93 対峙する裏切り者
「さて、次は上かな」
エレベーターもあるけど、こういう時は使わない方がいいよね。
下手すれば挟み撃ちになりそうだし。
でも、三十階近い階段を上るのか……。
「アウル」
「ん? どうしたの?」
「エレベーターで行こう」
「……コトミのことだから、三十階上るのが辛いから、だよね」
「うっさい。さっさと行くよ」
「あぁっ、待ってよ」
エレベーターのボタンを押し乗り込む。
「三十階でいいんだよね」
「うん、何度か来たことがあるから」
行き先ボタンを押し、エレベーターが上昇していく。
ここのエレベーターは箱がガラス張りになっており、外が見える作りとなっている。
徐々に階層が上がるにつれ、街の灯りが目に入ってくる。
その中でも一際明るく照らしている照明が……近づいてくる?
「ちょっ……」
あれは、ヘリっ!?
なんてものを持ち出してくるのよ。
ライトが私たちを照らし、機体に付いている――機関砲のようなものが照準を合わせてくる。
「っ、転移!」
直後、ガラスの割れる音と共に銃弾が降り注いできたのがわかった。
「へぶっ!」
咄嗟にビルの中へ転移したけど、何とか入ることができたね。
二人分の転移だから距離が普段の半分になっちゃう。
隣では床に顔面を打ち付けている残念な子がいるけど、まぁ無事で何より。
鼻が赤くなっているから治癒魔法をかけてやる。
ホント世話が焼けるんだから。
「相手さんも本気だねぇ」
「あの社長ならやりかねないね。あくどい顔しているし」
周囲を見回すと廊下の途中なのか、薄暗い通路が続いている。
ここは……二十階か。
エレベーターの壁に掲げてある階層表示を眺めながら考える。
「あとは階段で上がるしかないね。この様子じゃもう一悶着ありそうだけど」
そうこぼしながらエレベーターの近くにある非常階段用扉を開く。
「そんな不用意に開けて大丈夫なの?」
「問題ない。いざとなったらアウルを盾にする」
「それはさすがにひどくない?」
アウルからの抗議を無視し、階段の上と下の様子を見る。……特に人の気配はない。
「ほら、行くよ」
アウルを先へと促し階段を上り始める。
十階近く上がるのはちょっと辛いなぁ。
どうにか楽して上れないかと考えてはみたものの、いい案が思い浮かばず。
仕方なしに魔力による補助を受けながら上る。
「三十階、これでやっと、上り切った」
少し息を切らせながらも何事もなく三十階に到着。
目の前には中へと繋がる扉。
……大丈夫かな。
そう思いながらもドアノブに手をかけたところで――。
「っ、また!?」
咄嗟に横へと飛ぶ。
「ぐへぇ」
隣から変な声が聞こえたが気にしない。
直後――扉が爆炎と共に吹き飛んでいく。
余波は障壁を張り、なんとか凌ぐ。
「熱烈な歓迎方法恐れ入るよ」
ため息をつき、足元に横たわっているアウルに、治癒魔法をかけながら引っ張り起こす。
「ほら、突入するよ。先頭は頼んだよ」
「うぅ……いくら治癒魔法で治るからって、痛いものは痛いんだよ?」
「命あっただけ儲け物でしょ? グダグダ言っていないで、さっさと行く」
「はいはい……」
階段を駆け上がり、吹き飛んだ扉だった場所をくぐり内部へ突入していく。
目に映ったのは数人の武装した男たち。
一瞬のあと、アウルに切り飛ばされ撃沈していく。
「数人だけ?」
剣を鞘にしまっているアウルに声をかける。
「そうみたいだね。あくどい商売をやっていたから、もう少し警備が厳重かと思っていたけど、そうでもないのかな」
まぁ、手薄なのはいいことだ。
なるべく面倒なことは避けたいし。
とりあえず、道はアウルがわかるから案内してもらって進む。
「この扉の向こう側だね」
オフィスの扉とは違い両開きの堅牢な扉が備わっている。
「開く?」
「んー、鍵がかかっているみたいだね」
「それじゃあアウル、サクッと開けてね」
「あいよ」
短く答え、居合い抜きで扉へ向かって剣を振るう。
甲高い金属音が響くと同時に扉の鍵が切られる。
扉の鍵をちょうど狙うとかさすがだね。
普段は残念な子なんだけど、やる時はしっかりやる。
「開ける?」
「さっきみたいなことがあるから慎重にね」
アウルを前面に立て扉を開かせる。
ゆっくりと開いていく扉。
人が入れる程度まで開くも、特に何も起きない。
そのまま見通せるまで開き、中に足を踏み入れる。
「マーティン……」
目の前にはアウルをけしかけて、リンちゃんに手を出そうとしたマーティンがいた。
