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リーリ・チノの弔砲  作者: 梅室しば
祝祭の王都
8/21

民の歓迎

 クィヤラート王国最大の街である王都には、すべての政治の中枢を(にな)う国王と、その一族が住まう王宮がある。

 王都全体を見下ろすように、王宮は、王都の南側にある小高い丘の上に(きず)かれており、そこから北の大門まで続く幅の広い一本道が、王都で最も賑わう目抜き通りとなっていた。

 今、その目抜き通りの幅すれすれの巨大な体を持つ赤竜が、王宮に向かってゆっくりと歩みを進めている。通り沿いには〈赤竜を駆る姫(リーリ・チノ)〉の帰還を祝う赤い花飾りを持った民衆が押し寄せ、彼らの視線は、赤竜の背に作られた見張り台の上で手を振る、赤髪の少女に向けられていた。

 ユージンが席をとっている料理店の軒先で、集まった群衆の一人が、ルィヒ様! と叫ぶと、それを見ていた二人組の男の客が眉をひそめた。

「……どうも、聞いた話と(ちげ)えや。この国は長いこと流行(はや)り病で苦しんでいるんじゃなかったのか」

「そりゃ、田舎の方じゃ、今もそうだろうさ。王都に住めるような金持ちや貴族(さま)は、ちゃんと良い医者をつけて、薬も買えるから、大ごとにならないんだろうよ。国王様のお膝元じゃ、飯だってたらふく食えるだろうしな」

 最初に話しかけた男は納得したように眉を開いたが、窓越しに群衆を眺める顔には、複雑な色が浮かんでいた。

 彼らの浅黒い肌と愛嬌のある団子鼻は、ユージンの黒髪と同様、クィヤラート王国では見かけない特徴だ。

 おそらく、異国からやって来た商人なのだろう。流行り病で多くの民が死んだ国だと聞かされて、現地で目にしたのがこの光景であれば、困惑するのも仕方があるまい。

 クィヤラート王国の隅々まで旅をする〈赤竜を駆る姫(リーリ・チノ)〉は、数年に一度しか王都に帰ってこない。

 だから、彼女が帰還し、短い滞在をする数日間は、王都の民たちにとって、クィヤル熱を鎮めるために一生を捧げる〈赤竜を駆る姫(リーリ・チノ)〉に感謝の思いを伝えられる貴重な機会であり、こうして盛大な祭りも開かれるのだった。

赤竜を駆る姫(リーリ・チノ)〉の象徴である赤い花が添えられた果実酒を飲み干したユージンが、会計を済ませて外へ出ると、ちょうど、赤竜が目の前までやって来ていた。

 秋の終わりの澄んだ日射しが、ルィヒの姿を浮かび上がらせている。

 目抜き通りには、飾りに使われている花が放つ甘い香り、ひしめき合う屋台から漂ってくる食べ物や酒のにおいが入り混じって、この上なく雑然としていたが、不思議とルィヒの周りにだけには、そういった(よど)みがなく、まるで、天から贈られた特別な光に包まれているように見えた。

 ルィヒは民衆の歓声に(こた)え、手を振っている。後ろには、カルヴァートも背筋を伸ばして立っていた。

 ルィヒの微笑みは美しく、王族の血を感じさせる気品があった。だが、数日間、行動を共にしていたユージンの目には、それはどこか寂しく、虚ろなものに映った。

 つむじ風にさらわれた薄紅(うすべに)(いろ)の花びらがはらはらと舞う寒空の下を、赤竜は一歩ずつ、(おごそ)かに王宮に向かって進んでいった。



 ユージンが部屋を取った下町の宿は、古びた木造で、目抜き通りからは離れた区画にあるのに、様々な品物を扱う商人が引っ切りなしに出入りしていた。

 あの手、この手で品物を売りつけようとしてくる商人達をかわして自室に辿り着いた時には、どっと肩が沈むような疲れが体を押し包んでいて、ユージンは上着を脱いで椅子に放ると、すぐに寝台に倒れ込んだ。

 寝具もかけずに、疲れに任せて目をつむったが、眠りにおちる直前で、ユージンは、はっと目を見開いた。

(そうだ。あれを手入れしておかないと)

 体を起こし、シャツのボタンを上から順に外していく。

 ラク砂漠で拾われた時からずっと、ルィヒにもカルヴァートにもその存在を明かさずに、肌身離さず身につけていたもの──拳銃を収めたホルスターが、そこにあった。

 ユージンはホルスターを外し、拳銃と並べて机に置くと、戸口に行って部屋の鍵が掛かっている事を確かめた。さらに、つっかえ棒代わりに(ほうき)を填め込んで、万が一、外から鍵を開けられても、すぐに部屋の中に入ってこられないように細工をした。

 それから、ユージンは机の前に戻り、拳銃の点検に取りかかった。

 護身用としてよく用いられる量産型のリボルバーだ。全部で六発の弾を込められるが、今は四発しか残っていない。

 減った二発については心当たりがあったが、ユージンはその事を考えずに、とにかく手を動かす事だけに集中した。

 工具がないので簡単な点検しか出来なかったが、濡れた形跡もなく、目立った損傷もなかった。試し撃ちをするわけにはいかないが、問題なく動きそうだ。

 サネゼルで単独行動をしていた時、ごろつきが出入りしそうな店にあたりをつけて探りを入れてみたのだが、拳銃どころか、そもそも銃火器自体が出回っていないようだった。

 その時は、辺境の街ならそういう事もあるかもしれない、と考えていたが、王都でも、火薬や弾や、銃を売っている店はなかった。

 ユージンの疑念は、その時、確信に変わった。──クィヤラート王国には、銃という概念自体が存在しないのだ。

 拳銃を再び組み立て終えると、ユージンは寝台の上で仰向けになって、呆然と天井を見つめた。

(……いったい、何世紀前の話なんだ)

 赤竜の体内で目を覚ました時、ホルスターは馴染んだ位置についたままだった。

 (さと)いルィヒが、自分を拾った時にホルスターに気づかなかったとは考えにくい。専用の装具まで使って、ぴったりと体にくっつけているくらいだから、よほど大切な物なのだろうと、触れずにそのままにしておいたのだろうか。これが人を殺すための道具だと知らなかったのなら、そうだとしてもおかしくはない。

 ずっと、心の奥底に閉じ込めて、見ないふりをしていた感情が、爆ぜるように喉元へつき上げてきて、ユージンは(うめ)いた。

 知れば知るほど、このクィヤラートという国は、自分の知っているどんな国とも違いすぎる。銃を持たない文明も、体の中に人間を住まわせて旅をする巨大な竜も、狼の頭を持ちながら人語を解する戦士も……。

 ルィヒの、燃えるような真紅の髪と瞳を、初めて間近で見た時の驚きが(よみがえ)り、それが、さらに過去の記憶を呼び起こした。

 執拗(しつよう)に殴られ、内出血を起こして赤黒く腫れ上がった顔で、自分を睨み付けていた青年の顔が脳裏に浮かび、ユージンは、両手で顔を覆った。

(……どうして、俺が生きているんだ)

 壁を伝ってかすかに聞こえてくる、騒々しい商人達の声を、聞くともなしに聞きながら、ユージンは指の内側に冷たい汗が浮き上がるのを感じていた。

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