第1話「海辺の出会いの50歳」
”俺”が出会ったのは、海辺の浜でふさぎ込む、50過ぎのオジサン。
だが、”彼女”は自分が呪いで姿を変えられた伯爵令嬢だと言い張って…
オジサンは本当に令嬢なのか!?本当はただのオヤジなのか!?その”彼女”が押して来る…!
第一話です…お時間のある方、お気楽にどうぞ…絶対重い展開にならない保証…。
呪いで姿を変えられた伯爵令嬢と言い張る50歳オヤジが押して来る
俺の前には、海が広がっている。
海岸線に、梯子のように突き出した岩場が俺のポイントだ。
偶然で来た代物ではない。
海岸線に、地元の奴らも近づかなかった魔女の塔があって。でも1年程前に崩れたんだ。
海の側に倒れてね。すぐに漁礁になったよ。行幸って言うのかな?先端の所が少し幅広く平らで、最高の釣り場さ。
でも、未だに怖がるヤツが多くて、ここで釣りをするのは俺一人。
勿論、ただの一度も、祟りだの幽霊だの、怖いことは無いよ。
俺は、朝と夕方に絞って釣りをする。
俗にいう、朝まずめと夕まずめさ。朝に釣った魚は、その後すぐに、市に出す。
早くに、オヤジとオフクロを無くした俺には、このぐらいで稼ぎは十分なんだ。
この小さな村では、この釣りと酒ぐらいしか楽しみは無いし。
村人も気さくなヤツ多いから楽だよ。
小さすぎて、盗賊ギルドとかも相手にしてないしね。平和。
そんな、ある日のことだよ。
―――――――――――
珍しく、俺の釣り場に人の気配が在った。
結構後ろ。背後にね。
みすぼらしいオヤジさんが、なんかもう、人生終わりみたいな顔して、岩に座ってたんだ。
みすぼらしいし、汚れてるし。
なんでドレス着てるんだ?
オネエなのかな。趣味なのかな。村では見た事ない人だ。
バカにする気はない。それぞれだしね。
むしろ、死にそうな雰囲気すら…。オイオイ、やめてよ?
まぁ、近づいてくるでもないし、俺の日常は日常だ。普段通りに…するさあ。
俺は、浜に戻り、火をおこし、釣ったばかりの魚を一匹開いて、串にさす。
「命に感謝を。また生まれ変わって、幸せになりますように。」
他の魚は、いい臭いのするササを敷いた籠に入れた。
食い終わったら、市の開く時間だろう。近隣の村を回る行商人が買い取ってくれるか、数少ない宿の主人が買ってくれる。勿論、村の御婦人方も俺のお客さんだ。
じゅううう。油が滴る。うん、今日もいい魚が釣れたなぁ。
その時だ。フラフラと、寝てるみたいに、ゾンビみたいに、オッサンが近づいてきたのは。
「あ、あの…」
「な、何か?」
「そ、その魚、わたしに売って下さい…もう、死にそうで…死んでもいいんだけど死にそうで…」
やっぱ、身投げを考えてたのかい? オッサン。辞めときなよ。ほら、魚食えよ…。
「どうぞ。おじさん。魚一匹ぐらい、タダでいいよ。」
俺はオッサンに魚を渡した。
「あ、ありがとうございます。きゃ、アツッ」
オッサン、本物のオネエさんか。出来上がってんなぁ。
「焼き立てだから、気を付けなよ。」
「これ、骨はどうするんですか?」
「…口の中で骨が在ったら、ぺって出せばいいよ…?」
なんだこのオッサンは?
オッサンは、大きな口をほんの少し開けて魚を噛みちぎる。
「…おいしい!」
オッサン、気に言ったらしい。
痩せたオッサンだ。背は俺と同じくらい。頭が少し薄くなってきてるな。
無精ヒゲだらけだが、何かあって家でも出たのか。金色の短い髪。目は深緑。
骨が在ったらしい。当たり前だけど。
オッサンは、綺麗な刺しゅうの入ったハンカチを口に当てては、音を立てずに魚の骨を処理している。
――オッサン!!本格的だな!良いとこのお嬢様か!!
