王家と辺境伯家は婚約を結んでいるそうだ
王太子殿下殿下に呼び出され、ついにこの時が来たかと馬車の中で握った手に力がこもる。辺境伯領から遥々望まれて王宮に馳せ参じた私ではあるが、ここで過ごすことも終わりが近いのだろう。
向かった先には王太子殿下だけでなく、他の人間も少なくない程度には見える。王太子殿下の背後に近衛騎士が数名整列している様子は物々しいが、それ意外は一人を除き城で働く者が同席しているだけのようだった。
「我が国の客人である王女殿下から、君の態度が不敬だと告げられてね」
「そう、なのですね」
「婚約者なのに、ほんとにダメですよねぇ」
王太子殿下の隣に立ち、品格の感じられない言動でこちらを見下ろしているのはそうは見えないが隣国の王女殿下である。東の国境に面した我がグラムオルド辺境伯ではなく、西方の辺境伯領と国境を接する隣国から色々理由をつけてこちらに来た方だ。
もちろん王太子殿下の婚約者ではない。しかしまるで婚約者であるかのような振るまいが最近よく見られるようになっていた。おそらく己こそが殿下の隣に相応しいと考え、意図してそうしているのだろう。
王家とグラムオルド辺境伯家の人間が婚約を結んだ、という話が広まるにつれ私への悪感情を隠さなくなってきていたが決定的ななにかを起こすことはまだなかった。今回の呼び出しは、本格的に排除に乗り出したということだととらえてよいと思える。
私は表情がなるべく分かりづらいように、うつむき気味にその場に立っていた。言葉を発することもないその姿は、ひどく陰気に見えることだろう。
「シェナイア・グラムオルド、君との関係を考えねばならないな」
「……かしこまりました」
「頭を冷やすように、君に相応しい場所を手配した」
そのままその場所から連れ出されて、近衛騎士に促されるままに馬車に乗り込む。王家の紋こそ入っていないがそこまで粗末な作りではない、ごく普通の馬車に見える。
そして行き先も告げられないまま、馬車は走り出した。どこへ行くのか、どう行くのか、なにも知らされないまま、ゴトゴトとなる車輪の音だけが車内に響く。
そうしてしばらく走っていると、急に馬車が止まった。目的地についたわけではないだろう、明らかになにかに阻まれて急に停止したという様子に顔を上げた。
車輪の音がしなくなれば、後に残るのは耳が痛くなるほどの静寂だ。身体を捻り、コンコンと馭者の後ろの小窓を叩けば、短い言葉が返ってきた。
「来ました」
「……そう」
端的な馭者の言葉で、この馬車が何者かに襲撃されたということを理解した。王都に来てからそれなりに時間がたったと思うが、ここまで来たかというのが正直な感想だ。
本当に、やっとここまで来た。私がどれだけ我慢していたことか、もっと早くに襲いかかってくれていればよかったものの。立ち上がるついでに脱ぎ捨てた邪魔なドレスを足元に落とすと、それを跨いで手を伸ばす。
そうして対面の座席に横たわるように置かれる宝玉が埋め込まれた鞘を持つ剣を手に取ると、一つ息を吸ってから鍵を開けた馬車の扉を内側から思い切り蹴り開ける。やわな令嬢では歩けないだろう鉄板入りのブーツはこういう場合に役に立つのだ。
呆気に取られた男たちは、どうやらまだそれほど馬車には近づいていなかったらしい。扉の前にいるかもしれないと蹴り開けたのに、これでは扉が傷つき損ではないか。もったいないことをした、と思いながら仁王立ちで敵対者を睨み付ける。
「私の首が欲しければかかってこい!!赤竜グラムウェルの娘に傷がつけられるものならばな!!」
自分の声で馬車の窓ガラスがビリビリと震えるのを感じて、久々にスッキリとした気持ちになった。王太子殿下の隣で大人しいご令嬢をしている間は、声を張ることなどもっての他だったのだ。
ドレスの下に着込んでいた騎士服はそれなりに着心地がよかったので、重い布を脱ぎ去った今では十分に暴れられそうなのがとてもよろしい。一人で簡単に脱げるドレスなんてものを作ってくれた針子たちにも感謝をしなければならない。
鞘から剣を抜くと中身を失った鞘は溶けるように姿を変え、その深い青の宝玉だけを残し金細工かのように私の腕に巻き付いた。それだけで知識のあるものは理解するだろう。この手の中にあるものは魔剣であると。
