95 世話の焼けるやつ
そういうわけで下りた階段をまた上り、十階までやってきた。
収納が圧迫しちゃっているから魔力が心持たないけど、滑空して行くぐらいならなんとか行けるかな?
「……コトミ、多少の高さなら何とかなるけど、十階はちょっと……」
「大丈夫だよ。先に私が行って受け止めてあげるから」
「え? コトミが? 本当に? 大丈夫なの?」
「すごい疑うね」
「普段が普段だから……あぁ、ごめんなさい!」
指先に灯した炎を消す。
「バカなこと言っていないで、早く行くよ」
目の前のガラスに風槌を何度か撃ち込む。
強化ガラスだからか砕ける事なく、窓枠から外れて落下する。
下の人たちは、まぁ、ご愁傷様。
風槌で大きな音がしていたからきっと気づいて退避しているよね。
「そんじゃ、先行くね」
フードを被り直す。
そして部屋の入り口付近まで一旦戻り、駆け出す。
いつも通り一歩踏み込むごとに速度を上げる。
少ない魔力がさらに減った状態ではあるが、全ての魔力を費やし駆ける。
「よっ、と」
最高速度に達すると同時に外へ向け跳躍する。
そのまま風を切りながら滑空していく。
眼下には空を見上げる警察隊の姿があった。
速度を上げるために使った追い風を、着地に備え上昇気流へと変える。
高さもそれほど高くないから、少ない魔力でも十分。
「っと、ととと」
落下の勢いを完全には殺せず、屋根の上をつんのめりながら停止する。
「ふー、急がないとね」
屋根の上を少し戻り、魔力確保のため収納に入れていたインゴットを足元に転がす。
斜め上にあるビルを見上げると、窓際にアウルの姿が。
手招きをして、飛び出すよう促す。
……あのバカ、なに躊躇しているの。
部屋の奥を行ったり来たりして、いまだ飛び出さずにいる。
そうこうしているうちに、アウルのいる部屋に公安が突入してくる。
さすがに多勢に無勢となってしまったため、アウルも意を決して飛び出す。が――。
「あのバカ、ろくな助走もつけずに……!」
距離があるため十分な威力が出せないが、上昇気流と追い風を発生させる。
全魔力を注ぎ込み、何度も何度も魔法を唱え続ける。
数秒の滑空ののち、目前にアウルが迫る。
ちっ……。
心の中で舌打ちしながら両手を広げる。
減速や衝撃吸収の魔法は間に合わない。
全身に魔力を行き届かせ、受け止める体勢をとる。
目の前にアウルの顔が迫ったかと思うと――衝撃。
瞬間、世界が横転したかのような衝撃が全身を駆け巡る。
比喩でも何でもなく屋根の上を転がるように滑っていく。
「くっ……!」
腕と足に魔力を集中させ、回転を引きずりながら止めにかかる。
そこからさらに数メートル進んだところでようやく停止。
……全身が、痛い。
治癒魔法をかけながら顔を上げる。
何とか屋根の上ギリギリで止まることができた。
アウルは……目が回っているけど、死んではいないようだった。
まったく、世話の焼ける。
大きな怪我はなかったおかげで、二人まとめて治癒が完了。
「おっと、忘れ物」
アウルを転がし、インゴットを回収に向かう。
戦利品、戦利品、っと。
インゴットを収納に入れながら、上を見上げると飛び出した窓から覗く公安の人らが目に入る。
さっさと撤収しよう。
「ほら、アウル行くよ」
「うぅ〜、目がまわる〜」
アウルを引っ張り起こしその場を離れる。
屋根伝いに駆けていき、人目の付かない路地裏へと降り立つ。
「とりあえずアウルの家に行くよ」
一旦落ち着きたい。
リンちゃんにも説明しないといけないし。
本当はリンちゃんの家に行きたいけど、あとを付けられる可能性もあるから無理は出来ない。
……アウルの家なら良いというわけでもない。
ちゃんと後ろは気にしているし。
念の為だよ。念の為。
誰に言い訳するわけでもなく、路地裏をアウルに付いて駆けていく。
さすがに道がわらかないから、案内をしてもらわないと。
アウルは私と違い基礎能力が高いから魔法が無くても早く走れる。
魔力で強化した私でさえ付いて行くのがギリギリだ。
そのまましばらく走ったあと、見覚えのある場所に到着した。
「ルチア寝ているかな」
スマホを見るとまだ寝るような時間ではない。
寝るには少々早い時間だけど、病み上がりのようなものだしね。
アウルが玄関の鍵を開けゆっくりと扉を開く。
「あ、お姉ちゃん? お帰りなさい」
中を覗くとルチアちゃんが歩いてきた。
