98 ホテルでまったり
お風呂上がり。備え付けの冷蔵庫を見ながらリンちゃんに問いかける。
「こういう時って、お酒の一つや二つはあるんじゃないの?」
「あはは、ワタシが泊まるときはジュースしか置いてくれないんだ。いらない配慮だよね」
子供の発言としてとんでもないことを言っているはずなんだが、リンちゃんは気にとめることもなく返事をする。
「なるほど……見るからにアルコール類がない。でも、これなら少しは雰囲気出るかな?」
スパークリングワイン……に似た、ただの炭酸飲料。
ワイングラスは普通に置いてあるし、雰囲気だけでも味わおう。
「コトミ、髪乾かしてあげる」
「え? 今日はいいよ。みんなもいるし、自分でできる」
「遠慮しない、遠慮しない」
「わわわ、わかった。わかったから、引っ張らないで」
落としそうになったワインもどきをテーブルの上に置き、リンちゃんのところに行く。
「はい、ここ座って」
「もう、リンちゃん。今日はいつになく積極的だね」
「ん~? そうかな」
ドライヤーをかけながら会話を続ける。
目の前では同じようにアウルがドライヤーをかけられている。
あい変わらずほけーってしているね。
「あの子不思議だよね」
「うん? アウルのこと?」
耳元でささやくように話しかけてくる。
ドライヤーで聞こえづらいからって近すぎるよ。
もういつものことなんで、深く考えない。
「そう。コトミの昔の知り合いってことは魔法のことも知っているんでしょ?」
「ん、まぁ、ね」
と、いうより剣と魔法の世界にいましたからねー。とは言えない。
「あの子自身、魔法は使えないの?」
「うん、見ての通り剣が得意だからね」
本当は使えていたんだけど、生まれ変わった時に能力がルチアちゃんに受け継がれちゃったんだろうね。
さすがにそのあたりの経緯は説明できない。
「ふ~ん、まるで剣と魔法の世界、だね」
ギクリと、思っていたことを当てられ動揺する。
別に隠すことも無い……、と思うけど、聞いたらビックリするかな。
年齢詐称だし。実はおばさんだし……。
いや、身体に精神が引っ張られると言う話もあるから、別に精神年齢イコール実年齢ってわけでもない。うん、大丈夫、きっと大丈夫。
「コトミ? どうしたの?」
「あぁ、うん。大丈夫、私はまだ若い、若いよ?」
「はい?」
訝しむ声を上げ、ドライヤーの手が止まる。
「なんでもない……」
「はい、終わったよ。コトミの髪って綺麗だよね。サラサラだし」
「んー、確かに黒髪ってすこし珍しいしね」
髪の毛先を弄りながら答える。
「リンちゃんの髪色もこのあたりじゃ珍しいかな?」
「あはは、そうかも。引っ越してきたしね」
「そうだね。転校生で紹介されたときは、まるでお嬢様みたいだったし」
「お嬢様みたいじゃなくて、本当のお嬢様、だ、よ!」
「……ぷっ」
「あはははっ」
懐かしいやり取りに二人で笑う。
リンちゃんと出会ってまだ数ヶ月程度だけど、密度の高い出来事が立て続けに起こっているから、かなり久しく感じる。
「初めて出会ったときも、同じようなこと言っていたよね」
リンちゃんも懐かしむかのようにそう話す。
「あはは、そうだね。あ、リンちゃんの髪も乾かすよ」
「あ……。うん、お願いっ」
笑顔を浮かべ、私の前に回り込んでくるリンちゃん。
リンちゃんの髪は長いから早めに乾かさなきゃ。
髪を丁寧にすきながら乾かしていく。
さて、アウルもルチアちゃんも、ちょうど乾かし終わったところかな?