「美味しかったです。お礼に…これしかないんですが、受け取ってください…」
オッサンは、銀の、蝶の形の髪飾りを俺に差し出して来た。
「こんな高そうなの受け取れるかよ!いいっていいって!大切に取っとけよ!」
「でも…」
オッサンは困惑の顔。
「おじさん。何が在ったか知らねえけど、ご家族心配してるだろ。帰れよ。」
オッサンは切ない瞳をした。
やめろ!オッサンの切ない瞳やめろ!
「あ、勝手な想像だよ。見当違いだったらすまねえな。じゃぁ。」
俺は道具をまとめ、魚のびっしり入った籠を肩にかけて、岩場を去った。
――――――――――
夕方。俺は静かな、隙間風の入る小屋を後に、再び海に向かう。
…おじさん、まだ居たのかよ。
俺は、瓦礫岩場の先端まで出て、竿を降ろす。
コツが居るんだ。釣り針を金属で作るのは大変なんだ。
糸だって、ちゃんとミツハの油を沁み込ませて強くしてある。ミツハってのは油の取れる花さ。竿は竹で作ってある。とても強くて良い木さ。
だから、根がかりしない場所に放り込まないと、道具代で稼ぎが飛んじまうよ…。
…オネエおじさん、帰れよ。家族居ねえのか?
だったら、俺と同じじゃんか。
オジサンは、朝よりはしっかりした足取りで、再び俺の方へ来た。岩を飛びながら前に出るのが…ヘタクソだ。あぶねえ。結構深いんだから気を付けろ。
彼は、俺の所までたどり着くと、恐る恐る声を掛けて来た。
「あの…朝はありがとうございました。改めて、お願いがあるのですが…」
「あー…なんだい?おじさん?」
「朝の髪留めを本当に差し上げますので…お願いがあります。」
「あんな立派なの貰っても扱いに困るよ…家族も恋人も居ねえし…」
「そうなんですか?今の私と同じですね、ではなおの事。コレを換金してお役だて下さい。」
「…家族、居ねえのかい、おじさん」
「あの、私に、釣り教えて下さい。」
「はぁ?」
「お魚で食事できるし…お金にもなるんでしょう?」
どこの世界にライバルを増やしたい業者が居るのかと思うが。
オヤジは、少し微笑んで言っていた。
――世間知らずなオヤジだ…。
「…釣りを覚えなくても、ソレ換金すりゃ暫くは安泰じゃねえのかい?」
「どこに、誰に売って、幾らになるのか…判らなくて。」
伏し目がちになるおじさん。
…やめろその伏し目がち!!
何なんだろうこのオヤジ!?記憶が無いのか?
…ヤバい、日が落ちて来た。釣らないと。
俺はため息をついて、オヤジに俺の竿を持たせた。
「いいか、あそこの岩と岩の間に投げ込め。それ以外だと根にかかっちまう。」
「根って、木の根があるの?」
オヤジ、その可愛い言い方ヤメロ怖いから!
「岩の隙間に針が引っかかったり、海藻に針が引っかかる状態を言うんだよ。ここらじゃ。」
「えいっ!」
やめろ!その言い方もうやめて!おっさん!
―――いつもなら即、魚が引くのに。
下手なのか。いや、凪ぎ過ぎるか。もう少し波が欲しい。
オッサンは、背中越しに、俺に話しかけてくる。
「あの、信じないかもだけど、わたし、19歳の女の子です。」
「は?」
「あは、信じませんよね。」
うん、信じないよ、オヤジ。
「親も信じてくれなかったですからね…」
だろうね。
「魔法使いみたいなお婆さんに、呪いかけられました。外出先でいきなり。」
この世界に魔法はある。呪いもあるだろう。だけどなー。
オヤジじゃん?