魔剣士であるというだけで一騎当千。戦場にあれば勝敗さえ変えてしまうと言われるほどの圧倒的な武である。私はグラムオルド辺境伯家の次期当主として、今回の事態の解決をお助けするためにこの魔剣を持つことを許されているのだ。
そう、次期当主である。王家と婚約している辺境伯家の人間というのは私ではないのだ。私は王家から頼まれ、周囲が私が婚約者であると誤認するように振る舞っていただけにすぎない。
王太子殿下の婚約者を選ぶ夜会で、己こそが婚約者であると吹聴していた令嬢が毒に倒れて以来、王宮は王太子殿下の婚約者を狙い令嬢を排除しようとする隣国の王女の対応に追われていた。
実は選ぶとされた夜会以前に既に婚約者は決まっていたのだが、そうなってしまえば表に出すわけにもいかない。しかし可能性のある令嬢が次々狙われては対象を絞りきれず守りきれなかった場合が危ぶまれる。
その結果として駆り出されたのがこの私である。グラムオルド辺境伯家は婚姻の際まで次期当主もその婚約者も公表しないため、私は世間的には婚約者のいない貴族令嬢なのだ。
王家の人間とグラムオルドの人間との婚約が成されたと話を広げ、私がその答えのように王宮に何度も上がる。実際は王太子殿下の姉である王女殿下の話し相手として招かれた令嬢が本物の婚約者なのだが、私に目が行きそちらは見逃された。節穴なのだと思う。
城に招くのは危険ではないかと一見思えるがそうでもない。王女殿下の住まれる離宮は彼女が行う研究の関連で少し異常なほど厳重に警備されているため、そこに籠ってしまえさえすれば外にいるより安全である。
なによりどうにも狙う相手の精度が低い。夜会で毒を盛られた令嬢は声だけ大きく婚約者の候補にもなっていなかったし、その後周囲で不審な動きが見られた令嬢も王太子殿下にあからさまにアピールをしていた面々ばかりだ。
あまりにも表面しかみておらず、情報を精査している様子が見られない。そのため私が王宮に足しげく通い婚約の噂を流したわけだが、驚くほどに簡単に私に狙いが移ったのが感じられて拍子抜けしたほどだった。
そもそも事件後あからさまに犯人であると言っているかのような行動を取り王宮にいすわる隣国の王女がいなければ、私の出る幕などなく早々に犯人は捕らえられていたことだろう。それくらい杜撰である。
しかし相手の身分と国という後ろ楯から、動かしようのない証拠がなければ王家は動けなくなってしまった。その結果が私を使った婚約者誤認作戦なのだ。
とはいえグラムオルド辺境伯家の人間が王家と婚約しているというのは私でないだけで嘘ではない。しかしそれは嫁入りではなく婿入り。私の兄が王太子殿下殿下の姉王女に婿入りするのだ。
我がグラムオルド辺境伯家と王家との繋がりのため、そして婿を取り臣籍に降る王女殿下に相応しい相手として兄が選ばれた。もう少し複雑な事情もあるのだろうが、兄は元々家を継ぐことはないのでよい話だったと思う。
家を継がないとはいえ、兄になにか問題があるとか血の繋がりがないとかそういったことは全くない。他の家であれば、兄は問題なく跡継ぎになれるだけの才も人格もあるとはっきり言える。
兄自身はあまり荒事を好まないために継げるものであっても継ぎたくないと思っているようであるが、それもあまり関係ない。私が次期後継者なのはこの手の中にあるグラムウェルが深く関わっているのだ。
私が持つ竜剣グラムウェルは、元々は小さな山ほどの大きさのドラゴンであったと言い伝えられている。なんやかやで人と交わったグラムウェルはその命が尽きる時にその姿を剣に変えて子孫を守ることにしたのだとも。
それが本当かどうか私に確かめる術はないが、事実グラムオルド辺境伯家は武に優れ高い魔力を持つ。ついでに言えば竜剣と称されるグラムウェルは、なんとなく意思がありそうな感じのする魔剣である。
そして、グラムオルド辺境伯家の後継者であり竜剣グラムウェルの持ち主もグラムウェル本人……本剣?が決める。産まれた時に鞘に埋められた宝玉が赤く光り、定められた持ち主が触れるとその石の色が持ち主の瞳の色に染まるのだ。
私は王都で次期王妃をお守りするために悪意の矢面に立つと決めた時、父からグラムウェルを譲り受けた。その時から私はグラムウェルの主と認められ、鞘の宝玉は私の目と同じ深い青になったのだ。
