第2話「布団の中の50歳」
釣りで生活を始めた、<自称:呪いで姿を変えられた伯爵令嬢>のオッサン。
生活力の無さ故、ついに。
コメディーです。 BL要素は、多分ありません。
第2話「布団の中の50歳」
朝焼けの中、波の音を聞きながら、背中合わせで俺たちは竿を並べている。
カモメの声が朝を実感させる。少しづつ登る朝日は、何百回見たって美しい。
ああ、これで…。
背中合わせで釣りをする相棒がオヤジでさえなければ…。
本当に美少女だったら…。
「やーん、また逃げられた~」
やーん、じゃねえオヤジ!
「早いんだよ!がっちり引いてから合わせるんだよ!」
「怒んないでよ、初心者なんだから…ぷん。」
ぷん。じゃねえー!オヤジー!!
銀の髪細工を行商で売ってみたら、500gもの金が来た。びっくりした。
行商人はオレが盗んだと思ったらしい…が。
こんな大金となっては、あのオッサンに返すほかない。
ご希望通り、釣が出来るひとセット、さらに、普通のオトコが着る平服を2着。
鞄、クツ。髭剃りナイフに、食料だ。
オレが山ほど抱えて持ってきたら、オッサンは
「すごーい!死なずに済みそうです!ありがとう!」
そういって、ニコっ!って花を背負って笑った。
花を背負ったオッサンだった。
もうやめて…。
…それでも、この朝まずめでオッサンは3匹釣った。
鍋にイイ魚1匹、焼くにイイ魚を2匹。
俺は10匹釣ったが、まぁオッサンも素人にしては上々だろう。
…俺が教えたポイントに投げ込んでいる訳だが…。
さて、次だ。生活力無きオッサンに、次の試練を与えなければなるまい。
…てか、独り立ちして俺から離れてくれよオッサン。
「オッサン。魚さばいて焼かないと食えないぜ?」
「え、わたしがさばくんですか…?」
俺は頷いた。小さなナイフを渡した。
オッサンは平らな石に魚を置くと、ナイフを構える。
エラに刃を入れようとする。
「まてよ、オッサン。俺はいつもこう言ってから切るんだ。“命に感謝を。また生まれ変わって、幸せになりますように”」
オッサンは、感動したようだった。
「いつも、お料理されたモノばかり食べてたから…命を戴くというのはこういう事ですよね…ごめんね、ごめんねお魚さん…」
ビチビチ。
「きゃ、はねた!」
きゃ。じゃねえ!オヤジー!
「止まってぇ!わぁぬるぬるするう!やーん」
やーん。じゃねえ!オヤジ―!!
…結局、俺がさばいて、木にさして、火を起こした。
「頼もしい、ね。」
うるせええ!!
――――――――――
…次だ。市で俺はサカナを売りさばく。
行商人に声を掛ける。
「よお、今日も良いのがとれたんだ。油のってるぜ?どうだい?」
「あー、どれ見せてくれ、このあと宿屋へ向かうから…おお。この2匹貰おうか。」
まだ8匹いる。
近所の御婦人たち、寄って来た。
「まだ残ってる?」
「ああ、8匹あるよ。いつもどおり安くするから買っておくれよ」
「あ、これ煮込むと旨いんだよねえ!頂戴な!」
魚は、何とか今日も売り切った。ま、残っても俺の昼夜になるんだが。
じっと、ただ俺を見ているだけのオジサン。
おい、流石に困るよ、やってみろよ。
「オッサン、まだ店の奴らいるし、ご婦人達も買ってる最中だ。声かけてみろよ。」
「…怖くて…要らないって言われたらどうしよう…」
下を向いて、もぞもぞするオヤジ。
「だー!オレが声掛けっから付いて来い!オヤジ!いいか、その大きさならどれも1S。悪くても8Cだ。いいな?」
「なぁ、このオッサンも釣ってきてんだ。見てやってくれよ。」
