第4章
娘と別れ、自分の部屋へ入った。
落ち着かなかった。テレビをつけても画面をただ見ているだけで、一向に頭に入ってこない。
部屋に備え付けられている冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一気に飲み干す。
それからごみ箱の中に手を入れて、昼間捨てた名刺を取り出した。
スマホを出し、店のホームページを開いた。
花蓮と名前のついた女の子の顔写真があった。しかし、顔にぼかしがかかっているので、彼女がどうか判然としない。似ているようにも思うが、ヘアースタイルは肩の下まで垂れ下がった巻き髪で、彼女とは違っている。
写真を見ながら正夫は胸が高まってくるのを感じた。
明日、行ってみようか、と思った。
しかし、すぐにそれを打ち消そうする理性が働く。
一体俺は何を考えているのか?
彼女とは親子くらい歳が離れている。こんな名刺さえ拾わなければ、ただきれいな女の子を街で見かけたというだけで、記憶にも残らないだろう。あんな子と自分が関わりを持つわけがない。そのくらいは分かっている。
しかし、逆に言うと、そんな関わりを持てるはずのない彼女に触れることができるとは夢のような話ではないか。
正夫はベットに入り、目を閉じた。
酔いのせいか、それとも別の感情のせいか、妙に身体が火照っている。
閉じた瞼の裏に彼女の端正な顔が浮かんでくる。
涼しげな大きな目が自分を見つめていたかと思うと、不意に目が細くなり、柔らかそうな唇がゆるんで、その隙間から笑い声がこぼれる。
その表情は猫に似ている。喉元をくすぐられて目を細めてうっとりしている猫の顔を連想させる。
翌日も正夫は娘を送って行き、女子大のそばの駅で別れた。
ホテルへ戻る電車は空いていたが、彼は座らずに吊革につかまって立っていた。
片手をコートのポケットの中に入れると、指先があの名刺に触れる。その度に正夫の心は揺れた。
今日で入試は終わりなので、今晩には家に戻る。
中途半端な気持ちを引き摺ったままホテルに戻った。
部屋に入り、荷造りを終えると、椅子に座り、もう一度名刺を取り出した。その時、ふとある考えを思いついた。
ああいう店は昼間は開いていない、どんなところか見に行くのも一興だし、これも社会勉強の一つだ。夜にはもう東京を去っているのだから、遊びに行くことは出来ないし、もう二度行くことはないだろう。
時計を見ると、まだ十時である。正夫は娘と自分の荷物をクロークに預け、ホテルを出た。