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73 少女再び

 いっったぁぁいっっ!!

 心の中で叫ぶ。

 意識が飛びそうになるのを何とか繋ぎとめる。

 痛み止め! 痛み止め! 痛み止め!

 詠唱や綿密な魔力調整などは無視!

 大急ぎで痛覚を黙らせる。……いたた。

 とりあえず痛みは引いたけど……次は止血!!

 魔力量が少ないため、一気に治癒できないのが難点。

 それでも、少しずつ治癒していく。

 失った血液は戻らないけど仕方がない。

 ――止血完了、続いて傷の修復が始まる。

 ここまでおおよそ数十秒。


「コトミ!! ……なんで、マーティン! いったい、どうして!?」


 リンちゃんが悲痛な叫びをあげる。


「そいつがいると邪魔なんですよ。前回に引き続き、今回も邪魔されるわけにはいかなかったものでね。先に手を打たせてもらいました」


 リンちゃんたちの会話を上の空で聞きながら治癒を続ける。

 あぁ、弾が体内で止まったせいで内蔵もやられている。

 治すのに時間かかるなぁ……。

 弾を外に押し出し、内側から治癒していく。


「さぁ、私と一緒に来てもらいますよ」

「来ないで!!」


 発砲音――リンちゃん!?


「……いいのですか? 彼女はまだ生きている。すぐに助けを呼べば助かるかもしれない。私と対峙している時間も惜しいと思うのですが」

「くっ……」


 二度、三度と発砲音が続く。


「狙いが甘いです。もっと良く狙いなさい」


 五回、六回、その後も発砲音が続き、ホールドオープン――弾切れの音が聞こえてきた。


 直後、リンちゃんの悲鳴が聞こえる。

 っ――大部分の治癒は完了っ!

 あとは、静かにさせていた痛覚をもとに戻す。

 さらに数秒経過……よし、いけるっ!!



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さぁ、私と共に来るのです」


 ちょうど顔を上げると、リンちゃんに手を伸ばしたマーティンさん、いやマーティンがいた。


「させないよ!」


 起き上がる動作と同時にナイフを投げる。

 反射的に手を離したマーティンはバックステップで距離を取る。


「……どうなっているのですか。それは」


 私のお腹を指差しながら聞いてくる。


「どう見ても腹に鉛玉食らってますよね。それなりに出血しているようですし」

「このぐらいは掠り傷」

「……あり得ない。化物ですか」

「コトミ……。大丈夫?」


 ちらりと、地面に座っているリンちゃんの様子を見る。

 大きな怪我はしていないようだけど、叩かれたからか頬が赤く染まっている。


「ううん、私も油断した。リンちゃんの方こそ大丈夫?」

「うん、コトミも気を付けて」

「何をコソコソ話しているか知らないですが、邪魔者には消えてもらいますよ」


 銃声――と同時に、


「跳躍」

「っ!? 銃弾避けるとか反則じゃないですか?」


 横っ飛びすると同時にナイフを投げるが、軽くかわされる。

 ――しかし、一瞬の隙に間合いを詰める。


「ちっ、なんですか。この速さは」


 横薙ぎに短剣で一閃――かわされたが振り抜いた勢いのまま反転、逆の手でナイフを投げる。


「くそっ!」


 首元目掛けて投げられたナイフはマーティンの手によってふさがれた。


「妙に戦い慣れていますね」


 短剣を構え、相手の出方を伺う。


「私だけじゃ荷が重そうだ」


 右手の拳銃を振りかざしながら一歩後ずさる。


「一旦引き上げるとします」

「このまま逃がすとでも?」

「代わりにこいつが相手しますので、お先に失礼しますよ」

「…………」


 建物の影から現れたのはレッドブラウンの髪色をしたショートカットの少女だった。


「あなたは、昨日の……」

「昨日は油断した。今日こそは殺す」


 マーティンはこの隙に姿を消した。

 目の前の少女が鋭い視線をこちらへ向けながら剣に手を添える。

 ――っ、速い。

 咄嗟に横へ飛び、下からの斬擊をかわす。

 剣の軌道が急激に代わり、そのまま横薙ぎへの切りつけへと変化する。


「っ、転移」


 相手の背後に転移し、風槌を繰り出そうと構えた瞬間――。


「ぐぇっ」


 お腹への衝撃と共に、景色が急激に流れていく。

 ――っ、見切られた。

 数メートル後ろに吹っ飛びながら理解する。

 空中で体勢を整え着地した瞬間、次の攻撃が繰り出される。

 っ、手加減しては勝てそうにないね。

 久し振りに本気で行かせてもらうよ!

 上からの斬擊を収容より取り出したもう一本の短剣で受け流す――と同時に、空いた身体の方へカウンター気味に切りつける。

 ――難なく交わすんだろうね。

 既に回避動作に入った彼女は、半身を捻りながら剣擊を避け、その勢いのまま切り返した剣で追撃する。

 こっちも見えているよ。

 短剣を振り下ろし切る前に転移魔法で彼女の後ろへ転移する。


「――っ!」


 がら空きの背中へ体重を乗せた蹴りを入れる。

 体重が軽いから大した一撃じゃないけど、バランスを崩させることは出来た。


風槌(ふうづち)っ!」


 追い討ちをかけるかのように一撃を放つ。

 回避できるタイミングではない。

 決まった、と思ったが……笑っている?

