78 焦燥する友人
目を覚まして身体を起こす。
「ん〜〜っ」
いつも通り大きく伸びをし、恒例になっているリンちゃんを探す。
……四隅にいない?
ふと、近くで温もりを感じ、視線を落とすと、布団に膨らみがあった。
「珍しい。今日は普通に寝ていたんだ」
布団をめくると丸まっているリンちゃんがいる。
「隣で寝ているけど、丸まっているのは変わりないね。寝相が悪いのかな」
そんな疑問が浮かびながら、規則正しく寝息を立てているリンちゃんを見る。
「ぅん……あさ? あぁ、コトミおはよう」
目の開いたリンちゃんと視線を交わす。
「……つつっ、コトミ、ゴメンだけど、治癒魔法かけてくれる?」
「え? なんで?」
急にどうしたんだろうか。お腹でも痛いのだろうか。
「ちょっとね……。全身にかけてくれればいいから」
ん〜? 疑問符が浮かんだままだが、言われたとおりに治癒魔法をかける。
「ふぅ……ありがとう」
リンちゃんが布団より這いずり上がって来て、身体を起こす。
「今日は隅っこに行かなかったんだね」
「……あぁ、うん。今日は近くにいたかったから。ただ、その代償は大きかったけど」
「はい?」
どういう意味だろうか。
首を傾げながら答えを探す。
「いいよ。コトミだしね。治癒魔法のおかげでアザにもならなくてすみそうだし」
はてな?
頭の上に疑問符がいっぱい浮かぶ。
「ふぅ、ほら、起きるよ」
沈むベッドで立ち上がり、私を引き起こす。
疑問は解消されなかったけど、まぁ、本人が元気ならいっか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつもどおり朝の用意を済ませて朝食をいただく。
「リンちゃんは今日どうするの?」
トーストをかじりながら隣に座っているリンちゃんに今日の予定を聞いてみる。
「うん、午前中は調べ物があるけど、午後なら空くよ」
調べ物と言えば、昨日みたいにパソコンかな。
それなら何かやるとしても午後からかな。
せっかくの休みだけど、リンちゃんは楽しむことができないのかな。
「ワタシに気を使わなくてもいいよ。午後からまた遊びに行こうか」
「大丈夫? また襲われるかもしれないよ?」
「そんな理由でせっかくの休みを潰されたくないしね。それに、コトミが守ってくれるんでしょ?」
「……責任重大だなぁ」
あの少女のこともあるし、楽観視はできないけど、それでも全力で守ると誓おう。
そのまま食事を進め、食後の紅茶は自室でいただくということで部屋に戻る。
ソファーでくつろぎながら紅茶を口にする。
目の前ではリンちゃんがすごい速さでキーボードを打っている。
リズミカルな打鍵音を心地よく感じながらひと時を過ごす。
うーん、リンちゃんは必死なのに私はこんなのんびりしていていいのだろうか。
何かすることは……収納の整理は前もやったけど、一応確認しておくか。
そう思い、収納に入っているものをテーブルの上に並べる。
リンちゃんに借りている短剣二本と、投げナイフが二本にペティナイフが十数本、夜闇に紛れるためのフード付きコート、あとはスマホとか財布とかの貴重品ぐらい。
あぁ、これを忘れていた。
リンちゃんから借りている手のひらサイズの銃と弾薬一ケース。
使う機会はないと思っていたけど、これから襲撃を受けるとなると、備えておくに越したことはない。
まぁ、銃より魔法の方が使い勝手はいいんだけどね。
さて、こんなものかな。
あまり持ち歩くと魔力量の上限が減っちゃうしね。
収納の整理は終わったけど、まだまだ時間がありそう。
んー、紅茶でももらってくるか。
そう思い、部屋をそっと抜け出す。
メイドさんに頼んでもいいけど、リンちゃんは集中しているし、あまり人の出入りで物音を立てたくない。
厨房に顔を出すとお昼ご飯の仕込みをやっているようで、みんな忙しそうだった。
その中の一人が私に気づいたようでビックリしている。
そりゃ、お客さんが厨房にまで来るなんて滅多に無いしね。ビックリするか。
ちょうどメイドさんも来たから紅茶を入れてもらう。