「ルチア、起きていたの? 体調は大丈夫?」
「うん。今までが嘘みたいに調子がいいよ。ずっと寝たきりだったから、部屋の片付けをしているんだ」
「あまり無理はしないでね?」
「うん、もちろん。お姉ちゃんたちの方はどうだった?」
「あー、うん。無事に仕事辞めてこれたよ」
いろいろとあったけどさすがに言えないわな……。
リンちゃんがじとーっとした目で見ているけど気にしない。
「そっか。良かった。お姉ちゃん、仕事が辛そうだったから、心配してたんだ」
「ルチア……ごめんね、心配ばかりかけて」
「ううん、お姉ちゃんは私の自慢のお姉ちゃんだよ。これからも一緒にいられるんだよね?」
「うん……うん……」
「もう、お姉ちゃんたら、そんなことで泣かないでよ」
しばらく二人にしてあげたほうがいいかな。
リンちゃんに目配せをして、そっと外に出る。
まぁ、扉の建て付けが悪いからそんな配慮も虚しく、軋む音が大きく響いているんだけど。
情緒も何も無いわな。
「それで? 首尾はどう?」
少しだけ扉から離れてリンちゃんが切り出す。
「うん、こっちは無事完了。でも、マーティンは逃しちゃった。その代わり戦利品は手に入れといたよ」
戦利品とは、まぁ、あの金庫の中身ね。
「そっか、それは仕方がないね。でも、社長は死んじゃったし、内部情報はリークしといたから、会社としては成り立たなくなるかな。調べてわかったんだけど裏で相当悪い事をしていたみたい」
……どうやったかは聞かないでおこう。
「その社長の話だと、黒幕は他にいるっぽい。リンちゃんを狙った理由は聞けなかったけど」
「へー、その黒幕もちょっと調べておくよ。ずっと命を狙われているのも気持ちが悪いし」
リンちゃんが悪い顔をしている……。
私は何も見ていない。何も聞いていない。
そのまましばらく情報交換。
あの会社は昔から非合法なことに手を染めていたらしく、町の管理者からも煙たがれていたとのこと。
今までは証拠も何も無く尻尾を掴ませなかったけど、リンちゃん――というか、私がセキュリティ内部に入ったことにより、全てが明るみとなった。
殺人、脅迫、人身売買、など想像以上に悪事を働いていたことがわかって、確実に取り潰しになるらしい。
まぁ、私たちの存在がバレないようであれば問題ないかな。
その辺のことはリンちゃんが上手いことやってくれるだろうし。
「あ……お待たせ」
軋む扉の音で振り向いた先には、扉からアウルが顔を出しており、どこか恥ずかしげに声をかける。
呼ばれて中に入るとベッドに腰掛け微笑むルチアちゃんと、顔を伏せ照れているアウルの姿があった。
……姉妹っていいなぁ。
逸れそうな思考を無理やり戻し、これからのことについて話し合う。
まずは確認だけど、ルチアちゃんの体調が戻ったから、アウルも無理にあの会社に所属する必要が無くなった。
まぁ、叩きのめして来たから戻る会社はもう無いんだけどね。
それと、薬の成分をリンちゃんが調べさせたけど、ただのビタミン剤だったらしい。
変な薬でなくて良かった反面、アウルは憤りを感じているようだった。
バカがつくほどの真面目さだからね。
妹のためとはいえ、悪事に手を染めていたことを後悔しているのだろう。
……しばらく一緒にいて慰めてやるか。
久しぶりに会ったし、いろいろと積もる話もある。
あとでリンちゃんにお願いしてみよう。お金ならあるし。
次にルチアちゃんの魔力過多症について、私から簡単に説明。
さっきも説明したけど、魔力を溜め込みすぎて発症する魔力病で、テスヴァリルでは非常に珍しい病気だった。
この世界では魔法の存在自体が認められていないから、魔力の発散なんて出来ないしね。
ルチアちゃんの症状的にあと数日遅かったら間に合わなかっただろう。
ホント助けられて良かったよ。
魔法の詳細はまた後日説明するとして、魔法の使い方を教えてあげることを約束。
せっかくある能力を使わない手は無いしね。
その他、いろいろと四人で情報交換。
くぅ〜。
どこからともなくお腹の虫がなった。
「お腹減った……」
やっぱりアウルか。
「そういえばご飯食べていないね」
「あ、戦利品あるから、今日はちょっと豪勢にいかない?」
リンちゃんの言葉に、片目をつぶり三人にそう提案する。
「コトミのそのポーズ、獲物を狙い打つ時の仕草だね」
どういう仕草だよ!




