80 少女強襲
リンちゃん家への帰り道、黒いフードを被った小柄な人物が前を塞ぐ。
咄嗟にリンちゃんを背中に庇い警戒する。
フードの奥深くには鋭い双眸が――。
「昨日の少女……?」
見覚えのあるソレは、連日路地裏で刃を交えた女の子だった。
「……?」
少女は踵を返し離れて行く。
……ついて来いってことかな。
「コトミ、大丈夫なの?」
「うん、任せて」
肩越しにリンちゃんから心配そうな声がかかる。
気がかりなことはあるけど、この子とはもう終わりにしないと。
前を歩く少女に後ろから付いて行く。
そのまま路地裏に入り、奥へと進む。
何箇所かの角を曲がったところで、少女がフードを外しこちらへ振り向く。
「よく、逃げずに付いてきたね」
「奇襲を受けるより、正面から来てもらった方が戦いやすいしね。そっちこそ大丈夫なの?」
「減らず口を……。今日で最後にする」
少女はコートを脱ぎ捨て、帯剣していた剣を引き抜く。
「それはこっちとしても望むところだよ」
両手に短剣を構え、姿勢を低くする。
「コトミ……」
「大丈夫だよ。リンちゃんは少し離れていてね」
「うん……」
――この感覚が懐かしい。
この世界に来てから全力で力を振るうことは無かった。
危険なことが少ないというのもあるけど、魔法というこの世界では反則的な力を持っているおかげで、危機的状況に陥ることがなかった。
身体能力は他の子供たちと遜色ないけど、魔力や動体視力、反射神経は以前のまま引き継がれている。
それは十年以上経ったとしても衰えていない。
逆に若返って年月を重ねた分、熟練度が上がっていると言ってもいい。
その力が、いま全力で振るうことができる。
震える心を表に出さないよう、構え――動いた。
考えるよりも先に身体を動かす。
数歩で目の前まで迫った少女からの一閃、両手の短剣で勢いそのままに受け止める。
あえて力を逃さず、全身で受け止めながら、勢いに任せて後ろに吹き飛ぶ――ように見せて、
「転移」
力一杯振り切った少女の背に回る。
上からの体重を乗せた一撃を両手で繰り出す。
ガギン、と金属同士の甲高い音が響く。
「雷撃ッ!」
間髪入れず魔法による追撃。
短剣を通した一撃が少女を襲う。
「ふっ――」
一息、受け止めていた短剣を払いのけ、雷撃ごと私へ切り掛かる。
「ちっ」
咄嗟に左手の短剣で受け止める。
体重の軽い私じゃ重たい一撃を受け止め切ることが出来ず、身体が宙を舞う。
少し心配ではあったが、無理な体勢で受け止めたこの一撃でも、短剣は耐えてくれた。
ちゃんとした短剣を借りていて良かった。
ありがとう。
心配そうに見守っているリンちゃんに、感謝の視線だけを送る。
意識を戻し空中で体勢を整える。
収納を利用し、両手の短剣を投げナイフへと瞬時に切り替え投擲。
追撃のために距離を詰めてきた少女は足を止め、切り返した刃で弾き返す。
時間差で投げた両手のナイフを弾き返すため一瞬の隙が出来る。
その隙を見逃すことなく、地面に着地すると同時に跳躍を利用し、少女の懐へ飛び込む。
地面スレスレからの切り上げに、少女は身体を逸らし回避する。
振り抜いた勢いそのままに、身体を回転させ左手の短剣で追撃。――硬い金属音。
「なかなかやるね」
受け止められた短剣はびくともしない。
「ちっ」
跳躍で一旦距離を取る。
「今度はこっちからいくよ」
地面を蹴る音と共に少女が目の前に迫る。
下から突き上げられる剣を短剣でいなし――かわす。
剣筋を途中で変え、横薙ぎに払うよう追撃の剣先が迫ってくる。
もう一本の短剣を叩きつけるように振るい、迫る剣筋を強制的に変える。
――速いっ!
追いつくようにもっと速度を上げる。
振り下ろし、切り上げ、突き払い、横に薙ぎ払う。
剣を振るわれる度に、それに相応するようこちらも振り返す。
相手の二倍の手数だと言うのに防戦一方になってしまう。
もっと! もっと早く!
全身の血液が沸騰しているような錯覚の中、目の前の少女にだけ集中する。
魔力は全て全身に巡らせ、いつも以上に身体を酷使する。
明日は筋肉痛確定だね!
半ばヤケクソの中、投擲用のナイフ二本も攻撃に参加させる。
少女の攻撃をいなす合間にナイフで切りかかる。
弾かれると同時に短剣に持ち替え少女の攻撃を防ぐ。
防戦一方だったものが手数を増やし、やっと均衡してきた。
――このまま押し切る!
強く踏み込み、攻撃の間に出来た隙へ向けて一閃を振るう。
「――っ!」
だけど、その剣は少女に届くことがなく、空振りする。
――え?
確実に捉えたと思った短剣が鮮血と共に飛び散っていく。
「コトミッ!!」
何が起きたかわからないまま本能に従い、少女から距離を取る。
弾かれ飛ばされた短剣が――音を立てて落ちる。
「はぁ……はぁ……はぁ」
左腕が焼けるように熱い。
視線を落とすと、少女の一撃を受けたからか、痛々しいほどにパックリと裂けている。
すでに治癒魔法は発動しているけど、傷が深く血が止まらない。
魔力を治癒に当てているから、身体も非常に重い。
「力は無いけど速度はある。身体の動きも悪くはない。魔法の使い方もうまい。ここまで戦える子と出会ったのは久しぶりだよ」
少女は剣を鞘に納め語り続ける。
「それでもキミはわたしに勝てないよ。もっと、早く、強くないと」
遠くを見るように上へと視線を向ける。
「だから、ここで殺されて」
少女が地を蹴る。
ちっ――心の中で舌打ちをしながら右手の短剣で少女の剣撃を防ぐ。
――重い!
横薙ぎに続き、上からの振り下ろし。
両手で受けていた連撃を片手で受けなければならない。
正直キツイ!
左手が痛いけど治癒に充てる魔力も無いし。
このままじゃジリ貧――。
「しまっ――」
振り上げられた剣に持っていた短剣が弾き飛ばされる。
「くっ――障壁!」
咄嗟に障壁を張るが――。
「無駄だよ」
ガラスの砕けるような音と共に障壁が消滅し、切り返した剣先が右肩より袈裟斬りに入る。
「コトミーーッ!」
時間がゆっくり流れる感覚で身体が宙を舞っている。
限界を超えた身体が悲鳴を上げており、身体の力どころか、魔力さえまともに練れない。
地面に打ち付けられる感覚を遠くに感じながら、命が失われていくのがわかる。
「コトミ……う、そ……」
「よく頑張った方だと思うよ。だけど、私相手じゃ無理だったね」
砂を踏みしめる音がやけに大きく聞こえてきた。
「来ないで!」
「リーネルン・ペリシェール、キミには悪いけど一緒に来てもらうよ」
リンちゃん……。
私は……こんなところで……。