「ハッ!なまくらごときでこの私が斬れるか!」
「な、なんなんだよ!この女は!!」
かろうじてこちらに向かってくる意思のある男を、その構えた剣ごと蹴り飛ばした。それなりにちゃんとした剣だと思ったが、私の蹴りで簡単に折れたので粗悪品かもしれない。
こちらとしては身内で固められたグラムオルドのタウンハウス内でしか体を動かす事ができなくて多少の鬱憤がたまっているのだ。こんな準備運動にもならないようなやつらばかりでなく、少しくらい歯応えがほしいものである。
しかしそんなこと知りもしない刺客たちは、おしとやかな傷心のご令嬢が乗っているはずの馬車から剣を手にして雄叫びをあげる女が出てきたことでパニックに陥ってしまった。魔剣の発した魔力にあてられたのもあるだろうが、もうちょっと頑張ってほしい。
せっかくこっちは隣国の王家が放つ刺客だぞとヤル気満々でグラムウェルまで出してきたと言うのに、リーダーらしき人物が回し蹴り一発で昏倒して他が逃げ出すなんてあんまりではないだろうか。
「張り合いがなさすぎるな」
「仲間が蹴りで剣へし折られて吹っ飛ばされたら普通逃げますよ、ここはグラムオルドじゃないんですから」
その声と手際よく刺客を縛り上げるその姿に破顔する。家族を除けば私がグラムウェルを預けられるのは彼以外にはいない。そのためこの馬車を準備したのも、グラムウェルを馬車に載せたのも彼なのだ。
私が王太子殿下の婚約者として振る舞う間、ずっと近衛兵士として殿下の側にいたのでほとんど会話も交わせていない。手紙も出せるわけがないので、本当に言葉を交わすのは久々だ。
王太子殿下に指示されて私を馬車まで導いたのも彼なのだから、着いてきていることは分かっていたもののやはりこうやって気がねなく会えることは嬉しいものだ。
「ロロ!全員捕らえたか?」
「筒がなく。俺を誰だと思ってるんです?」
「私の婚約者だ!よくやったな!」
ロロに駆け寄ると踏みつけた刺客の一人が潰れた蛙のような声を出した。全くレディに踏まれた程度で根性のない男だ。鎖帷子とグラムウェルを合わせてもそこら辺のご令嬢二人分と少しにしかならないだろうに。
その証拠に私の婚約者殿は剣を手にしたまま抱きついた私を恐れることなく軽々と受け止めて、ぐるりと回ってから地面に下ろした。ロロは我が領地では特別腕が立つと報告をいうわけではないが、それでこうなのだからこのならず者たちは軟弱だ。
「後は王家の騎士にお任せしましょう、我々はそろそろ退場の時間です」
「ロベルト殿、馬車の警護はお任せしても?」
「元より殿下からそのようにと任を賜っております、ご安心を」
ロロがロベルトと呼ばれているのを久々に聞いたかもしれない。近衛騎士やってる時は聞くとしても家名だったものな、領地ではみんな名前かロロと呼ぶからあれはなんだか不思議な感じだった。
婿入りが決まっててほぼ身内だからロロを家名で呼ぶことが領地ではほとんどない。実家は伯爵家だけどもう義兄が後を継いでいて、ロロはグラムオルドに住んでるというのもある。
別に仲は悪くなさそうではあるけど、ロロ曰く「元気ならそれでいいって感じですね」というのびのびとした方針なようだ。男兄弟というのはそういうものなのかもしれない。
ぼんやりと考えていたらわらわらと王家の騎士らしい人たちが出てきて縛られていた刺客たちを後から来た馬車にどんどん詰め込んでいっていた。積み荷でももうちょっと扱いは丁寧だと思うが、自業自得というものだろう。
やることが雑なのに首謀者が隣国の王女である疑いから、安易にことを動かすことが出来なかったがこれだけの証拠が元気で連行されれば話も動く。王家の方で押さえた証拠も合わせれば国に送り返すこともできるはずだ。
お茶に入れられた毒の一つでも私が飲んで血やらなんやらを吐けば早かったかもしれないが、グラムウェルの血を引くせいか私はその手の毒が効きにくい。結果として王女が焦れて実力行使に出たのだから、それも良し悪しだ。
するりと手の中に戻ってきたグラムウェルの鞘に剣を収めると、ちょうどロロも騎士との話が終わったようだった。馭者はグラムオルドの人間だったので、おそらくそのまま帰るんだろう。
