第10章
「放心!」
笑い声で、正夫は我に返った。
「お客さん、今、放心してたでしょう」
花蓮は嬉しそうに目を細めて笑っている。
そういえば、果てた後、しばらくぼんやりしていたようだ。
「気持ちよかったですか?」
「うん、ずいぶん久しぶりだったから」
正夫は苦笑しながら、上体を起こした。
「奥さんはいらっしゃるのでしょ?」
「うん」
「こういうことはしないのですか?」
「10年、いや20年ぶりかな?」
「ふーん」
そう言いながら、無表情で正夫を見つめている。
行為の最中に花蓮が塗りつけてきたローションが胸の辺りでねばねばしていて、不快な感じがした。
「このねばねばはどうするの?」
「シャワーで流すの」
シャワー室から出てきた花蓮は、部屋の隅に行き、白色の下着だけを身につけた。薄暗い灯りの中に白い美しい身体が浮かび上がっている。
ほっそりとした彼女の後ろ姿は魅惑的であったが、反面、弱々しくて脆い女を感じさせた。正夫は抱き締めて、強く唇を重ねたい衝動に駆られた。
しかし、もう遊びの時間は終わっている。彼女は恋人でなければ、愛人でさえない。ただ、金で買った恋人ごっこの相手であり、それ以上求めることは出来はしない。
花蓮が振り返った。
正夫は今の気持ちを見透かされそうな気がして、わざと無表情を作った。
「名刺、渡してもいいですか?携帯の番号を書くから。……奥さんに見つかったらまずいですか?」
正夫はちょっと思案した後、
「いいですよ」と答えた。
「そうですよね。やっぱりまずいですよね」
彼女は少し哀しげな眼差しで正夫の顔を見た。先程のうがいをしていた時に見せたのと同じ眼差しだった。
正夫は、そんなことは気にしなくていいから、名刺をくださいと言う意味で言ったつもりだったが、彼女はいらないと言われたと勘違いしたらしい。
正夫は訂正しようと思ったが、言葉がうまく出てこない。
「また、来ます」
それだけ言った。
花蓮は少し哀しげな笑みを浮かべ、小さく頷いた。




