87 新たな魔法少女
「ねぇ、コトミ。お願いがあるんだけど」
どの魔法を使おうかと頭を悩ませていたところ、アウルから声をかけられる。
「あらたまってどうしたのさ?」
「え……聞いてくれるの?」
なんで呆気に取られているのさ。さすがに失礼じゃないか?
「昔のことみだったら話を聞かずに『嫌』って一言だけだったのに……」
……確かに。昔の私だったらそうかも。なんでだろうな。
この世界に来て変わったのかな?
ただ単に歳を重ねただけかもしれないけど。
「コトミが丸くなった」
おい。
「アウルも変わったでしょ。昔はうるさかったのに、今じゃ大人しくなっちゃって」
「あはは、お互い何年も会ってないからね」
「まぁ、また会えるとも思ってなかったしね」
正直嬉しい気持ちはあるけど、さすがに恥ずかしいからそれは言わない。
「うん……積もる話もあるんだけどさ。それはまた今度にしよう。それで、お願いなんだけどルチアに治癒魔法をかけて上げられないかな?」
ん?
「それは……別に構わないけど。アウルも魔法は使えなかったっけ。昔、使っているの見た気がしたけど」
「えっ……? お姉ちゃんも魔法を使えたの?」
ルチアちゃんが声を上げて驚く。
あー、さては説明していないな。
「つ、使えないよ。コトミが使えることは知っているけど、私は使えないの」
アウルが焦ったように取り繕う。
こっちを見て、目をバチバチやっているけど、どうした? 目にゴミでも入ったのかな。
それより魔法が使えない? んー?
まぁ、それはあとで聞くとして、とりあえず今は……。
「ルチアちゃん、ごめん。私の勘違いだったかも。だからね……アウルをいじめないでくれる?」
据わった目を向けていたルチアちゃんが戻ってくる。
「別にいじめていませんよ。まだ内緒にしていることがあるのかな? って思っただけで」
……あるね。あるんだけどまだ言えないよね。
いや、いつか言うかどうかもわからないけど、少なくとも今はまだ……ね。
とりあえずルチアちゃんをなだめてアウルに向き合う。
「アウルの言いたいことはわかったよ。ルチアちゃんに治癒魔法をかければいいの?」
「うん……さっきも説明したけど、ルチアの体調が魔法で少しでも良くなってくれればと思って」
なるほど。
治癒魔法は外的要因の損傷だけじゃなく、内部要因――例えば病原菌が原因で内臓が傷ついたとしても治せる。
ただ、病原菌や病巣を排除したり出来ないから、根本的な解決にはならないけど。
いつかはそういう治癒魔法を使えればいいな。
前世では病原菌やウイルスなんて概念が無かったから、そこまでの魔力操作ができない。
この世界に来てからいろいろと勉強しているけど、まだまだ学ぶこともあるし、あと回しになっちゃっている。
でもまぁ、こういうこともあるし、一段落したらいろいろと試してみてもいいかな。
「わかった。それじゃあルチアちゃん、いいかな?」
ベッドで上半身を起こしたルチアちゃんの肩と額に手を触れる。
「は、はい。お願いします」
「そんな身構えなくてもいいよ。どこまで治せるかはやってみないとわからないしね」
「はい……」
まだガチガチに緊張している。
まぁ、治癒魔法をかけるだけだし、とりあえずやってみようか。
念の為、効果を絞って……。
体内の魔力が手の平に集まるのがわかる。
最低限の魔力を操作しながら治癒魔法へと変換させていく。
治癒魔法が発動しようとした瞬間――。
「……うぅっ」
目をつむって身構えていたルチアちゃんから苦悶の声が上がる。
「ルチア!?」
すぐに魔力の供給を止めて治癒魔法を停止させる。
だけど、ルチアちゃんは辛そうな表情でうずくまっている。
「ルチア! 大丈夫!?」
「おねえ……ちゃん……」
辛そうな表情を見せたルチアちゃんから力が抜ける。
ベッドから落ちないよう支え、ゆっくりとベッドへ横にさせる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
苦しそうに呼吸をするルチアちゃん。
一体何が?
治癒魔法発動のために、手の平――ルチアちゃんに向けて魔力を集中させ、治癒魔法発動直前に苦しみだした。
魔力を集中させた直後……ん? 魔力?