 こちらをしっかりと見据えながら笑っている。

 少女から物言えぬ悪寒を感じ、考えるより先に身体が動く。

 無理やり身体の筋肉を動かし、その場から一歩横へとずれる。

 これは理屈ではない。

 前世から(つちか)ってきた本能がそう訴えかけてくる。

 刹那――目の前を鋼の刃が通りすぎていく。

 背中に冷たい汗をかきながらも崩れたバランスを整える。

 魔法を――打ち消した!?

 そんなことをこの世界の人間が可能なのか?

 混乱する思考を強制的に引き戻し、今の状況をどうにか打破しようと考える。

 コンマ何秒と言う世界で思考を巡らしながら、身体は距離を取るために回避行動へ移す。


「――ふっ」


 返す刃が確実に私の首をとらえている。


「――っ、転移」


 間一髪かわし、そのまま距離をとる。

 数メートル離れたところで彼女と対峙。


「もう、キミの魔法は通用しないよ」


 ――やはり、魔法のことを知っている。


「この世界じゃ魔法なんておとぎ話の中だけかと思っていたけど、昨日の一撃を受けて理解できたよ」

 剣先をこちらに向ける。


「今日こそ、殺す」


 来る――そう思った瞬間、路地の向こう側が騒然(そうぜん)としだした。

 少女の意識もそちらへ向く。


「……時間をかけすぎたか」


 (きびす)を返し、去っていく。

 姿が見えなくなる瞬間――。


「次こそは殺すから」


 少女の小さなつぶやきがやけにはっきりと聞こえてきた。


「ふー……」


 なかなか手ごわい相手だった。

 この世界に来てから本気で戦ったのは初めてじゃないか?

 対人戦の数こそ少ないとはいえ、魔法を交えた戦術でここまで後れをとるとは。

 彼女は何者だろうか。


「……っと、リンちゃん。大丈夫?」


 リンちゃんのそばに駆け寄り治癒魔法をかける。


「あぁ、うん、ありがとう。コトミの方こそ大丈夫?」

「うん。私は問題ない。それより、騒がしくなってきたみたい」


 路地の向こう側の喧騒(けんそう)が少しずつこちらに向かってきているような気がする。


「大丈夫、ワタシが呼んだから」


 スマホを見せながらリンちゃんが説明する。

 リンちゃんのスマホは緊急通報できるようになっていて、とある操作をすると位置情報からペリシェール家直属の民間警備が駆け付けるらしい。


「……でも、この血まみれの服を見せたら大事(おおごと)になるんじゃない?」

「……だ、大丈夫だよ、きっと」


 あはは、と苦笑いのリンちゃん。

 はぁ、結局こうなるのか。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 しばらく待って、民間警備の人たちと合流したんだけど、案の定、私を見た人たちが病院だ、治療だ、って騒ぎ始めた。

 治癒魔法の存在を知らない人たちからすれば、これだけの出血は死につながるものと連想するのだろう。

 リンちゃんが何度も説明して何とか落ち着いてもらった。

 それにしても、ニワトリが巻き込まれてその血を浴びた、ってかなり無理やりな説明なんだけど。

 でもまぁ、雇い主からそんなことを言われたら納得せざるをえないわな。

 本人はピンピンしているしね。


 その後、路地裏を歩いて戻る。帰りは車で送ってくれるらしい。

 そりゃ事件に巻き込まれたんだから当然か。

 せっかく休暇に来たのに全然休めていない。

 この埋め合わせはきっとどこかでしよう。


「旦那様と奥様はお出かけになられました」


 車に乗り込んだタイミングで、助手席に座っている執事さんがそう答える。


「え? そうなの?」


 リンちゃんから驚きの声が上がる。


「私も詳しくは聞かされておりませんが、急な要請があったということでリンお嬢様が外出されてすぐに発たれました」

「そうなんだ……」


 リンちゃんがスマホを取り出し操作する。


「あ、メール来てた」


 指の動きが止まり、メールを読んでいるのだろう。

 笑顔だったリンちゃんから表情が消える。


「……どうしたの?」

「あ、ううん、なんでもないよ。大丈夫」


 慌てたようにスマホを仕舞うリンちゃん。

 ……?

 気にはなるけど、本人が大丈夫と言っているのであればいいか。

 ただ、今日もリンちゃんは狙われた。

 なぜリンちゃんを狙う? 身代金目的の誘拐か?

 それなら執事を潜り込ませるという、まどろっこしいやり方はしないだろう。

 マーティンも、何者だろうか。

 疑問は尽きないし、考えることが多すぎる。

 きっと、これからも襲撃の可能性はあるのだろう。

 私一人で守りきることが出来るのだろうか。

 いや、出来る出来ないではなく、やるしかないのだから。

 大切な友達を守るためにも。

 一人決意している中、車がリンちゃんの家に到着する。

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