9 銀行強盗へ遭遇
エリーさんが来てから一年ほどたった。
小等部四年生から五年生に変わったけど、特に生活自体は変わっていない。
両親からはたまに連絡が来るけど相変わらず忙しそうにしている。
まぁ、やりがいがあるようで重畳。
エリーさんとは仲が悪いわけではないけどあまり会話は無い。
嫌われてはいないみたいだけど、どうも深入りしてこない性格らしい。
私としても詮索されたくないことが多いから、それはそれで助かっている。
ちなみに、こちらの世界の十一歳はまだ子供扱いで勉学に励むのが仕事だという。
もともといた世界では十二歳で一人前だったのに、この世界では十八歳で成人だと。
未成年という理由だけでいろいろと制約があるのは如何なものかと思うが……。
前世から数えると私も、もうアラサー……ってイカンイカン。今はまだうら若き乙女だ! 少々若すぎるけど……。
そんなわけで本日も学校は終わり。
私の通っている学校は小中高大一貫の学校であり、小さい子供から成人した大人までが通っている。
いつもの通いなれた通学路。
小等部は上の学校よりも早く授業が終わるため、人はまばらである。
「さて……今日は何をしようかな」
一人暮らしとなってからは自由時間がさらに増えた。
エリーさんが家事全般をこなしてくれているから、私のやることがほとんどない。
土日は私がやることになっているけど、平日は隔日で来てくれているから、正直手持ちぶさたになっている。
贅沢な悩みというかなんというか、私も他の子供みたいに公園で遊んだり、ゲームをしたりすればいいのだけど、どうもなぁ。
流行りのゲームは剣と魔法の世界のファンタジー系?
既に経験しているよ。むしろどっぷりはまっていたよ。
実際に剣で戦いながら魔法を使っていたのに、バーチャルで同じようなことをする気にはなれない。
安全を担保出来ていることはメリットなんだろうけど……。
そんな事を考えながら信号待ちをする。
特に代わり映えのしない日常。
のんびりスローライフは送れている。
充実しているかどうかはさておき……。
信号が変わり、まばらな歩行者が横断歩道を渡り始める。
「あ、そういえば銀行に行って、お金を下ろしてこなきゃ。手持ちが少なかったんだ」
この世界のお金もテスヴァリルと同じく硬貨が基本となっており、金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、銅貨と順に価値が下がってくる。
ジュース一杯が、だいたい小銀貨一枚かな。
硬貨は嵩張るから、基本はカード払いが多い。
それでも現金が必要な場面というのは少なくないため、一応持っておく必要がある。
誰に説明するわけではなく、普段の通学路から外れ、商業ビルの一角にある銀行へ向かう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ……」
私は別にトラブルメーカーということはなかった、はず。
昔は確かに、車が突っ込んできたり、子供の怪我を治すことはあったけど、最近は平和な日々が続いていた。
続いてきたはずなんだけど……。
「はぁ……まいったなぁ。めんどくさいことに巻き込まれちゃったね」
隣の少女が話しかけてくる。
宝石のように美しい碧眼と腰までのプラチナブロンドにホワイトイエローのワンピースを着た幼い少女。
歳は私と同じぐらい?
見た目だけで言えば上品な感じの子供だけど。
「早く終わってくれないかなぁ」
ため息と共に吐く、面倒くさそうなセリフは年齢に似合わず達観しているように思える。
部屋の隅っこで座らせられている私たち、その他大勢。
いわゆる人質ってやつ。
「ごらあああぁぁぁ!! 金を用意せんかいっ!!」
銀行強盗である。
「そうだね」
犯人に会話を聞かれたら余計面倒だから短く返す。
治安がいい国のはずなのに、いきなり強盗とか勘弁しちゃう。
はぁ……。
私も同じようにため息をつく。
学校帰りに銀行へ寄っただけなのに、なんで巻き込まれているんだろう。
「巻き込まれ体質なのかな……」
そんなことを一人つぶやく。
周囲を見ると、みんな伏し目がちに縮こまっている。
職員の人も含め人質は全部で七人、そのうち二人が私たち。
他の人たちはうまいこと逃げられたらしい。
咄嗟に私も逃げようとしたけど、この子が残っちゃったし。
さすがに子供を見捨てるわけにはいかないしね。
ちらっ、と横目で彼女を見る。
他の人たちと違って、面倒くさそうにしながらも強盗犯から目を離していない。
何者なんだろうか。
見た目は普通の子供だけど。
彼女がこちらを見る。
「ねぇねぇ、キミ落ち着いているね。怖くないの?」
またか……。
「そういうあなたこそ。大丈夫なの?」
「うん。ワタシはこれくらい平気!」
なぜに自信満々に親指を立てる。
これはきっと残念な子なのだろうな。
そうか、そうだね。そう思うようにしよう。
失礼なことを考えながら前を向く。
強盗犯が何やら外と話をしている。
「金寄越せ」「車寄越せ」「人質連れていく」などなど。
うーん、そろそろ何とかしないとダメかぁ。
隣の彼女を横目に、どうしたものかと考え……え?