「ルチア……一体どうして……」
悲痛な言葉を漏らし寄り添うアウルに話を聞く。
「ねぇ、アウル。ルチアちゃんが体調崩したのはいつ頃から?」
「え……? どうしたの、急に」
「大事なことなの。教えて」
珍しく真剣な表情をしていたからか、アウルが息を呑んで素直に答える。
「ええと……二年ほど前から、かな。最初は息切れ程度だったものが、段々と呼吸するのも辛くなって来て、最近はまともに動くことも出来なくなってきたの。さっきも言ったけど原因は不明。いろいろな病院で検査したけど、何も異常が見られなかったの」
私の脳裏に、とある症状が思い浮かぶ。
発症し、少しずつ消耗していく症状。
アウルが魔法を使えなくなった理由。
私の治癒魔法――正確には魔力に過敏に反応した。
考えられることは――。
「お……ねえ……ちゃん……」
「ルチア! 大丈夫!?」
目を覚ましたルチアちゃんに寄り添うアウル。
手を握り、必死に呼びかける。
「……ごめん、お姉ちゃん……わたし、もう……」
「――っ、そんなこと言わないで。ルチアがいなくなったら私は……」
肩が小刻みに震え、絞るように声を出す。
……もう、あまり時間が無い。
あの子がいれば、この問題も解決したんだろうけど。
無いものねだりをしても仕方がない。
荒療法になるけどやるしかない。
「アウル、私に考えがある。信じて、任せてくれる?」
「コトミ……?」
目に涙を溜め、見上げるアウル。
「……うん。今まで何度も助けてくれたから、今回もコトミを、信じるよ」
決まりだね。時は一刻を争う状態。
「ルチアちゃん、辛いと思うんだけど、起き上がれる?」
「コ……トミ……さ、ん?」
虚な目を彷徨いさせながら返事をする。
「アウル、手伝って」
ルチアちゃんを支えながら身体を起こす。
「コトミ、どうするの?」
「ここじゃ危ないから外に出るよ」
「外って、ルチアの身体が持たないよっ!?」
「アウル。私を信じて」
「――っ」
無言でうなずき、ルチアちゃんをベッドから担ぎ合うように立たせる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ルチアちゃん、もう少し我慢してね。
支えている身体は燃えているかのように熱くなっている。――急がないと。
ゆっくりとだけど、一歩一歩進む。
ルチアちゃんは視線が定まらず、意識が有るのかも定かでは無い。
もう少し。もう少し頑張って。
緊迫する空気の中、リンちゃんに扉を開けてもらい外に出る。
相変わらず外は暗闇に染まっており、扉から漏れる光で辛うじて目の前が見える程度だった。
少しだけ入り口より離れる。
「ルチアちゃん」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
声をかけると、わずかだけど視線がこちらに向いた。
アウラに頼み、ルチアちゃんの右手を前に向けさせる。
「右手に意識を向けて。なるべく強く、身体中の熱を、暴れる力を、全て右手に集めて」
伝えた内容をなんとか理解してくれたのか、視線を前に向け、支えられている手の平を開く。
ルチアちゃんの身体を流れている力が右手に集まるのがわかる。
この子に触れて、魔力の干渉を受けたから、今ならわかる。
「辛いだろうけど、こう唱えて『ウォーターボール』……と」
「はぁ……はぁ……ウォ……ター……ボー、ル」
直後、右手に集まっていた力が、唱えた言葉をトリガーとして、非科学的な現象へと姿を変える。
水が、通路を全て覆うような水球が、目の前に顕現する。
「これは……」
アウルが驚愕の言葉を漏らす。
ルチアちゃんは……あ、意識を失っている。
「やばっ」
術者を失った水球は支えている力を無くし、そこで爆ぜる。
通路全部を覆い尽くすような水が津波のように襲いかかってきた。
「あばばばばっ……」
――っ、ルチアちゃん!
流されないようしっかりと抱きしめる。
突然の津波に身体を持っていかれ、地面や壁に身体をぶつけ続ける。
……あいたたた。
数秒後、流れの落ち着いた所で、治癒魔法をかけながら立ち上がる。
「ルチアちゃん、アウル、大丈夫?」
ルチアちゃんは意識を失っているが、先ほどのような身体の熱は無くなり、呼吸も安定しているように感じる。
「コトミ、これは……?」
アウルも同じようにびしょ濡れになっている。
「とりあえず、部屋の中に入ろうか」
閉まっている扉が嫌な音を鳴らしながらゆっくりと開く。
「うわー、凄いことになっているね。三人とも大丈夫?」
リンちゃん……咄嗟に扉を閉めたのか。さすがだね。




