8 小等部に入学
それから日々を平和に過ごし小等部一年生となった。
義務教育とやらで学校へ通うという。
生活環境は……まぁ、あまり変わらない。
両親の働く時間がさらに延びているぐらいである。
今まで母さんがつきっきりで育児をしていたけど、小等部入学を機にフルタイム勤務へと戻したらしい。
両親曰く、『コトミは一人でも大丈夫だろう』とのこと。
何が大丈夫かはさておき、一人の時間が増えたことは喜ばしい。
「今まで試せなかったこともあるし、ちょうど良かったかな」
この世界に生まれ変わってから、何度か魔法を試みたことはある。
治癒魔法はそれなりに頻繁に使っていた。
紙の端で切った時とか、あれは地味に痛いからすぐ治す。
能力の無駄づかいと言われそうだけど、あるものは使わなきゃ損だし。
それ以外の魔法も試したことあるけど、さすがに目立つ真似はしたくないからごく僅かにしか試せていない。
「久しぶりに全力でやってみようかな」
全力と言っても私の魔力量は多くないから、たかが知れているけど。
さて、やってきました家の近くの公園。
ここには自然がそのまま残っているエリアがある。
そこの小さな森の中に入ってみた。
前世と違って危険な魔物は居ないけど、シカとかクマならいるのかな?
まぁ、街に近いところには近づかないだろうけど。
「さて……と」
何から試そうか。
さすがに森の中で火は使いたくないしな。
手の平を前にかざし魔力を練る。
イメージを固め――、
「水球」
目の前に球形の水が現れ、ゆっくりと飛んでいく。
魔力は多く注いでいない。
見慣れた水球が数メートル飛んでいった所で木にあたりはじける。
「うん……あまり変わらないかな」
一旦残りの魔力を体外へ拡散させ、その後体質を利用し魔力を全快させる。
普通は魔力を無駄遣いしないけど、私の場合、中途半端に残った魔力は邪魔にしかならない。
「次は魔力を全て注ぎ込んで……水球」
先ほどより数倍に膨らんだ水球が目の前に現れる。
「魔力全部を水球に注ぎ込むことはあまりやらないけど、まぁこんなものかな」
そもそも、水球が役に立つのは飲み水用か火消しのためにしか使わない。
先ほどよりも爽快に飛んでいった水球は同じ木にあたると弾け、大きな水溜まりを作った。
「次は、風かな」
今度は木の傍に立ち、同じように魔力を練って魔法を唱える。
「風槌」
空気が圧縮され飛んでいくように押し出される。
目の前の木に当たると同時に、破城槌で叩いたような重低音が響き、表面を陥没させる。
「今まで空気を飛ばしていると思ったけど、厳密には空気を押し出していることになるんだよね、確か」
この前読んだ科学の本に書いてあった気がする。
「そう思うと、軽い空気に威力があることも納得できる」
やっぱり科学はすごい。
「だいぶ弛んでいるし、感覚取り戻すためにも色々と試してみよう」
そのあとも、土の塊を飛ばしたり、氷を作ったり、お湯を出したりして、遊んだ。……遊んだ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日も外で遊んできたの?」
夕方、家に帰ると珍しく母さんがいた。
「水で遊んだり、土で遊んだりしていた」
手段や規模はともあれ、子供らしい遊びだと思う。たぶん。
「暖かくなってきたとはいえ、風邪をひかないように気をつけてね」
母さんはソファーに座り郵便物の整理をしていたようだった。
「うん、今日はお仕事終わったの? 珍しいね」
「たまにはねー」
そう答え、キッチンに向かう母さんを引き止める。
「たまに早く帰れたのならゆっくりしたら? ご飯つくるよ」
「……その誘惑やめない? せっかくやる気を出して、久しぶりに母親の味を出そうと思ったのに」
エプロンを手に取ってそのまま固まる母さん。
「もう既に受け継いでいるから大丈夫だよ」
「うぅっ……、そんなに簡単な味じゃないのに」
「毎日作っていたらさすがに覚えるよ。さ、どいてどいて」
自分のエプロンを身に着けながら母さんをリビングに追いやる。