彼女が何やらもぞもぞとやっていることには気がついていた。
あまり気にしていなかったけど、彼女の手には、小型の……銃、だよねぇ。あれは。
色はなぜかピンクだけど。
って、子供は銃を持てないんですよー。法律違反ですよー。
そんな心の抗議は聞こえるはずもなく、彼女はスカートの中に手を入れ、ピンク色の筒を取り出した。
スカートの隙間から何か見える。
あれは……ホルスター?
あそこに隠していたのか。
確かに子供とはいえスカートの中まで確認されないしねぇ。
いい隠し場所だねぇ。って違うでしょ……。
彼女は喜々としながら取り出した筒を銃の先端に付けて……あぁ、消音器か……。
なんで子供がそんなもの持っているの!
しかも、消音器って完全に音を消せないから、室内だと撃ったことが確実にバレる。
突っ込みどころ満載だ。
こんな状況でモデルガンなんて取り出すはずもないだろうから、本物なんだろうなぁ。
わざわざ服の中に隠すぐらいだし。
一応声かけとくか……。
「あ、あの……」
「しーっ」
人差し指を口に持っていき、『静かに』のポーズ。
「…………」
頭を抱える。
もう、なる様になれ……。
彼女は壁を背に座り直し、片膝を立て、伸ばした手をそこに添える。
そのまま片目をつむり、狙いを定めている。
反動に備えるため壁を背にするとか、狙いを定めるのに膝使うとか、慣れてる。
徐々に引き金を絞り――気の抜けた発砲音と、スライドが後退した時の衝突音が響く。
銃弾は強盗犯の手元、銃を手ごと弾き飛ばした。
「んぐあぁぁっっ!?」
強盗犯は何が起きたか理解できておらず、手を押さえながら銃が飛んで行った方を見ている。
その間に――、
「「「公安だ!! 動くな!!」」」
ドタバタと人が流れ込んでくる。
周囲を見渡すと、他の人たちはうつむいており、何が起きたかわかっていないようだった。
あの子は……こっち向いてウインクしているよ。
ピースサインすんな。無茶苦茶だわ。
さすがに銃はホルスターに仕舞っているようだったけど……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
犯人の身柄が拘束され、人質になっていた人たちも体調チェックされながら表へ歩いていく。
「君たちも大丈夫かい? 親御さんたちはどこだ?」
「私は一人。えーと……」
「ワタクシはお母さまと一緒にきておりますわ。恐らく外にいるかと」
ん……? んん?
「そうか。とりあえずは大丈夫かな。申し訳ないけど、一旦は公安局の方で話を聞かせてくれるかい?」
まぁ、仕方ないよねー。ささっと終わらして帰ろう。
案内されるがまま、別々の車両で公安局に向かう。
そういえばさっきの子、雰囲気が変わったような気が……。気のせいかな。
ちなみに、公安局行ったけど特に何もなかったよ。
ご飯とか出なかったし。意外と何も出なかった。
このご時世だからかな……。
喉乾いたって言ったら水道水が出たよ。くそ。
なになに……? 両親に迎えへ来てもらえ?
仕事でこの国にいないよ!
それでも迎えが必要?
仕方がない、エリーさんに来てもらうか……ごめん、エリーさん。
 




