72 一人の裏切り者
「お待たせコトミ!」
数分待ったところでリンちゃんがドアを開け入ってくる。
両手にたくさんの衣類を乗せて……。
「…………」
これ、全部着るの?
白はもちろんのこと、お店のディスプレイにもあったような、色とりどりの服装が、目の前で広げられていく。
「サイズはあとで調節できるから、とりあえず雰囲気だけ合わせてみようか」
足元に広げられた服の一着を手に取ってみる。
白色のワンピース。
それは、まぁ、まだわかる。
普通のワンピースは布一枚で出来ているものだろうけど、いま手に取っているものは、何重にも折り重ねられて厚く重くなったワンピースである。
しかも、いたるところに可愛らしいリボンが……。
全体的に可愛らしい、と言うより可愛いすぎる。
私には似合わないな……。
「あ、それいいよね。シンプルで、コトミの黒髪と似合いそうだと思って」
服を並べていたリンちゃんが、私に気がつき説明してくる。
「似合わないでしょ、これはさすがに」
「まぁ、似合う、似合わないは着てから考えたら? 他には誰もいないし、試しに着てみたらいいよ」
「リンちゃんがいるじゃん」
「ワタシはそれぐらいの特権あってもいいよね。お金出すんだし」
くっ……。これだからお金持ちってやつは。何でもお金で解決出来ると思ってさ。
お金ならこっちだって……。
「……一緒に服選びたいんだけどダメかな」
うっ……そんな子犬みたいな目で見るなんて卑怯だぞ……。
口元、笑いをこらえきれていないから演技なんだろうけど。
はぁ、子供相手にあまりムキになっても仕方がないし。我慢するか……。
「わかったよ。でも着てみるだけだからね。買わないよ」
「大丈夫だよ。ワタシが買うんだし」
そういう問題ではない。
呆れつつも手に持った服を鏡の前で身体に当ててみる。……これを着るのか。
「多分似合うと思うんだよね~」
「……着替えるから向こう向いてて」
「え? なんで? 女の子同士だよ? 既に裸の付き合いしたから平気でしょ? それとも脱がしてあげようか?」
「それ以上近づくようなら容赦はしない」
変な寒気を感じたので振り返り、手の平を前に向け威嚇する。
「やだなぁ~。冗談だよ、冗談。この部屋、水浸しにされちゃったら困るから。落ち着いて、ね」
ウインクして可愛くお願いのポーズ。
はぁ。ため息をつきつつ、意を決し服を脱ぐ。
リンちゃんがすごいガン見しているけど気にしない。気にしたら負けだ。
さきほどの白い服を手に取り頭から被る。
お、重い……。
持っていた感じから重さは伝わってきたが、いざ着てみると全身に重りをつけたかのように服が重い。
「……こんな服、動きづらくて仕方がない」
襟元を整えながら鏡の中の自分を見る。
……まぁ、可愛いんじゃない?
「いいね。やっぱり似合うね。じゃあこれはキープで、次いってみよう!」
早いよ。しかもキープって、こんな動きづらい服、いつ着るんだよ。
その後、数種類の服を着せられる。
まるで着せ替え人形だ。
途中で服の入れ換えもしながら一時間ぐらいかけて試着を終わらせた。
試着した服ほとんどが残っているんじゃないか?
これ、全部買うのか。お金持ちの大人買い。
子供だけど。
「いいね。コトミいいよ。やっぱり素材がいいと違うね~」
顔が緩みきっているリンちゃんは絶好調である。
私は着せ替え人形になっていたからもう疲れたよ。
「いま着ている服は折角だから着て帰ろうか。おとなしめの服で、コトミも気に入ったでしょ?」
まぁ、悪くはない。
上は白のブラウス。
ただし、この店特有の装飾がされている。
具体的にはフリフリとかフリフリとかフリフリとか……。
ま、まぁ他の服に比べればずいぶんシンプルだしいいよね。
あ、もう既に毒されていますか、そうですか。
下は無難に刺繍の入った黒のスカート。
……フリル多めだけど。
刺繍も、これはウサギ? ネコ? ハートや星マークもある。
可愛いものなんでも詰め合わせればいいわけでもないだろうに。
同じ色で刺繍されているから、遠目にはわからないのが幸いだ。
リンちゃんはもっと可愛らしい服を望んでいるようだけど、ここらが妥協点ということで、この服装に落ち着いた。
「じゃ、行こっか。お支払はお任せだし、荷物もあとで届けてもらおう。あ、今日着てきた服だけ持って帰ろうか」
ちょうど店員さんが来たので持ち帰り用に紙袋をお願いする。
一着ぐらいであればさほど荷物でもない。
「マーティン、お待たせ~」
お店を出たところでマーティンさんと合流する。
試着中の時は外で監視していたらしい。
長く待たせてごめんね。
そのまま三人揃って帰路につく。
「お嬢様」
ふと、後ろを見るとマーティンさんが小声で話しかけてきた。
「どうしたの?」
「我々が動き出すと同時に、後をつけている者がいます」
……尾行されている?
一応それなりに警戒していたつもりだけど気がつかなかった。
「うーん、どうしよう。何もしてこないなら、様子見た方がいいのかな」
「いえ、危険の芽は早めに摘んでおいた方が得策かと。次の建物の角を曲がって撒きましょう」
言うが早いがマーティンさんが先導し歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って」
置いていかれないよう歩き出す。
建物の角を曲がり、細い路地裏を進む。
「少し急ぎます」
そう言い、歩く速度を早めていく。
歩幅の関係で私とリンちゃんは小走りになって付いていく。
細い路地に三人の足音が響く。
撒いた? 後をつけられているようには見えないんだけど。
「ねぇ、マーティン。どこまで行くの?」
何度か角を曲がり、しばらくしたところでリンちゃんが問いかける。
「……もう、いいでしょう。こちらへ」
角をもうひとつ曲がり、そこで立ち止まる。
「マーティン……?」
リンちゃんが不安な声で問いかける。
表の喧噪さとは打って変わって、この路地裏へは日が射さず薄暗くなっている。
マーティンさんの表情は伺えないが、こちらへゆっくりと振り向き――。
――破裂音が二回。
やけに遠くから聞こえてきた。
それが銃の発砲音だと気づいたのは、こちらに向けられた銃口から硝煙が立ち上っていたからだった。
「…………え?」
腹部からジワリと、白いブラウスが――さっき、リンちゃんと一緒に選んだ、フリル多めの可愛い服が、朱色に染まる。
まだ、痛みはない。が、力が抜け、膝をつき崩れる。
「コトミっ!!」