前世ではろくな親孝行も出来なかった。
罪滅ぼしと言う訳ではないけど、いまはできる親孝行をやっていこうと思う。
……ただ単に母親のプライドを折っただけではないと、そう信じたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
平和だった。
その後も特に代わり映えなく、のんびりまったりスローライフを楽しんだ。
正直、刺激が少なく、物足りないと感じることも多々あったが、それでも第二の人生を精一杯楽しんだ。
このままのんびりスローライフ続けられるかな、って思っていた。
小等部四年生の十歳になったころ、両親の仕事が忙しくなってきたらしく、しばらく家を空けることとなった。
「コトミ、一人で大丈夫? 一緒に行くことも出来るけど……」
「そうしたら学校行けなくなっちゃうでしょ。私は大丈夫だから。お仕事頑張って」
いつもどおりに夕ご飯を作り、片付けをしている最中にそんな話を振られる。
「コトミ〜、パパは、パパは寂しいぞ〜!」
「パパは今までもほとんど家にいなかったでしょ」
「ぐはぁっ!」
自業自得だと思うのだが、私の一言で膝から崩れ落ちて、うずくまる父さん。
「もう、パパもママも二人とも自分で決めたことなんだからしっかりしてよ。お手伝いさんも来てくれるのなら、大して問題はないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「そうなんだが……」
大部分の家事は自分でやっていたこともあり、特に支障はない。それでも、未成年の子供を一人で残すというのは心配なのだろう。
「逆に二人が居なくなると、家事の量が減って楽が出来るんだけど?」
「うぅっ!」
「ぐはっ!」
今度は二人とも膝から崩れ落ちる。
まぁ、三人分の洗濯とかご飯の用意とか、自分一人の分で済むんだから楽になるのも当然だろう。
「コ、コトミはママとパパが嫌いなの!?」
両手を床に付きながら顔だけを上げて苦言を示す。
「嫌いじゃないし。育ててくれるのは感謝しているけど、これはこれ、それはそれ」
「わ、分かったよ……。潔く仕事に専念するよ……」
なんで無念そうにしているの? 自分たちで決めたことでしょうが……。
追い討ちするのも可哀想なので、その言葉を飲み込む。
正直、寂しい気持ちも無いことはない。
ただ、それ以上にそろそろ独り立ちしたいと思っていた頃でもあった。
この世界の十歳はまだまだ子供扱いなんだけど、中身はもう二八歳にもなるからね……。
そんなこんなで晴れての一人暮らしとなった。
と言っても、今までもほとんど一人で生活していたようなものだし。
変わらずのんびりスローライフを続けよう。
決めてから行動するのは早かった。
次の日にはお手伝いさんが挨拶に来ていたし、母さんたちも荷造りや準備を進めていた。
「エリーと申します。よろしくお願いします」
落ち着いた服装で現れた女性は、深くお辞儀をすると私へと視線を移す。
「よろしくお願いします。お願いしたいことは既にお伝えしているとおり家事全般ですが、基本的なことは娘がやることになると思いますので、やり残しがあった時や、出来なかった時にお願い出来ればと思います」
「娘さん……ですか。失礼ですが、おいくつで……」
「十歳になります。こう見えても、しっかりしている子なので、大丈夫とは思います」
「……」
眉をひそめ、私を凝視するお手伝いさん。うん、普通はそういう反応するよね。
どこの世界に十歳児を一人にして仕事をするのか。
いや、これが毎日帰ってくるならまだしも、ほとんど家に居ないとなると、いろいろとアウトな気がする。
「……わかりました。それでは明日から週三日で来させていただきます」
あ、再起動した。意外と受けてくれるんだ。
「ふふふ、お給金たんまり弾んだからね」
ボソッと、突然黒い話を耳打ちしてくる母さん。
何しているんだよ……。
怪しい所に頼んだわけじゃないよね?
大丈夫かな……。