74 友人の正体
時刻は夕方。
なんだかんだ言って出かけてからかなりの時間が経過している。
普段であれば夕食の時間なんだけど。
「リンちゃん、今日は汚れちゃったから、先にお風呂入る?」
部屋に戻ってきた私は着替えを探しながらリンちゃんに声をかける。
「……うん、あ、いいや。コトミだけ先に入っていて。ワタシはやることがあるから」
……?
珍しい。普段であれば嫌だと言っても付いてくるのに。
リンちゃんを見ると机のパソコンで何かをやっているようだった。
あまり覗き込むのは良くないよね。
「そっか。じゃあ待っているよ」
「え? ううん、いいよ。長くなるし、それに普段は離れたがるのに、今日はどうしたの?」
それはこっちのセリフなんだけど……。
普段と雰囲気が違うリンちゃんの目を覗き込む。
「んー……なんか一緒にいた方がよさそうだから」
「なんで?」
「勘」
「…………」
「…………」
「……ぷ、なにそれ。コトミの勘ってあてになるの?」
「何気に失礼だね。これでも一応心配しているんだよ」
「……そっか。ありがとう。それじゃ、お風呂入ろうか?」
先ほどの剣呑な雰囲気とは打って変わって、普段の子供らしい雰囲気に戻る。
リンちゃんもお風呂の用意をして一緒に部屋を出ていく。
「あ、コトミの服はあとでメイドさんに持ってきてもらうからね」
「……それって今日買ったやつ?」
「当然」
「……せめて動きやすい服にしてほしい」
私の切実な願いは叶うだろうか。
もやもやとした思いを抱きながらお風呂場へと向かう。
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「ふー……」
すっきりした。
さすがに血まみれだったから落とすのも大変だったけど。
「いまさらだけど治癒魔法って反則だよね。擦り傷も全て治っている。おかげでお風呂でも沁みることがほとんどない」
身体を拭きながらリンちゃんがつぶやく。
「まぁ、ね。使えるものは使った方がいいし」
「うぅむ、こんなに便利なものなかなか手放せないよ」
「さらっと久しぶりに便利グッズのようにしたね」
この平和なやりとりも懐かしい。
そんなに時間が経っていないはずなのに、どこか懐かしく感じる。
「…………」
「コトミ、用意したよ」
私の手には見覚えのある服が……。
「もうちょっと、マシなのあったよねぇ……」
「可愛いじゃん」
リンちゃんと手に持っている服を交互に見る。
……覚悟を決めよう。
「なんでそんなに嫌がるかな~」
渋々といった感じで袖を通していたらそんなことを言われる。
「そりゃ、似合わないからだよ」
いや、実際可愛いとは思うよ?
着せ替えさせられていた時も見た目は悪くなかったし、傍から見ていれば可愛いとは思う。
でもいい歳した女がそんな可愛い服を着るなんて、鳥肌が立っちゃう。
「え~、こんなに可愛いのに?」
後ろから肩を抱かれ鏡の方に向けられる。
鏡の中には……まぁ、可愛らしい少女がいた。
うっ、寒気が……。
「どうしたのよ」
「……いや、なんでも」
ピンクを基調としたフリフリ感満載のワンピース。
たぶん、今回買った服の中でも一位、二位を争う可愛さじゃないだろうか。
気にしたら負けだ。気にしたら負けだ。気にしたら……。
「もう、ほら、行くよ」
呆然喪失している私を引きずるようにしてお風呂場から出ていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レンツさんたちが不在なため、少し寂しい食卓となった。
料理はご両親が不在な時でも変わらず、逸品の味だった。
ただ、昨日までのような和気あいあいとした和やかなムードではないため、素晴らし料理でも色あせて見える。
隣で食事をしているリンちゃんも心なしか口数が少ない。
「リンちゃん、大丈夫?」
「え? うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
「んー、なんか普段と違って静かだからさ」
「……それって普段はうるさいってことかな?」
うっ……。
「そ、そんなことないよ。元気なのはいいことだよ」
「なによ、その子供をあやすような言い回し方」
呆れたように笑うリンちゃん。
「あはは……」
必殺、笑ってごまかす。
ま、まぁ、元気になってくれてよかったよ。
それを皮切りに少しずつ言葉を交わしはじめ、食事を進める。
結果的にオッケーかな?
