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75 <最後の夜>

「今日はこのあたりで野営しようか」


 少し開けた場所に到着した。

 本当は今日中に帰りたいところだけど、無理して夜中になってもギルドは開いていないし。

 もう一晩ぐらいの野営は仕方がない。


「はぁ、はぁ、はぁ……。た、助かるよ。もう、歩けないや」

「ヤワだね」

「少しぐらいは(ねぎら)ってくれてもバチは当たらないよ!?」

「さっきまで寝ていたくせに」

「う……。あれは、その……面目ない」

「はぁ、いいよ、もう。さっさと野営の準備をして」


 縮こまっているアリシアを放っておいて、焚き火用の枯れ木を拾い集める。


「あ、やるよ」


 慌てたように拾い始めるアリシア。

 普段は何とも思わない筈なのに、今はその姿を微笑ましく感じる。

 ……ここ数日で私も変わってしまったな。

 心の変化に少しだけ戸惑う。

 でも、悪くは……ないかな。

 それが決して不愉快な感情ではないことに、驚きながらも受け入れる。

 ……アリシアには内緒だね。

 その後集めた枯れ木を積み上げ、魔法で火をつける。

 今日のご飯は豪勢にいくつもりだ。

 身体の所々が岩でできているとはいえ、ドラゴンもれっきとした生物。

 岩の内側には食べられる部分があり、しかもかなりの極上品だ。

 これがあるから今夜の野営は楽しみなのだ。


「…………」

「…………」


 肉が焼けるのを二人して待つ。

 昼間の蒸し暑さが嘘のように、心地良い風が森を吹き抜ける。

 初日のような剣呑(けんのん)さは無い。

 私自身がそう思うのだから、アリシアも感じているだろう。

 焚き火に照らされている横顔はどこか安心しきった顔をしている。


「……だらしな」

「いきなり何!? シャロって唐突だよね……」


 アリシアの抗議は無視して、立てかけている肉を反対にひっくり返す。

 アリシアは呆れながらも言葉を続ける。


「それにしても……いろいろと、ありがとう」

「いきなり何? 気持ち悪い」

「それは私のセリフだよね!?」


 仕方がないからアリシア側の肉もひっくり返す。


「あ、ありがとう。えぇと、いろいろ言われちゃっているけど、感謝しているんだよ」

「どこか頭でも打った? あぁ、岩に挟まれたときに打ったのか」

「話が進まないね!?」


 アリシアはこめかみを押さえながら唸っている。

 はぁ、仕方がないか。

 隠しもせず大きなため息をつく。


「別に感謝されたくてやったわけではない。私が勝手にやっただけだから、感謝の言葉なんていらない」

「そうだとしても、感謝しているのは本当だしさ。せめて感謝の気持ちだけは受け取って」

「……わかった」


 真剣な眼差しに少しだけ押され、渋々了承する。

 自分の気持ちに整理がつかない。

 助けられて良かったと思う反面、私の柄じゃないとも思う。

 いままでは損得勘定だけ考えて生きてきた。

 それが一人で生きていくためには必要なことだと思っていたから。

 でも、こいつと出会って、その考えが揺るぎだしてきている。


「ふぅ、でも、言葉だけじゃ足りないから、報酬の方は色を付けておくよ」

「それには期待している」

「あはは、シャロらしいね」


 助けた対価に報酬を貰う。

 いままで当たり前にやってきていたことだけど、今回はそれがちっぽけに見える。

 報酬よりも、大事な何かを守れたこと。

 それがどんな報酬よりも、私にとっては輝いて見えた。

 ――肉汁が滴り落ち、焚き火のパチパチとなる音があたりに響く。

 肉をひっくり返し、もうしばらく待つ。


「ところで、あのドラゴンはどうやって倒したの? 前にも聞いたかも知れないけど、実は高ランクの魔法使い様だったり?」

「…………」

「あ……ごめん。詮索するつもりじゃなくて……ただの好奇心だから、気にしないで」


 冷たい夜風が頬を撫でる。

 今まで誰にも私の体質を教えたことが無い。

 どんな火種になるかわかったもんじゃないのだから。

 でもこいつなら――。


「……私ね」

「え?」

「魔力、無くならないの」

「……はい?」


 素っ頓狂な声を上げるアリシア。


「正確には、無くなった瞬間、全快するの」

「えと、それ、ズルくない?」

「何よ、ズルって」

「反則だー」


 ズルや反則と言われても仕方のないことであるが、あらためて言われると腹が立つな。


「しょうがないじゃない、魔力伸ばそうとしたのに全然増えなくて、魔力枯渇でぶっ倒れ続けていたら、いつの間にか倒れなくなったんだから」

「何、その力業みたいな荒業は……」

「知らないよ。調べるのめんどくさくて、体質ってことで納得しているから。他の人には言わないでね」

「もちろん! 二人だけの秘密だね。うひひ」


 アリシアが不気味な声で笑う。


「キモっ」

「あーひどいなー、もう」


 二人して笑う。

 良かった。選択肢を間違えなくて。

 口に出すことなく一人安堵する。


「そろそろ焼けたかな?」


 アリシアが立てかけている肉を手に取り、その一つを私に差し出してくる。


「はい。シャロの分」


 目の前に差し出された肉とアリシアを交互に見る。

 そういえば、こうやって誰かと食事をすることは久し振りな気がする。

 野営中は一緒に食事をとっていたけど、それはあくまでそうせざるを得ない状況だから一緒に食事をしていただけで、今夜みたいに自分から進んで一緒に食事をすることは無かった。

