88 救えた命
その後、部屋に入った私たちは濡れた服を脱ぎ、着替える。
さすがに代わりの服はもってきていないから、アウルの服を借りる。
……これは寝巻きか?
全身をそのまま包み込むような服……と言うより、着ぐるみみたいだな……。
贅沢を言っていられる状況じゃないから、受け取った服にとりあえず着替える。うぅ……下着までびしょ濡れだ。
ルチアちゃんもアウルとリンちゃんの二人がかりで服を脱がし、濡れた身体を拭く。
私は危ないから手を出すな、って、人を危険人物みたいに言わないでよ。まったく。
この家にドライヤーなんて無いから魔法で髪と身体を乾かす。
電化製品どころか電気さえきていないのかな。
灯りも部屋の中で灯っているロウソクだけみたいだし。だいぶ苦労していたんだね。
三人とも髪と身体を乾かし、借りた服に着がえる。
濡れた服は合間に乾かしていく。
ベッドに寝かせたルチアちゃんの呼吸が安定していることを確認してからアウルが口を開く。
「あれって、やっぱり魔法だよね。ルチア、使えたんだ」
「うん、アウルが使えなくなったって言っていたから、もしかしたらと思って。辛そうにしていたのも魔力過多症のせいだね。治癒魔法の魔力に反応したのも、ね」
「魔力過多症? あまり聞いたことが無いけど……」
ルチアちゃんの頭を撫でながら、アウルが困惑の声を上げる。
「うん、魔力というものは一杯になっても普通は自然に放出されるんだけど、稀に溜め込む体質の人がいるの」
テスヴァリルじゃ、ほとんどの人が魔法を使っていたからあまり発症例はなかったんだけどね。とは言えない。リンちゃんもいるし。
ルチアちゃんに目を向ける。
先ほどとは打って変わって穏やかな寝息を立てている。
「ただ、一般的に魔法なんてものは無いと思われているから、魔力過多症になっても気づかないし、対処も出来ない。当然、科学の分野でもないから検査してもわからないしね」
「ルチアは、もう、大丈夫なの?」
ルチアちゃんの髪をすきながら不安の声を漏らすアウル。
「うん、魔力過多症は体質的なものだけど、自覚してきちんと対処すれば命に関わるものじゃないからね。魔法の使い方とかは私が教えるよ」
「そっか、よかった……。コトミ、ありがとう」
アウルの目から涙が溢れる。
「別に……あんたは別として、ルチアちゃんを助けたかっただけだからね」
「あはは、相変わらずだね。でも、ありがとう」
「ふん、あんたは涙もろくなったね」
「……辛いことが多すぎたからね」
「アウル……」
そのまましばし無言の時間が過ぎる。部屋の中の雰囲気は先ほどとは違い、ゆったりとした空気が流れている。
ホント、原因が分かってよかったよ。
さて、幸いにもルチアちゃんは寝ているし……って、別にルチアちゃんが怖いとかそんなことではないよ?
そう誰に言い訳するでもなくひっそりと思う。
「アウル、教えて。いったい何が起きているの? 血まみれで倒れていたこともそうだけど、リンちゃんを狙ったことも、何か関係しているんでしょ?」
重い口を開き、そう問いただす。
「……うん。でも、リンさんを狙った理由は正直わからないの。私は言われたことをやっていただけだから」
さっきも言っていたけど、アウルは雇われ用心棒のようなことをさせられていたのかな。
私がいなければ一回目の襲撃で事が済んだだろうから、アウルの出番は無かったのかもしれない。
いまさらながらリンちゃんに付いてきてよかったよ。まったく。
「さっきはコトミたちと別れてから社長のところ……私の務めているエスドラスという会社に行ったの。もう、こんなことはやめようと思ってさ。久し振りにコトミと会って、昔を思い出したから……」
あはは、とアウルは力なく笑う。
「あんまり想像したくないけど、ルチアも長くは持たないだろうと思ってね。せめて最後は一緒にいてあげようとしてさ。……でも、コトミに助けられた。……本当にいつもありがとう」
素直にお礼を言うアウルから顔を背ける。
「別に、これぐらい大したことはない」
横を見たらリンちゃんが口元へ手を添えてニマニマしているし。なんだよ。
「あはは、それでもありがとう」
「ふんっ」
でもまぁ、みんな無事でよかったよ。
チラッとルチアちゃんの方を見ると、よく眠っているようで、スヤスヤと一定のリズムを刻んでいる。
「アウル、その会社の親玉はどこにいるの?」
「えと……、街の中心街近くにある三十階建てのビルがそうだね。オフィスビルだけど、最上階を社長の家にしているから、今もそこにいると思うよ?」
「そっか」
壁に干してある自分の服を手に取る。
温風を当てておいたから既に乾いているし、これなら着られるか。
「どこへ行くの? ……まさか」
「うん。ちょ〜っとお話ししてこようかな、って」
「なっ! ……あそこの警備は厳重なんだよ? いくらコトミでも一人じゃ……」
「それでも、相応の報いは受けてもらわなきゃね」
なんせ私の友達に手を出したんだ。
平静を装っているけど、正直冷静ではいられない。
……ぶっ潰してやる。
内心憤りを感じており、恐らく手加減はできない。
服を着替え、いつものコートを収納より取り出し羽織る。
「待って……」
アウルに引き止められようとしたところで――。
「んぅ……おねえ、ちゃん?」
「ルチア!? 大丈夫? 体調は? 気分は? どう?」
「……もう、いきなりいっぱい言われてもわからないよ。……でも、今までの辛さが嘘のように消えている」
ゆっくりと、確かめるかのように身体を起こすルチアちゃん。
「うん。起きるのも楽。身体がとても軽くなった気がする」
「よ、良かったぁ〜」
アウルがその場に崩れるように地面へと腰を下ろす。
「コトミさん、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」
「そんなのいいよ。やりたくてやっただけだからさ。それで元気になってくれれば、私も嬉しい」
「コトミさん……はいっ」
「コトミ、私からもあらためてお礼を言わせて」
「アウルは気持ちだけじゃ足りないから、行動で示してね」
「私だけなんか厳しく無い!?」
くすくすくすと笑うルチアちゃん。
でもまぁ、ホント助けられて良かったよ。
そこには重苦しい雰囲気など存在せず、仲のいい姉妹が笑い、幸せそうにしていた。