「あー、見かけない顔ねえ。どれどれ、アンタの知り合いじゃぁ見てみないとねえ」
「…厚みのあるカレイじゃない。1Sでどお?」
「あ、あの、それでお願い…だぜ」
おやじ、必死にオトコ言葉。ある意味健気だ。
その後、オヤジの魚は2匹、つまり全部売れた。
「いえーい」
俺とオヤジはハイタッチして笑った。
「…あっーと、俺は家…小屋に帰るぜ。オヤジさん、アンタも覚悟を決めて、あそこに3件並んでる廃屋でも直してすみゃあいい。誰も気にしやしねえよ?」
「え…?あんな所に…ええ?」
「最初は松明であぶって虫を追い出せ。皮で塞いで、入り口にシャツでも掛けとけ。それでしまいだ。そのうち、好きな食器でも買えよ。」
「ぼ、防犯は!?」
「誰が正体不明のオッサン襲うんだよ?かえって怖いだろうが。」
「…え…そ、そう、ですよね…オッサン、ですもんね…」
オッサンは泣きそうな顔をした。
一瞬、可愛そうになってしまったが、やはり、何度見ても、オッサンだった。
「ま、まぁなんか困ったら、俺んとこ相談に来いよ…出来る事ならな、手伝うからさ。」
俺は、オッサンを置いて家に帰った。
――――――――――
夕方、再び釣りに来たが、オッサンは来なかった。
どうしたんだオッサン?大丈夫か?夕飯ないんじゃないか?
俺は、6匹ほど釣りあげ、オッサンの小屋に行ってみようと思ったが…やめた。
なんであれ、独り立ちしてくれないとな…。
いい年のオッサンなんだから、何とか出来るだろ?
…オッサンじゃなかったら?
いや、オッサンだろう…。
何となく、モヤモヤしつつも、俺は家に帰り、魚を煮て、小麦を焼いたものと一緒に食べた。
残りの魚は開いて、干しておく。
風が強くなってきた。もうすぐ真夜中かな。お貴族の家じゃねえんで、時間など判るはずもなく。
コンコン。
ん?何か小屋に当たったかな?
コンコン。
誰かノックしている。
「誰だい?」
「…あの、わたしです。」
「あぁ、オッサンか。」
「何か困ったのかよオッサン。まぁ入んなよ。」
俺はオッサンを狭い部屋の椅子に座らせた。
どうせ食ってないんじゃないかな。
テーブルに、昨日作った、煮込んだ魚のスープを置いた。
「…いい匂い…」
オッサンは、スープを流し込みながら、泣き始めた。
泣くなよ。いい年したオッサンが―。
「ぐす…小屋、虫だらけで嫌で嫌で…。一生懸命松明で追い出してたら、小屋燃えちゃって。」
「小屋燃やしたのかよ!」
「竿とか服だけ持って逃げ出しました…」
だめだ。生活能力0だ。オヤジ。
オッサンは、スープの礼を言うと、皿を洗い、皿置き場へ拭いて並べる。
そして、懇願するような上目使いの瞳で、目を潤ませながら俺に言って来た。
「お願いです!何でもするから!一緒に住ませて下さい!」
「えーーー!?」
「お願い…!」
目を潤ませながら、恥じらいながら、オッサンが俺にすがっている。
やーめーてー!
話し方にはいい加減慣れて来た俺だが!!
こんな場面は妄想したことも無いが!!
妄想との違いは相手がオッサンという事だ!
すがるような瞳を見る…
オッサンじゃーん!?
もしかして、オヤジに見えているのは幻だったのかも!
…いや、オッサンじゃん!?
あ――――――――っ!!
――――――――――
数少ない毛布を並べ、下手すりゃくっつくほど狭い部屋で2人、転がっている。
オッサンは、寝る間際、くるっと此方向いて、至近距離。
イタズラっぽく、言った。
「オジサンで、残念?」
オッサンは、頬を染めて、くるっと背を向けた。
あ――――――――――っ!
おっさんじゃーーーーん!?
―続く。