 ドラゴン肉があったとはいえ、今夜もわざわざ野営する必要があったのか。

 もしかしたら、無事に終わった喜びをこいつと祝いたかったのか……。

 差し出された肉を受け取る。


「私が倒したドラゴンだけどね」

「う……。わかっているよ。それでもこうやって無事に終わったんだからさ。一緒に祝おうじゃないの」

「……そうだね」


 アリシアが首を傾げる。


「どうしたの? 普段であれば憎まれごとの一つや二つぐらい出てきそうなんだけど」

「あんたは私をなんだと思っているのよ」


 渡されたドラゴン肉にかじりつきながら聞いてみる。

 うん。さすが、ドラゴン肉といったところか。

 表面が香ばしく焼けているというのもあるが、内部に肉汁が閉じ込められており、噛む度にうまみが溢れ出してくる。

 肉質は硬すぎずちょうどいい。


「えと、口が悪くて性格も悪くて、でも実は優しくて、頼りになる、優秀な魔法使い?」

「よし、とりあえず燃やそうか」

「とりあえずで燃やすのやめてね!?」


 アリシアの言葉に反応し、右手に火を(おこ)す。

 ドラゴン肉の余韻に浸っていたのに気分を害された。

 でもまぁ、悪意があったわけじゃないからいいんだけどね。


「魔法の無駄使いが多いと思っていたら、魔力が減らないんだよね。納得だよ」

「なによ。無駄使いって。あんたも助かっているでしょ」


 熾した火を揉み消し、空になったアリシアのコップへ水を注いでやる。


「いや、まぁ、確かにそうなんだけどさ……」


 歯切れが悪くも、同じようにドラゴン肉に噛みつくアリシア。


「んー! うまっ」


 目を見開き、大袈裟に驚く。

 そんなアリシアを微笑ましく思いながら私も食べ進める。

 食べて、しゃべって、また食べる。

 さすがに絶品な肉とはいえ食べられる量に限りはある。

 まぁ、余ったやつはそのままギルドに納品すれば良いんだけどね。

 明日には着くだろうから、水を凍らして生物(なまもの)は冷やしておく。

 凍らしてもいいんだけど、味が落ちるから一日ぐらいならそのままでいく。評価額も下がっちゃうしね。


 「相変わらず器用にやっているね」


 コートに丸まり、眺めていたアリシアがポツリとつぶやく。

 日が沈んでからはやることがない。

 それであれば早々に就寝して、朝早くから行動した方がいいし。

 今回も夜更かし得意な私があとに寝ることとした。


「……ねぇ、シャロ?」

「ん? なに?」


 いつもは無言で返していた呼びかけに返事をする。

 自分でもすんなりと出た言葉に少し驚いてしまう。

 アリシアに至っては目を見開いて、信じられないものを見たという顔をしている。


「……やっぱり、一回燃やしておこうか」

「えぇっ!? 何も言っていないのに!?」


 包まっているコートに頭を突っ込み、芋虫のように丸まる。


「…………はぁ」


 盛大なため息と共に、指先に灯していた火を消す。


「で? 何の用?」


 これ以上無意味な押し問答していても無駄だから、さっさと用件を聞く。


「んー……。この街ってさ、いい街だよね。ギルドの人たちも気さくな人が多いし。王都からもさほど離れていなくて活気もある。なかなか住みやすい街だと思うの」


 ヒョコッとコートから顔だけを出して、そう語るアリシア。

 自分の住んでいる街を褒められて悪い気はしない。

 アリシアの言うとおり、王都ほどではないけど、それなりに栄えていると思う。

 街道も整備されているから物資の流通もいいし。

 魔物が住んでいる森もここのように近いため、ギルドの依頼にも事欠かない。


「旅の途中ではあるけど、しばらくはこの街に滞在しようかと思ってるの」

「そう」


 枯れ木を一つ、投げ入れる。

 パチパチと静かな森に焚き火の音だけが響き渡る。

 アリシアは言葉を続ける。


「それで……もし、良かったら、私とパーティーを……組んでもらえないかな」


 アリシアが、初日と同じ質問をする。


「…………」

「…………」


 今までは人と必要以上に関わることを避けてきた。

 あまりコミュニケーションを取るのが得意では無いことも理由の一つだが、私の体質が知れ渡ることは避けたかった。

 パーティーなんて組むと、隠し通すことなんてできないだろうから。

 でも、こいつとなら――、


「…………考えておく」

「えっ!? ホントっ!?」


 コートに丸まったまま器用に飛び起きる。


「考えるだけで、パーティーを組むとは言っていない」

「うん! それでもありがとう!」


 端から見てもご機嫌なアリシアに、少し顔がほころびそうになる。

 ……ここで甘い顔をすると、すぐ調子に乗るだろうから。


「明日に差し支えるから早く寝ろ」


 照れくささを誤魔化すように憎まれ口をたたく。


「は〜いっ」


 顔を背け、火を絶やさないように、枯れ木をもう一本投げ入れる。

 焚き火の中の木が小さく爆ぜる。

 まぁ、たまには、こういうのも悪くないかな。

 静かな夜に穏やかな空気が流れ、夜が更けていく。

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