「何か、気持ち悪がられるし…ポケットに僅かなお金しかなかったし…鏡に映った私は、おじさんになっていて!」
まじかー。うそだろー。
…いや絶対オヤジ。
「死のうかなって思ってたら。貴方のお魚が…その、美味しそうで。」
なぁ、オジサン。訳ありそうなのは、何となく判るぜ。
でも、オッサンだろー。
いや、妄想癖とか。思い込み激しい、お嬢さんなりたい病とか。
いや、単に、心が女性のオヤジさんとか。それが一番可能性高いか。
うーん、ちょっと試して見るかな?
「名前は?」
「レノメリア・フィン・レゾーナ。伯爵家の娘です。」
レゾーナ伯? うーん、そんな名家の名前は俺が知る由もなく。真偽の判別不可能。
「…トイレ、どうしてたの?」
俺は、真偽判定とは全く別の質問をつい、してしまった。
いや、いいか。真正オヤジなら無反応だろう。
オッサンは、顔を真っ赤にして振り返り、立ち上がった。
「ま!…な!? ひどい!優しい人だと思ったのにサイテー!」
オッサンはむくれた顔でオレを睨みつけた。タコかと思った。
「あはははは!」
俺はつい笑いだしてしまった。
「なんて人!!」
両手をグーにして下に振りおろす、見ようによっては可愛らしいキモイ仕草のオッサン。
そして、海の側に、バランスを大きく崩して、落ちてしまった。
「きゃあああ!」
どぼーん。
「あははは、おっさん、さっさと泳いでこっち来いよ!」
返事は無かった。
時折、手が水面にちょっと上がった。
「おい!!泳げないのかよ!!」
引き潮だ!!やべえ、溺れてるのか!!
俺は大慌てでシャツを脱ぎ捨て、海に飛び込んだ。オッサンの腕を掴む。
暴れんな!泳ぎにくい!
引き潮か、即、海に戻るのは、オッサン連れでは厳しい!水平に、岸に沿って少しづつ戻るしかねえ!おい、もってくれよオッサン!
意識を失ってる。力が抜けてくれた。悪いが、この方が助けやすい。
チクショウ、やるしかねえ!チクショウ!
ぜえ、ぜえ、ぜえ、何とか砂のある辺りに着いた。
「オイ!おっさん!しっかりしろ!!」
ん!? やべえ! 息してねえ!!
助けねえと!
胸を押す。勿論、骨ばった筋肉の胸板だ、
おりゃ!おりゃあ!
水吐けよ!息しろよ!
…ダメか?こうなりゃ!?
オッサンに人工呼吸………。
まじかー やだよー! オレはその趣味ない!!
いやでも、マジで呪い掛けられたご令嬢だったら。キス…。
いや、美人とは限らねえけども!
俺の人生、これまで一度もラッキースケベチャンスなかったけども!
俺は顔を近づける。
…オッサンだった。
「オッサンじゃーん!?」
只の妄想狂だったらどうすんお!
ただのオッサンとキスじゃん!
「いや待て、オレ!これは人助けだろう!!命の問題だろう!!美女だろうがオッサンだろうが、大切な命だ!命は誰しも尊い!」
俺は顔を近づけた…。
「おっさんじゃーん!?」
あーーーーーーーーーー!!
――――――――――
俺たちは背中を向け合って、焚火に当たっていた。
夜釣用のぼろいマントを、裸のオッサンに貸している。ボロドレスは火に当てて乾かしている所だ。
「あの…どうやって…助けてくれたの…?」
「知らねーな!おっさん!」
「誰かが、私に覆いかぶさってたような…」
「知らねーな!おっさん!」
「ありがとう…助けてくれて。やっぱり、いい方ですね…」
「知らねーってんだよー!」
あーーーーーーーーーーーー!!
俺のファーストキスがー!!
「ま、まぁ命の恩人の貴方なら…我慢できなくはないです…」
オッサンは、恥じらいを隠し、強がるみたいに言った。
「やめろー このオヤジー!!」
俺の叫びは、月明かりの浜にこだました…。
…続く?