お風呂場でもどこか上の空な感じだったし。
食事が終わり、部屋で少しくつろぐ。
リンちゃんは戻ってきてからずっとパソコンの前に居る。
車の中でメールを見てからかな。
その横顔は真剣そのものだし、何かあったのかな。
「リンちゃん?」
「…………」
カタカタとキーボードの打鍵音が部屋の中に響く。
もう長いことパソコンに向かっているね。
立ち上がり、リンちゃんに近づく。
パソコンの画面は黒い画面に白い文字がびっしりと……。
うん、見なかったことにしよう。
「……リンちゃん?」
もう一度呼びかけてみる。
「ひやぁ! な、なんだコトミか……どうしたの?」
「ん、何か集中している感じだったから」
「あ……ごめんね。ちょっと……」
手を止め、こちらを振り向く。
普段のリンちゃんとは違い不安そうな表情をしている。
「何かあったの? 夕方から様子がおかしいけど」
「あ……」
椅子に座ったまま視線を落とす。
「困ったことがあるなら、手伝うよ」
「…………」
うつむいたまま口を閉ざすリンちゃん。
「……私じゃ力になれないかな?」
「そんなこと……ない」
リンちゃんの手を取り、優しく微笑む。
「私はリンちゃんのこと、友達だと思っているよ」
「コトミ……」
そのまましばらく無言の時が流れ……。
「……内緒にしてくれる?」
リンちゃんが口を開く。
「秘密? うん、リンちゃんは私の秘密を握っている。私もそう簡単に漏らすことはない」
「あはは、確かに。でもワタシはコトミの秘密を誰にも話すつもりはないよ」
「それは私も同じ」
「……うん、ありがとう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
落ち着いたリンちゃんがメイドさんにハーブティーをお願いする。
ソファーへ向かい合わせに座り、リンちゃんが一息つく。
「ワタシの家系はね、昔からこの国のインテリジェンス・エージェント、つまり、諜報員をやっていたの。騙すつもりはなかったんだけど、今回の帰省も任務の一環なんだ」
バツの悪そうな顔をしてハーブティーのカップを口に運ぶ。
「今回も国境付近の諜報活動で、特に危険が無い任務だと思っていたんだけど――」
「命を狙われることになった、と?」
うなずくリンちゃん。
「コトミを巻き込むつもりは無かったんだけど、結果的に巻き込むことになってしまって、ごめんね」
「ううん。もし、私がいなかったらリンちゃんも無事にすまなかったでしょ? 私としてはリンちゃんを守れてよかったと思うよ」
「コトミ……」
そうだよ。
リンちゃんはこの世界で初めての友達なんだから。
今までは自分のちょっとした楽のために魔法を使っていたけど、友達のピンチの時ぐらいは全力を出す。
「それで、ご両親は何かあったの?」
「……うん、急な召集はいつものことだけど、今回はちょっと違ったみたいなの」
リンちゃん曰く、急な任務とかで呼ばれることは多々あるらしい。
その場合、家を空けるのはせいぜい二、三日の間だけど……今回は違うと。
「メールは端的に、『いつもの任務、期間は未定』とだけ書かれていたの。今まではそんな事なかったし、何かが起きていると思ったの」
命を狙われることにもなっているしね、とリンちゃんは続けて言う。
「それと、リンちゃんのパソコンはどう繋がるの?」
「あぁ、うん。それも説明しておこうか。ワタシもね、両親と同じようにエージェントとしての教育を受けていたの。銃火器類の取り扱いや情報端末の使い方、裏方で動くための技術とかね」
なるほど。
だから子供でも銃を持ち歩いていたのか。
国家関係者であれば銃もスマホも学校持ち込み許可は出るんだろうね。
「パパとママの様子がおかしいのも、調べれば何かわかるかな、と思って」
言いづらそうにしているけど、色々なところにアクセスして情報を集めていたらしい。
どこからとは言っていないけど、聞いちゃいけないやつだな……。
「大した情報は無かったから、まだ危機に差し迫っているとかでは無いとは思う。でも、やっぱり心配」
両親の行き先や、やりとりの内容などは把握できたらしいけど、それ以上のことはわからなかったと肩を落としている。
こわっ。パソコン一つでそんな事できるの?
リンちゃんにそんな特技があったとは……。
「そういうわけでパソコンを使っていたんだけど、今はこれ以上の情報は無いから、また明日かな」
そう言うリンちゃんは大きく伸びをする。
「もうそろそろ寝る?」
時刻は……寝るにはまだ早いけど、無理に起きている必要もないか。
「そうだね。今日もいろいろとあって疲れちゃったし、ベッドでお話ししよう」
昨日といい今日といい、襲撃を受けているから疲れも出てきている。
早めにベッドに入ることは賛成だね。
二人とも立ち上がり、着替えて就寝の準備をする。
「コトミと同じ部屋にして良かったよ」
布団を被りながらそんなことを言う。
「一人だと不安に押し潰れそうだけど、コトミがいるおかげでなぜか安心できる。不思議だよね」
「リンちゃん……」
そうだよね。リンちゃんはまだ十歳、子供だ。
私は精神年齢上二九歳なわけだから、多少のことには動じない。
……年齢のことを思い出すとちょっとやるせない気分になるけど。
そっと手を握られる。
「今日は、このままいて欲しい」
……上目遣いにお願いしてくるリンちゃんは、それはもう色っぽく、私が男だったら確実に堕とされそうな妖艶さを出していた。
「……それは男の人にやっちゃダメなやつだからね」
「え?」
よくわかっていないリンちゃんから疑問の声が上がる。
そうやって布団の中で会話をしながら、いつの間にか寝息を立てていた。
おやすみ、リンちゃん。
私もゆっくりと意識を手放す。