リンちゃんとルチアちゃんの髪も同じぐらい長いから、乾かすのに結構時間がかかる。
「あ、みんな何か食べる? 軽食用意させようか?」
「何から何まで悪い……」
アウルが何か言っている。
「大丈夫だよ。今回はアウルが発端のようなものだしね。アウルこそ遠慮しなくていいと思うよ。コトミもそれでいいでしょ?」
「ん、問題ない」
うん、相変わらずいい仕事してくれたしね。
テスヴァリルでもい撒き餌になってくれるんだよね、この子は。
「コトミが悪い顔してる」
「うっさい」
「ま、そんなわけで、気にせず食べたらいいからね~」
「う、うん」
いまいち納得していないようだけど、それ以上の反論は無かった。
リンちゃんは、フロントに電話かな?
「あ、ワタクシです。軽く食べられるものお願いできますか。えぇ、えぇ、それで構いませんわ。量は少し多めにお願いします。あと、食後にデザートを、えぇ、お願いします。それと飲み物を……」
淑女モードのリンちゃんは今日も絶好調ですね。
その後も二言三言話し、電話を切る。
「それじゃ、準備して待っていようか」
「「「は~い」」」
みんな、もう慣れた。
準備といってもしっかりとしたテーブルがあるので、身だしなみを整えるぐらい、かな。
いい部屋ということもあって、半円に並んでいるソファーに大きめのガラステーブルが備わっている。
四人並んで座る格好になるので、リンちゃんを真ん中にしようとしたところ――。
「コトミが主役なんだから、コトミが真ん中でしょ」
「はい?」
主役の意味がわからなかったけど、特に断る理由も無かったので真ん中に座る。
両サイドにリンちゃんとアウル、アウルの隣にルチアちゃんって並ぶ。
まぁ、姉妹は一緒の方がいいわな。
しばらく待っていると、部屋のインターホンが鳴り、リンちゃんが応対する。
食事を運んでくれた給仕の人――メイドさんを部屋に招き入れ、テーブルの上に食事の準備をしていく。
サンドイッチにカットフルーツ、紅茶、あとはデザートが並べられていく。
量は……確かに多かった。大きいガラステーブルに目一杯のっている。
そういえば、アウルたちっていっぱい食べるのかな?
「それではごゆっくりと、おくつろぎください」
メイドさんが一礼し、部屋をあとにする。
扉まで見送ったリンちゃんが、ソファーに戻ってくるのを待つ。
「さ、みんな食べようか! 女子会みたいで楽しいね!」
いろいろな種類のサンドイッチと、色とりどりのフルーツ、急にお腹が空いてきた。
「おいしそうだね」
「ふふふ、いいチョイスでしょ。飲み物はカモミールティーだから夜もぐっすり眠れるよ」
なるほど。それはいいね。
……ん? 周りを見ると誰も手を伸ばそうともしない。
アウルとルチアちゃんも手を伸ばしかねているようだ。
リンちゃんもこっちを見たまま、まだ手を伸ばさない。
私か? 私待ちなのか?
そんな気を使われる関係になったつもりもないんだが……。仕方がない。
「それじゃ、いただきます」
手前のサンドイッチに手を伸ばし、一つ取る。
サンドイッチもペラペラなサンドイッチではなく、具がぎっしりと詰まっている、しっかりとしたサンドイッチだった。
「あむ……むぐむぐ。へぇ、おいしいね」
サンドイッチと侮っていたけど、さすが一流ホテルのサンドイッチ、これはおいしい。
「でしょ~。ふふふ、コトミに喜んでもらえて良かった。ワタシもいただきます」
「私に気をつかわなくてもいいのに」
横を見ると、リンちゃんは既にお口いっぱいにサンドイッチを頬張って……。
「って、口に入れすぎでしょ」
「はいほーふ、はいほーふ」
何が大丈夫か、喉を詰まらせても知らないよ。
「お姉ちゃん、これおいしいね」
「うん、ルチアも食べられる?」
「うん、今まで食べたものの中で一番おいしい」
「それは良かった」
二人も食べ始めているようだった。
私も次のサンドイッチに手を伸ばす。
確かに、少し多めの量を貰っておいて正解かも知れない。ウマウマ。
そのまま談笑しながら食事を続ける。




