79 束の間の休息
「……ふーっ、コトミお待たせ、一区切りついたよ」
「リンちゃんお疲れ様。大丈夫だった?」
「今のところは、って感じだね。パパたちの足取りを掴んで周囲の状況も見て回ったけど、特に問題はなかった。監視カメラの映像にも不審な点は無かったし、このまま何も無ければいいなぁ、とは思う」
……リンちゃんだけは敵に回しちゃいけないと思った瞬間だった。
引きつりそうな顔をなんとか抑え答える。
「そ、そっか。それじゃあ、お昼ご飯にする?」
「そうだね。待たせてごめんね」
リンちゃんと二人で食卓に向かい、昼食をいただく。
今日も二人だけの寂しい食卓となった。
「午後はどこに行こうか」
「んー、普通にウインドウショッピングする? 気になったお店があれば入ってもいいし」
「そうだね。街のこともあまり知らないし、案内してくれる?」
「もちろん!」
……やっぱり、リンちゃんは元気に笑っていた方がいいよ。
「ん? 何か言った?」
「なーんにも」
その後も他愛もない話で盛り上がりながら昼食は終わった。
今日は二人だけだ。
メイドさんたちは心配のようだけど、私がいれば問題はない。
さすがに超長距離からのヘッドショットには耐えられないけど、いきなり暗殺されることも無いだろう。
リンちゃんは生きているからこそ価値が出るのだろうし。
本人が聞いたら嫌な顔しそうだけどね。
そんなリンちゃんだけど、少し困ったことに。
「……人混みでもなんでもないのになんで手を繋いでいるの?」
そう、屋敷を出てからリンちゃんはずっと私の手を握っている。
「ん? 離れたら危ないからだよ。守ってくれるんでしょ?」
「いや、守るとは言ったけどね……」
なんだ? 変なスイッチでも押してしまったのか?
女の子同士とはいえ、さすがに恥ずかしい。
……でも、まぁ、リンちゃんが元気になったからいいか。
仕方がない、今日だけだからね。
鼻歌混じりのリンちゃんに連れられて行く感じで歩いて行く。
「ねぇねぇ、コトミ。この髪飾りとか、コトミに似合いそうじゃない?」
声をかけられ、リンちゃんの視線を辿ると、ディスプレイされている髪飾りが目に入った。
「ほら、黒髪だと紫とか似合いそう」
私の頭にいくつもの髪飾りをあてながら悩んでいる。
「私の髪色は明るいから、こういうのはあまり似合わないんだよね」
リンちゃんの髪色は太陽の光を受けて輝くブロンドの髪色で、道行く人が見惚れていることもある。
「リンちゃんはそのままでも可愛いよ」
「ふふっ、ありがとう。コトミも可愛いよ」
頬を赤らめながら嬉しそうにしている。
……女の子同士なのに何をやっているんだろう。
いや、男の子だったらいいと言うわけじゃないけど。
まぁ、リンちゃんが喜んでいるからいっか。
「あ、ここのショップ、服もあるんだね」
リンちゃんの視線を辿ると、とあるアクセサリーショップが目に入る。
中を覗き込むと、確かに可愛らしい服がディスプレイされている。
「……服は……ちょっと」
昨日の苦い思い出が脳裏に浮かび、言葉を濁す。
「まぁまぁ、昨日も一着ダメになっちゃったし。ちょっと見ていこうよ」
「……私は買わないからね」
「大丈夫。ワタシが買うんだし」
そういう問題ではない。
はぁ、心の中で小さくため息をつく。
言っても聞かないだろうし。仕方がない。付いていくか。
それにしても何着も買ってもらって申し訳ないな。
ただ、服装の趣味がちょっと……。
「いらっしゃい」
入ったお店はアクセサリー以外にいろいろな商品を扱っているところだった。
アクセサリーを眺めながら目的の服を吟味していく。
「この辺とかコトミに似合いそうじゃない?」
また可愛い物か……と、思ったら、昨日の服の雰囲気とは違い、情熱的に赤い色をしたワンピースであった。
……そんな服、いつ着るんだよ。
パーティーの時ぐらいしか着ることないだろう。
なぜかちょうどよく、子供サイズの物もあるし。
「うーん、でもコトミにはもう少し明るめの服がいいかもね」
そう言いながら身体に服をあてがっていく。
そのまま数着を手に取り、戻しを繰り返していく。
「これいいね。ちょっと試着してきなよ」
リンちゃんからそう言われて渡されたのは白と黒がグラデーションになっている服だった。
セパレートされているように見えるけど、ワンピースかな?
