を演じてきた私。
本当はずっと、誰かに頼りたかった。弱さを見せたかった。
それを気づかせてくれたのは、あの人だった。
第8章:救い
彼が告白してくれたとき、私の中で何かが壊れた。
ずっと閉じ込めてた、自分の弱さとか、本音とか。
全部、それを見てくれる人がいたんだって思えた。
「ありがとう、あんたがいてくれてよかった」
その言葉は、きっと彼のためじゃなく、自分自身のためだった。
彼は私の仮面を剥がしてくれた。
だから、今度は私が、彼の“素顔”を守りたい。
第9章:未来への約束
あれから数年――
大人になった俺たちは、あの日の高校の屋上を思い出しながら、並んで歩いていた。
「この道、変わんないな」
「うん。あのときのまんま」
夕暮れに染まる街を見ながら、俺はポケットの中の箱を握りしめた。
指輪なんて、渡したこともない。
でも、あのとき決めたんだ。
――いつか、ちゃんと「この人に全部見せよう」って。
「ななち、俺やっぱ……あの時、“纏い人”から解放されたから、今めっちゃ幸せ」
彼女はゆっくり振り向いた。
笑ってた。あの時と同じ、優しい目で。
最終章:纏い人の本当の意味
『纏い人』――
それは、仮面や鎧、偽りの自分を纏って生きる人のこと。
俺も、ななちも、最初はそれに気づかず生きていた。
誰かに嫌われないように。
誰かの期待に応えるように。
それが大人になるってことだと思ってた。
でも、違った。
大切なのは、誰かにその「纏い」を見せてもらうこと。
そして、自分も脱ぎ捨てること。
ななちに出会って、俺は変われた。
そして今、もう一度彼女に伝えたい。
「これからも、俺の“本当”を見てほしい。ずっと、隣で」
指輪の箱を差し出すと、ななちは驚いた顔で、それからゆっくり笑った。
「……じゃあ、私も。あんたの仮面、最後まで見届けてあげる」
――それが、俺たちの“約束”。
纏い人だったふたりが、
もう一度「素顔」で生きていくための、未来への第一歩だった。
―完―
はじめまして、あるいはこんにちは。匠那です。
この『纏い人』という物語は、「誰かにとって救いとは何か」という問いから生まれました。
人は特に、自分でも気づかないまま、何かを纏って生きています。強がりだったり、優しさだったり、あるいは過去の痛みだったり。それはまるで見えない衣のように、その人の輪郭を形作るものだと思っています。主人公とななちは、互いにその”纏い”を少しづつほどき合っていきます。ぶつかりながら、気付かないふりをしながら、気づかないふりをしながら、それでも確かに。最後には「纏い人」という言葉の意味が、読んでくださったあなたの心にも届いていたら、こんなにうれしいことはありません。
この物語を書きながら、私自身もまた、自分が何を纏っていたのかに気づかされることがたくさんありました。そうゆう意味で、これは、読者の皆さんと一緒に育てた物語だと思っています。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
またどこかで。別の物語の中でお会いできますように。
匠那