自分でも入れられるけど、やっぱりプロに頼んだ方がいいしね。
子供には重いティーポットとティーセットをトレイで運ぶ。
私の場合は魔力操作で補助できるから多少重くても問題はない。
それでもさすがに心配だからか後ろからメイドさんがついてくる。
部屋の前まで来た時に、メイドさんが扉をノックしようとしたので止めさせる。
リンちゃんの邪魔しちゃ悪いしね。
メイドさんにそっと扉を開けてもらい中に入る。
リンちゃんは相変わらずキーボードを叩いているようだ。
音を立てないよう気を付けながらお茶会の準備。
「リンちゃん」
「…………」
気づくことなくキーボードを打ち続けるリンちゃん。
仕方がない。背後に近寄り――。
「リーンちゃん」
耳元でつぶやく。
「うひゃあ! コ、コトミ脅かさないでよ」
「あはは、ごめんごめん。また集中していたようだしね。ちょっと休憩しよ?」
視線の先には湯気の立つティーカップが並べられている。
「あれ? 誰かに頼んだの?」
「うん、持って来たのは私だけどね。リンちゃんの邪魔しちゃ悪いかな、と思って」
「そうなんだ。ゴメンね、気を使わせちゃって」
リンちゃんも立ち上がり、二人揃ってソファーに座る。
「あれ? クッキー?」
「うん、お昼ご飯前だけど、ちょっと食べようかと思って。疲れた時は甘いものがいいんだよ」
「あはは、ありがとう」
少しの間二人で談笑しながら休憩。
うん。棍の詰めすぎは良くないからね。
少しリフレッシュしてもらおう。
「……昨日もちょっと話したけど、ワタシのパパとママはね、エージェントとしてこの国のために働いているの」
話が一段落したときに語られるリンちゃん家族の秘密。
国外で活動するエージェントが多い中、リンちゃん家族は子供――リンちゃんがいるため、国内での活動がメインとなっているらしい。
活動内容は国外と同じで情報収集がメインとなる。
このヘイミムの街に来たのもそれが目的ではあるが、どうやら首都にある本部からの要請があったため、街を離れたらしい。
「隣国――ヘルトレダ国が、ここのところ人や物資をかき集めているらしく、近々戦争が起きるのではないかと言われているの。可能な限り交渉で済むよう、情報収集を進めているようだけど本部の人手が足りなくて……」
「それで、レンツさんやバーデルさんが呼ばれた、と」
静かにうなずくリンちゃん。
「まだ、完全にパパとママの足取りを掴めたわけじゃないけど、予想どおり首都のサラウルに向かっているみたいなの」
本来、情報収集をするならば期間を定めるようだけど、今回はそれがなかった。
逆を言えば情報収集以外の任務があるのか。
いつも元気なリンちゃんがうつむき加減に説明してくる。
「それぐらいならまだいいんだけど、何か……ワタシの知らない所で何かが起きている。そんな気がするの」
言葉を濁し語るリンちゃんの表情は優れない。
そんなリンちゃんのために、私が出来ることは何かあるのだろうか。
「でも、大丈夫。なんとかなるはず」
困り顔の私に気がついたのか、リンちゃんが務めて明るく言う。
リンちゃん……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あと一時間ぐらいで終わるから、ちょっと待っていて」
両手を合わせながら申し訳なさそうにするリンちゃん。
気分は晴れなかったかもしれないけど、気分転換にはなったのかな。
「いいよ。もともと一人でゴロゴロするのが好きだし。気にしないで」
「あはは、コトミらしいね」
キーボードを叩く打鍵音のメロディーが再び始まる。
心地良い音を耳にしながらスマートフォンを取り出す。
特に何かをするわけでもないけど、ニュースサイトを引っ張り出す。
リンちゃんの話では隣国との関係がこじれつつあるらしい。
ご両親もその関係で出かけたのだろう、と。
ただ、見ているサイトは大したことが書いていない。
一般市民が入手出来る情報には限りがあるだろうし、調べているリンちゃんにあとで聞くか。
そんなこんなで一人ゴロゴロしながらスマートフォンをいじる。