「おやおや、順応な犬かと思っていたのですがご主人に歯向かうのですか? 妹がどうなってもいいと」
「うるさい! 騙していたくせに何を偉そうに!」
「ふむ、そこの小娘の悪知恵ですかな。私たちが騙すのなんてとんでもない。逆に騙されているのですよ」
私に視線を向けながらマーティンはそんなことを言う。
「……この子は誰よりも信用できるよ。親友なんだから」
「アウル……」
「あなたの交友関係は調べさせてもらっています。その中にコトミ・アオツキとの接点は無かったはず。どういうことか、それぐらい貴方ならわかるでしょう? 騙されているんですよ」
「ふん、上っ面しか見てない奴らの言葉じゃ、私たちの友情は崩れないね」
「私は友達だと認めたことないんだけど」
「いい話をしているんだからそんなこと言わないでよっ」
シリアス雰囲気から捨てられた子犬みたいな表情に変わる。
ホント、この子はいい反応してくれるね。
「……どうやら話をしても無駄のようですね。せっかく助けてやった恩を仇で返して、許しませんよ」
その瞬間、空気が変わったのがわかる。
「っ……」
咄嗟に身体を横にずらす。
――発砲音、そして近くを銃弾が掠める。
アウルは既に駆け出している。
わずか数歩で間合いを詰めたアウルは、横薙ぎに剣を振るう。
「さすが、速いですね。でもこれならどうですか」
一歩下がったマーティンがそう言うと、耳を紡ぐような破裂音が響いた。
「アウル!?」
素早く動いていたおかげで直撃は避けられたが、それでも無事とは行かず、鮮血が舞う。
吹き飛んだアウルは体勢を崩しながらも大きく跳躍し、元いた位置まで戻ってくる。
「つっ……」
「アウル! 大丈夫!?」
駆け寄り、治癒魔法をかけながら怪我の状況を確認する。
左腕の損傷が激しい。
出血が止まらず、足元に血溜まりを作っている。
マーティンへ視線を移すと、手には筒状の長い銃らしきものをもっている。
「さすがにこれは避けられなかったようですね。近距離広範囲射撃用のショットガン。いくら素早かろうと所詮は生身の人間、こういう銃の相手には赤子同然ですな」
不敵に笑うマーティン。
被弾箇所が広いため左腕の治癒には時間がかかる。
とりあえず止血はできたが……。
「コトミ、ありがとう。あまり時間もかけられないから」
悠長に回復まで待ってくれるわけが無いだろうね。
「やはり、その能力は、回復しているのですか。素晴らしい。是非、私の元でその能力を振るってくれませんか? 謝礼は充分過ぎるほど渡しましょう」
「ふん、私は誰にも縛られたくはないからね。お断りだよ」
「……それは残念です。惜しいですが、ここで処分されてください」
銃口をこちらに向け、引き金を引く。
「障壁」
高火力のショットガンとは言え、距離が充分離れていれば障壁でも耐えられる。
「ちっ、厄介な術ですね」
撃ち終わると同時にアウルが駆け出す。
下からの切り上げに半身をずらし交わすマーティン。
片手で振るわれる剣は、普段の速度も出ないまま空振りに終わる。
右へ左へと振り抜く剣をマーティンはショットガンの銃身で受け流す。
避けながらも器用に弾を装填しているショットガンが再び火を噴く。
「同じ手は食らわないよ」
普段の銃を避ける時よりも大きく移動し、ショットガンの射撃範囲から離れる。
「やはり、近接戦は不利ですか」
アウルからの追撃をマーティンは華麗に交わす。
片手が使えないとはいえ、あのアウルの剣撃をこなすとは、マーティンもなかなかできる。
「今回はこちらの負けですね。この奥にいるブタは好きにして下さって構いません。また会えることを楽しみにしていましょう」
「っ、逃すか!」
マーティンが後ろに向かってショットガンを撃ち込む。
ガラスの割れる音と共に、気圧差で暴風が吹き荒れてくる。
「っ……」
一瞬目を離した隙にマーティンは姿を消していた。
急いで窓下を確認に行くが、ぼんやりと浮かぶ街の光の中にマーティンの姿は無かった。
「くそっ、逃したか」
アウルに近寄り左腕へ治癒魔法をかける。
「……コトミ、ありがとう」
「逃すなんて何やっているの。全然ダメだね」
「うっ……」
バツの悪そうに顔を背ける。
「でもまぁ、無事で良かったよ。あまり無茶しないでね」
「コトミ……うんっ」
数分かけて左腕を完治させる。
「また服が血塗れになっちゃった……」
「ルチアちゃんに心配されちゃうね」
この子はホント怪我が絶えないね。
私も人のことは言えないけどさ。
変な心配をしながら、曲がった廊下の先にある扉へと向かう。
 