「事が終わるまでしばらく王都から離れますけど、急ぎの用はありますか?」
「王都にあるグラムオルドの屋敷に帰るんじゃないのか?」
「さすがにこのまま大手を振っては帰れませんよ、王家の隠れ家をお借りして数日は待機になります」
言われてみれば、このまま私は無事でございと知らせてまわるのもあまりよくない。しかしいくらグラムオルドが忠義の家であるとしても、隠れ家を知らせていいものだろうか。
ロロに促されて馬車に乗る。私が自分から扉を開けたので、ちょっと蹴った扉に傷がついた以外は馬車も馬も全く問題がない。というかたぶんこの馬グラムオルドの馬だな、あんな戦いをしていたのに普通に道の草を食べてる。刺客より肝が太い。
「シェナ、これは秘密ですが、これから行く隠れ家……いただけるそうですよ」
パタンと扉を閉めてからロロがこっそりと耳打ちをしてきた。なんと、と思うと同時に納得もする。私に譲るのならば場所が明らかになってもなんの不都合もない。
おそらくは公にならない褒美というか礼だろう。王家が表立って臣下に頭を下げるわけにはいかないが、守ることを当然とせずに感謝の意を示してくださったのだ。
「私を動かしたということは、事態の収束までそうかからないだろうな」
「ジュード様もこれでやっと安心されるでしょう、お転婆な妹が心配だと胃を痛めていましたからね」
「兄上は心配性なんだ、私をいつまでも子供と思っている」
私のことをお転婆だと言うのは家族くらいなものだが、その中でも兄は特によく私の心配をしている。私がいくら兄の思うお転婆だとしても、無礼な相手の顔面に拳を叩き込んだりはしないのに。
兄の中ではいつまでも、私は子供の頃の友人を馬鹿にした男の子たちを複数人まとめて叩きのめして泣いて謝らせたお転婆な少女のままなのだろう。なんだか気恥ずかしくもある。
「俺も安心です、しおらしいシェナは気味が悪かったので」
「上手くできていただろう?義姉上仕込みだ」
「ボロを出さないように大人しい令嬢という設定にした王女殿下は慧眼としか言えません」
王女である義姉上からはとにかく大人しくしているようにと厳命を受けた。意識して動きも声も小さくするように、と言われて私もかなり頑張ったのだ。物理的に重しをつけたりして動きを制限したりもした。
私としてもお会いした本当の王太子殿下の婚約者様のようになれと言われたら産まれなおす以外に方法が思い付かなかったので、義姉上の指示は本当にありがたかった。残念なことに私の強さはあの方々と違い物理的なのだ。
「本当なら婚約者として悋気の一つでも燃やすべきなんでしょうが」
「私と違い殿下の演技は素晴らしかったからな、仲睦まじくもないのに悋気などわくまい」
「二人になる場合は護衛扱いで俺を同席させてくれましたし、妬いた方が愚かな気分にもなりますよ」
隣国の王女の油断を誘うために望んでいない婚約者であるように振る舞われていた王太子殿下は、本当にそうであるかのように顔色すら変えていなかった。私なんかはなんとも情けないことに、バレぬように俯くのか精々だったというのに。
あの方が王になられるのならばこの国は安心だ。やはり守るべき王家がそうであってくれるというのは、この国と王家を守るグラムオルドの人間として嬉しいものである。
まぁ私に本気で不埒なことをしようとする下衆であればロロは妬く前に触れようとした手を落としてしまう気がするので、王太子殿下が素晴らしい方でなければ私もロロもこんな風にお助けはしなかっただろうが。
「隠れ家には誰かいるのか?」
「グラムオルドの使用人が既に何名か入っています」
「そうか、久しぶりにロロとゆっくりできるな」
「労ってください、貴女のために奔走したんですから」
そういえば裏方はロロに任せきりだったなと思い撫でてやると、少し不服そうな顔をしたものの大人しくしている。これはこれで受け取っておこう、ということだろう。
そのまま頭を引き寄せてぎゅっと抱き寄せると、さすがに驚いたのか身じろぎをして、やっぱりこれはこれで受け取っておこうと思ったのか大人しくなった。
「……固いんですよね」
「悪いが鎖帷子を着ているし、革の胸当てもしている。やわらかくなる要素がない」
