表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーリ・チノの弔砲  作者: 梅室しば
祝祭の王都
10/21

青い月

 ラァゴーとの対談は夜更(よふ)けまで続いた。

 強靱な赤竜の体と小竜の群れ、そして、王族という身分に守られて旅をするルィヒは、〈赤竜を駆る姫(リーリ・チノ)〉としての役目の他に、不穏な動きのある領地や、修理が必要な街道などがないか、自らの目で確かめて王に報告する義務も負っている。

 卓上に広げた地図に文字や図を描き込みながら議論を交わし、いくつかの政策をまとめて、ようやく〈謁見ノ間〉を()した時には、一瞬、ぐらっと眩暈がした。

(毎日、朝起きてから眠るまで、ずっとこんな事をくり返しているのか、ラァゴーは)

 ルィヒはぶるっと頭を振って歩き出した。

 赤竜の軍事転用という途方もない計画が、ラァゴー一人の思いつきであるはずがない。おそらく、(まつりごと)の中枢にいる大臣達が、ずっと前からそういった構想を抱いていて、機を見てラァゴーに進言したのだろう。

 もしかしたら、ラァゴーも、〈赤竜を駆る姫(リーリ・チノ)〉を神聖な慈愛の象徴として留めておきたい思いと、大臣達を納得させねばならない義務の間で苦しんだ時期もあったのかもしれない。それに比べて、王族としての特権を持ちながら、王宮に縛られる事なく旅をしている自分は、なんと身軽である事か……。

(軍事転用の件、真剣に考えなければならないな)

 いつでも王宮に良い香りをもたらすように、季節をずらして咲く花をいくつも植えた中庭を囲む回廊に差しかかると、幽鬼(ゆうき)のように(たたず)む柱の間から、澄んだ月の光が降りそそいだ。

 幼い頃……、まだ〈赤竜を駆る姫(リーリ・チノ)〉の役割も、この世の(ことわり)もわかっていなかった頃、ルィヒは月がのぼるのにつれて、さらされたように色を失っていくのが(さび)しかった。地平線近くにいる時には、うっすらと赤みを帯びているのに、ぐんぐん、天の高みへ押し上げられるにつれて、まるで古い皮を脱ぎ捨てるように、穢れのない、まぶしい光に変わってしまう。

 人々が崇めるこの瞳も、髪の色も、ルィヒにとっては、どこか生々しい、血や傷跡を想起させるものだった。

 ぼんやりと柱に肩をつけて月を見上げていたルィヒは、奥の曲がり角から現れた人影に気がつかなかった。

「……ルィヒ様?」

 懐かしい声で名前を呼ばれて、ルィヒは我に返った。

 まだ十四、五かそこらといった年頃の少女が、高揚(こうよう)を抑えきれないように胸に両手を置いてこちらを見上げていた。

 なめらかな白の生地に燃えるような赤い糸で縁取りを施した衣は、クィヤラートの王族の正装だが、狼の牙をかたどった銀の地金(じがね)に美しい青玉(せいぎょく)をあしらった髪飾りは、汞狼族との絆を象徴している。ユィトカ峡谷に最も近い街・ゴタルムの領主の一族が好んで使う意匠だ。

 王家の血を引きながらゴタルムと深い繋がりを持つ少女は、一人しかいない。

 しかし、そんな事を考えるまでもなく、ルィヒは彼女の顔をひと目見た瞬間、幼子を迎え入れるように両手を広げていた。

「イゼルギットか!」

 顔いっぱいに笑みを浮かべて、イゼルギットが腕の中に飛び込んできた。

「──お久しゅうございます! まあ、こんなに疲れたお顔をなさって……。殿下がお酒をすすめたのね? ルィヒ様がお着きになった後は、何よりもまず、ゆっくりと休んで旅の疲れを癒やして頂く事が最優先だと何度も申し上げましたのに」イゼルギットはルィヒの肩越しに〈謁見ノ間〉のある方を睨んだ。「今から行って、ひと言、注意して差し上げようかしら」

「いや、いいんだ」ルィヒは苦笑した。「わたしも、早く報告を終えて肩の荷を下ろしたかった。酒がなければ、最後まで気力がもたなかったよ」

「そんなやり方じゃ、お体に障りますわ」

 イゼルギットは不満げに頬を膨らませた後、何か、良い事を思いついたように両手を合わせた。

「そうだわ。ルィヒ様、この後、お時間はあって? よろしければ、わたくしの客間で一緒にお茶などいかがかしら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