89 <もう一人の転生者>
アウルはこの世界でコトミと初めて出会った日、戦った日のことを思い出していた。
あの日、男たちに呼ばれ付いていった場所では、既に戦いが終わっていた。
倒れている男たちを見ると、見知った顔ばかりである。
相手は誰か――。顔を上げると少女が二人、立ちすくんでいるように見えた。
ツバを飛ばしながら叫ぶ男が言うには、黒髪の少女一人の仕業らしい。
少し興味を持ったが、自分の考えとは関係なく、やることに変わりは無い。
子供と戦うことに抵抗を覚えたが、雇われの身であったため、仕方なく男の指示に従い剣を振るう。
いつもどおりの簡単な仕事だと思った。
――だけど、彼女は普通の子供と違っていた。結果、後れをとってしまった。
油断していたとはいえ、負けたことに少なからずともショックを受けた。
煙幕に隠れ、いったん撤退することとなったあと、男たちと合流することはせず、いつもと同じようにルチアの待つ家に帰ることとした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スラム街の朽ちかけている建屋の一室。鍵をポケットから出し扉を開く。
錆び付いた扉が嫌な音を響き渡らせるが、いつもの音と気にもとめず、家の中に入る。
「あ、お姉ちゃん。おかえりなさい」
「うん。ただいま。体調はどう?」
中は明るかった。
後ろ手に扉を閉めながら声のした方に視線を向け、ベッドに寝ている双子の妹――ルチアへと声をかける。
「今日はね、調子がいいの」
そう言いながらルチアは身体を起こす。
「あぁ、ダメだよ寝ていないと」
小走りでルチアのもとへと向かい、身体を支える。
「もう、心配性だなぁ。今日は大丈夫だよ。いつもより元気。それに、寝たきりだと逆に身体を悪くしちゃうよ」
「それならいいけど……」
まだ、半信半疑ではあるが、ルチアの顔色は悪くない。
(確かに、あまり寝たばかりだと、体力も衰えていくか)
「あまり、無理しないでね」
「は~い」
頭を撫でると、ルチアは気持ちよさそうに目を細めた。
そんなルチアに思わず笑みをこぼす。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この部屋に住み始めてどれぐらいになるだろうか。
アウルとルチアとの二人暮らし。
隣の国――ヘルトレダ国にいたときは両親も健在で学校にも通っていた。
裕福とはいえないけど、家族が笑顔でいられる程度には両親の収入もあり、普通の生活を送れていた。
ルチアもその時は元気だった。……あの時までは。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん? なぁに?」
考え事をしていた頭を切り替え、目の前のルチアへと視線を向ける。
「お姉ちゃん……怪我をしているの?」
「……っ、ちょっとだけね。でも、どうしてわかったの?」
「うん、いつもと違って、手の動きがぎこちなかったから」
……コトミ・アオツキ、怪我の原因となった子供をアウルは思い出す。
見た目は明らかな子供なのに、まるで子供らしさを感じさせない戦闘センスがあった。
アウル自身もそこそこの戦闘力はあると思っている。
そのアウルと同格……いや、彼女は、本気ではなかった。
もし、本気を出していれば負けていたのはアウルかもしれない。
事実、最後の攻撃は不意を突かれ、一撃を食らってしまった。
あいにく、途中で邪魔が入ってしまったため、仕切り直しとなったが。
それに、途中で消えたように見えたあの技は――。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「っ……ごめんね。ちょっと考え事していて」
「お仕事、大変かな。ごめんね……わたしも働ければいいんだけど」
「ルチア……。ううん、いいんだよ。お姉ちゃんは、ルチアが元気でいてくれれば、それだけでいいんだ」
泣きそうになっているルチアを引き寄せ、抱きしめる。
(そうだ、いくら相手が強くても、勝てる可能性がなくても、これしかないんだ。戦うことしかできない。戦って、勝つしかないんだ)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めたときは夢かと思った。
目が覚めたのに夢って、おかしいことを言っているとは思ったけど、まるで夢の中で起きているような出来事だった。
今も、本当は夢なんじゃないかと思っている。
別の世界に生まれ変わったと気づいたのは、生まれて半年ほど経ったあとだった。
最初は目が見えなく、音もちゃんと聞こえなかったから、世界が違うってことが分からなかった。
快適だったし、人の気配もいっぱいあったから、てっきり貴族にでも生まれ変わったのかと思った。
半年ほど経って、目がうっすら見えるようになってからは衝撃の連続だった。
最初に驚いたのはテレビや電化製品の数々、外に行けば車や電車、飛行機なんて乗り物もあった。
治安は……テスヴァリルにいたときとあまり変わらなかったと思う。
この国は違うのだろうけど、生まれた国――ヘルトレダ国は内乱や戦争が頻繁にあった。
生まれ変わった世界では魔物がいない分、人間同士の争いが激しく、毎日のように人が死んでいった。
戦い方も、剣や魔法ではなく銃や戦闘機、化学兵器などが使用されていた。
前の世界――テスヴァリルで身につけた能力は生まれ変わってからも使えたけど、一人で大人数相手に太刀打ちできるほどではなかった。
それでも、自分自身と家族を守れる能力を持てたことは幸いだったと思う。
――それが自惚れと気づくまでそんなに時間はかからなかった。
生まれ変わったこの世界でも、同じく無力だった。
結局、両親は守れず、妹と共に命からがら逃げ出すことしか出来なかった。
戦争に巻き込まれ、そのままこの国へと逃れてきた。
幸いにも子供の難民ということで面倒な手続きは省略し、市民権を得ることが出来た。
ただ、その後の生活は楽ではなかった。
それでも大切な妹と一緒にいられることは何よりも幸せだった。
成人するまでは保護施設で生活できると知らされていた。
……だけど、九歳になろうというときに、妹の体調が崩れた。
医者に診てもらったけど治療法どころか、病名さえわからなかった。
少しずつ衰弱していくルチアは、普通に生活することも難しくなってきた。
施設の人に入院を勧められたけど、離ればなれになるのが嫌だった。
それはルチアも同じ気持ちで、二人で生きていこうと決めた。
入院したとしても治療法があるわけでもなく、経過観察しかできないからだ。
これからは自分たちで治療法を探しながら生きていく。
仮に、治療法が見つからなかったとしても、最後までルチアのそばにいたい。
いつからか、そんな覚悟を決めるようになってきた。
ルチアもなんとなくわかっていたのかもしれない。
自分が……長く生きられないことを――。