「血の匂いがしないだけいいと思っておきます」
「ふふ、それならあいつらが腑抜けで得をしたな」
のびてきたロロの手が、ずっと私の手を被っていた絹の手袋をさらっていった。他は取り繕えたとしても、この令嬢らしからぬ手だけは覆い隠す以外に方法はなかったので外で素手になるのも久々だ。
私の腕の中から出たロロは、手を取って剣ダコのある掌に口付けた。騎士ならば恭しく手の甲にするのではないか、と思うもののなんだからしくて笑ってしまう。
「俺はこっちの、ありのままの手が好きですよ」
「そうでなくては困る」
「殿下には妬きませんでしたけど、貴女をいやらしい目で見るやつらは八つ裂きにしてやりたかったです」
「放っておいてもそのうち肝が冷えるだろうよ」
グラムオルドの次期当主は、婚姻をもって発表される。これは命を狙われないようにするためと、基本的には結婚式でグラムウェルを継承するからだ。私は特例である。
今は我が辺境が隣り合っている隣国との関係が落ち着いているからそこまで危険はないが、危険があった過去の慣習がそのまま受け継がれている。国のためならば特例でグラムウェルを継承できるのもその慣習の一つだ。
なので私のことを大人しい娘と思って侮っていた者たちは、次に会うときは腰を抜かすことになる。簡単に御せそうだとでも思っていた娘が、武勇を誇るグラムオルドの長になる者だったのだ。
私に不躾な目線を送った者はもちろん、王太子殿下の婚約者として不足だと難癖をつけてこようとしていたの者たちも、私が何者かを知れば恐ろしさで縮み上がるだろう。
なにより私の横に常にいるようになるロロが、私が侮られることを許さない。狼を連れたドラゴンの前に出てくる身の程知らずなど、自ら首を差し出す間抜けくらいなものだろう。
ロロ本人は自分のことを狼でなく犬と称するが、私としては私に一途なので狼だと思っている。主人でなく番に一途なのだから、そちらの方が適していると言うと毎回黙ってしまうのでグラムオルドの狼という自称はいまだに聞けていない。
「しかしこれで、やっと私たちの結婚の予定が立てられるな」
「ドレスが仮縫いのままで止まって困るというお小言の手紙に返事も書けますね」
「この件で増える祝いの品の返礼品を考えることだけが憂鬱だ、おそらく西の辺境伯家からも特別なのが来るだろう?」
「あそこが男ばかりの五人兄弟でなければ身代わりはシェナではなかったでしょうからね。礼の品くらい受け取らないと」
「別に借りを作ったつもりはないんだがなぁ」
後始末を全てあちらがしてくれるから、私とロロはこうやって馬車でのんびりと隠れ家に向かい数日間の待機という名の休みをもらえるのだからそう気にしないでもらいたいものだ。
気合いが入った物を贈られるとこちらもそれ相応の物を贈り返さねばならなくなる。ロロに任せてしまいたいし任せれば問題なくやってくれるだろうが、そうすると絶対に母が怒るので頭を悩ます準備をしておかねばならない。
「俺は早く貴女のものになりたいですよ」
「なんだ、ロロはまだ私のものじゃなかったのか?」
「まだ名前がグラムオルドじゃないですから、それが変わったらやっと全部貴女のものです」
「ふふ、そうか。なぁロロ、ドラゴンは宝物を大事にするそうだぞ?」
「よく知ってますよ、俺は貴女に大事にされる宝物ですからね」
首筋に額を押し付けてから、ロロはうらめしそうな表情をして顔を上げた。文句を言わないのは「首を守るのはわかる」とも考えているからだろう。それでもやっぱり、固い私はあまりお好みではないようだ。
首もとまである騎士服の下に鉄のチョーカーをしていることを忘れていた私だが、あまりに不服そうなロロの顔に思わず笑ってしまったのは仕方のないことだと思う。
しばらくして例の隣国の王女が起こした事態の責任と共に国に送り返され、それが理由で彼女を甘やかしていた国王と王妃もどうやら退くらしいという報告を聞くことになった。
ついでに追い出し辛かった身内を排除する助けになったと次期国王が感謝をしているという話を聞いて、私は祝いの品が贈られてこないことをロロと一緒に神様と、ついでに赤竜グラムウェルに心から祈った。
先祖の竜は、あまりこういう祈りには向かないと理解はしている。