……まぁ、コレならまだ許容範囲か。
服を抱えながら、この辺が妥協点だろうと試着室を探す。
ここまで来たら何か選ばなきゃならないだろうし。
それなら、これぐらいの服がちょうどいい。
「おぉ、いいね。それ、買っていこうか」
ちょうど袖を通したところにリンちゃんから声がかかる。
鏡越しに後ろを見ると、カーテンの隙間から顔を覗かすリンちゃんが……。
また……いつから覗いていたんだよ。
諦めにも似たため息を心の中で漏らす。
気にしないことにし、服を整えてから鏡の中の自分を見る。
あまり派手な装飾は無くてシンプルなワンピース。
セパレートタイプに見える服ということもあり、上下で色合いが違う。
黒ベースの服ではあるが、白を多く使い、明るめの服装となっている。
んー、いいね。リンちゃんが選んだ割には満足だ。
「……ワタシでもこういうのは選ぶよ。コトミに似合うかどうかなんだからさ。ま、気に入ってくれたようで良かったよ」
相変わらず考えていることが筒抜けなのは気にしないことにした。
今日は一着だけだからそのまま持って帰ることにする。
「ありがとうね」
「どういたしまして。お礼は服を着たコトミでいいよ」
「…………」
なんてコメントしたらいいかわからない私は黙ることしかできなかった。
とまぁ、そんな感じで色々なショップを周り、いつものクレープ屋さんに到着する。
「ん〜、やっぱりこのクレープは格別だね」
ほっぺにクリームをつけながら絶賛するリンちゃん。
「あぁ、ほら、ほっぺにクリームついちゃっているよ」
もう、子供なんだから。
指でクリームをすくい取り、口に運ぶ。
うぅむ、ここのお店のクリームってホントおいしいよね。
クリームだけでもいっぱい食べられそう。
口の中の甘みを味わっていると――。
「……? どうしたのリンちゃん?」
よく見ると顔を赤らめ、固まっている。
「あ……ううん、なんでもない。大丈夫だよ、大丈夫……」
そう言いながらクレープにかじりつくリンちゃん。
「……?」
よくわからないけど、私も自分のクレープに口をつける。
今日も人は多いけど初日ほどではなく、食べ歩いても問題ない程度の密集具合だった。
リンちゃんとは、食べている時も手を繋いだままだったから、結構食べづらい。
四苦八苦しながらクレープを食べ続ける。
しばらくそのまま歩く。
「あれはなんだろう?」
街の中心にある噴水とその周りの広場に人が集まっている。
「行ってみよっか」
半分以上減ったクレープを片手に、その人だかりに近づく。
「さぁさぁ見てらっしゃい、寄ってらっしゃい! 世紀の魔術師トレントルのマジックショーだよー!」
ピエロの格好をした人物が高々に声を上げる。
その後ろには目元を覆う変な仮面を被った人がいる。
「ちょっと見て行こうか」
リンちゃんの言葉にうなずき、人混みの隙間から覗く。
「まずはこの何もない帽子からハトを出します! それでは……三、二、一、はい!」
仮面の男がシルクハットを上下に振り、ハトが出現。
「「「おおおっ!!」」」
周りの人から驚愕の声があがる。
「続いてはこちらのグラスに水を注ぎます!」
そう言うと仮面の男はグラスを目線まで持ち上げ、その上に手のひらを掲げる。
「何も無い手のひらからこのとおり水を注いでおります!」
見ると少量ではあるが、手のひらからグラスに向けて水が注がれている。
へぇ、手品とはいえ、あそこまで上手く出来るものなんだ。
「どうぞご覧あれ!」
水の入ったグラスを高々と掲げ、周囲から拍手が生まれる。
「コトミの手品の方がすごいよね。あれは本当にタネも仕掛けもありません、ってやつだよね」
「手品じゃないし」
失礼だな。
いやまぁ、この世界では手品って言っておいた方が都合いいのだろうけど。
「続いては火の玉を自由に出し入れします!」
左手に火の玉が現れ、握ると同時に消える。
右手を開けると火の玉が再び現れ、空中に浮く。
周囲からは驚きと称賛の声が飛び交う。
最後にマスク男が火の玉を飲み込み、一礼をする。
割れんばかりの拍手と観衆の称賛がその場を埋める。
「面白かったね」
「うん、コトミも火の玉飲み込める?」
「普通に無理だよ。火傷しちゃう」
人をなんだと思っているんだか。
「そろそろいい時間だし、帰ろうか」
空を見上げると西の方角が赤く染まって来ている。
「そうだね」
二人手を繋ぎ、人もまばらとなった通りをリンちゃんの家に向かって歩き出す。




