第47章 閑話その五
翌日、正夫は予算を見直したが、かなり逼迫していた。
九月に二回も東京に行ったのがたたって、へそくりも残り少ない。今後も毎月一回東京に行くとなると、今あるお金を使い果たしてしまいたくない。小遣いを残すためにこれ以上昼飯代などの出費を切り詰めるのも無理である。
誕生日プレセントの費用だけでもなんとか捻出出来ないかと思案していた時、ふと学生時代に買っていた本がクローゼットの奥に眠っているのを思い出した。
正夫は法学部出身である。学生時代は将来は弁護士になりたいという希望を持っていた。しかし、在学中に父親が急逝したため、故郷に戻らなければならず、県庁に就職することになった。
その時点ではまだ弁護士になるという夢は捨てきれなかったが、結婚し、子供が生まれ、日々の生活に追われている内に、いつのまにかそんな夢は頭から消え去ってしまった。
クローゼットの奥から段ボール箱を取り出すと、中にはぎっしりと法律関係の本が詰まっていた。
高価な専門書が多く、神田の古本屋で買った四十年近く前でも1万円もした稀少な本もある。この本などは今なら最低でも2万円で売れるだろう。
他の本も大切に読んでいたので、痛みは少ないし、保存状態も良い。これならいい値段で買ってくれるだろうと思われた。
正夫は一冊ずつ手に取ってみた。弁護士という目標に向かって進んでいた若い頃を、あの頃の熱い気持ちを、思い出し、なつかしい気持ちになる。
だが、これらの本は昔の自分にとっては貴重なものだったが、今の自分にとっては無用の長物に過ぎない。花蓮のためなら手放しても惜しくはない。
正夫は値段が高く、きれいな本を七冊選んで、紙袋に入れた。
一度も入ったことはなかったが、家から車で10分ほどのところに古本屋があるのは知っていた。
古本屋といっても、薄暗く狭い店内のいたる所に本がうず高く積まれていて、隅の机の向こうに頑固そうな親爺が座っている昔の店とは全く違っていた。
スーパーのような明るく広々とした店内に、大きな本棚が並べられ、本が見栄え良く整然と陳列されていた。
店の端のカウンターに「どんな本でも買取ます」と張り紙があったので、そこに行き、若い男の店員に紙袋を渡すと、番号札を渡され、呼ばれるまで店内でお待ちくださいと言われた。
しばらくカウンターの近くで待っていたが、若い男の店員は他の仕事をしている途中だったのか、なかなか正夫の本を査定しようとしない。
手持ち無沙汰だったし、そこでじっと待っているのも急かしたり監視したりしているようで、店員に悪いと思い、本棚の方へと歩いていった。
マンガが多いが、小説や専門書、絵本や学習参考書、写真集なども置いている。ゲームやCD、DVDなどもあった。
最近の古本屋はこんなふうになっているのか、半ばあきれ半ば感心しながら、店内をぐるぐると回った。
番号が呼ばれて、カウンターに行くと「1700円でよろしいですか?」と言われた。
1冊1700円ということは7冊で1万円ちょっとか、それでは安すぎるから売るのをよそうかどうしようか迷った。
が、よく聞いてみると、全部で1700円だと言う。これには驚いた。自分が宝物のように大切にしていた物の価値を不当に安く見られるのは我慢ならなかった。
正夫は手早く紙袋に本を詰めると、さっさと店を出た。
車を走らせているうちに、正夫は次第に惨めな気持ちになってきた。
信号待ちで停まった時、バックミラーを覗き込むと、白髪交じりの頭をした年老いた男の顔が映っていた。
それに向かって「時代遅れで、金もないくせに若い女に狂っている哀れなじいさん」と嘲るように呟いた。




