70 <戦いその後>
「よく倒せたね」
歩きかけたところで不意に上から声をかけられる。
「きみは……」
あの時の幼い顔立ちの妖精。
木の枝から飛び降り、音もなく地面に着地する。
「約束のもの」
そう言って差し出された手には、妖精の魔玉。
「あぁ、そういえばこれが目的だったんだ……。ホント、割に合わなかった。ドラゴンがいるなんて聞いていないよ?」
「言ったら断るでしょ。何人か連れて行ったけど、誰も倒せなかったし」
「そりゃあ、あれは無理でしょ。中規模以上の軍隊でも倒せるかどうか。よく一人で倒せたなぁ。自分を褒めてあげたい」
ため息をつきながらも、妖精から魔玉を受け取る。
「はぁ、ありがとう。もらっていくね」
「もう一つ、お願いがある」
「……これ以上何かと戦うのは勘弁して」
「ううん、大丈夫」
小さな妖精は首を横に振り、
「魔力」
「ん?」
「あなたの魔力、ちょっとちょうだい」
「……なんか嫌な予感がするなぁ」
よく考えたら幼いとはいえ、この子も妖精なら魔力を吸収するのだろう。
しかし、妖精といえば吸い取りたいときに、魔力吸収すると思っていたんだけど、わざわざ断り入れるなんて何かあるのかな?
「大丈夫、変なことしはない。戦っている最中、味見したらおいしかったから、魔力欲しい」
「味見って……」
「戦いの邪魔になるから無理やりは取っていない。すごく拡散させていたから、零れていた分もらっていた。魔力の無駄遣い」
無駄遣いと言えば無駄遣いになるのかな……。
確かに、半端に魔力が余っても仕方がないから、意図して魔力を空にすることはしていたけど。
「戦っているところ見ていたけど、魔力に余裕ありそうだから、ちょっとだけ分けて欲しい」
見られていたのか。
まぁ、確かに倒したかどうかの確認は必要だろうし、最後まで見届けるか。
「まぁ、魔力ぐらいなら。でも、妖精って勝手に魔力搾取するんじゃないの? わざわざ断り入れてまでもらうものなの?」
「わたしの場合は調整が難しい。それでも勝手に吸い取って良いなら取る。骨の髄まで吸い取る」
矢継ぎ早にそう言うと、目と鼻の先までその子は歩み寄ってくる。
「あー、わかったわかった。分けてあげるから詰め寄らないで」
「ん」
妖精の少女が手を伸ばす。
「でも魔力を渡すってどうすればいいの?」
「魔法を使うときみたいに手に魔力を集めてくれればいい。あとはわたしが勝手に吸い取る」
いろいろと疑問はあるけど、その手を取り魔力を流してやる。
妖精に魔力を渡すとか初めてなんだけど大丈夫かな。
「んぅ」
少女が少し身じろぐ。
「……?」
なんか震えている?
どうしたんだろ。
「大丈夫?」
魔力の流れを少し緩めると――。
「あ……もう少し欲しい……」
大丈夫なのかな?
再び魔力を流す。
「ん……はぁ……」
そのまま数分すぎる。
ちょっとと言いながら結構流しているけど……。
「もういい?」
「あ……」
なんでそんなに名残惜しそうにするかね。
「あなたの魔力、澄んでておいしい」
「味とかあるの?」
魔力の供給を終え、握っているその手を離す。
「うん、大概の人は鮮度が悪い」
「鮮度って……」
「その点、あなたの魔力は新鮮」
魔力に新鮮も古いもあるのか。
いやまぁ、確かに、頻繁に回復しているからだろうけど。
「気に入った。また、もらいに行っていい?」
「えー……」
またもらうってどういうことだよ。
一般的に妖精は遭遇率が低いことで有名であるが、次への約束をする妖精がいるなんて聞いたことないよ。
「あ、もちろんタダとは言わない。わたしの力が必要な時はお手伝いできる」
「う~ん、手伝いと言っても……あぁ、それなら、必要なときに魔玉もらうことできる?」
「それぐらいなら平気、でも魔玉作るときは相当な魔力が必要」
「まぁ、魔力については問題ないかな」
「?」
よくわかっていない顔しているけど。ま、説明はまた今度かな。
「さて、そろそろ行かないと」
「ん。長には討伐完了って伝えとく」
「ああ、ありがとう」
「またね」
そう言うと、その少女――妖精は姿を消した。
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「あー、疲れた。もう動きたくない」
妖精と別れてからしばらく歩き、アリシアの元へ辿り着く。
そばに柔らかそうな草むらを見つけそのまま倒れこむ。
「シャロ!」
「あー、もう、うっさい」
ゴロン、と仰向けに寝返りながら、手をアリシアに伸ばし無言で治癒を施す。
「あ……治癒魔法?」
怪我をしていないように見えるけど、念のため。
今さら死なれても困る。
死ぬなら最初から死んでいてくれれば、こんな大変な思いしなくて済んだのに。
「……シャロって優しいのか厳しいのかわかんないよね」
「うっさい」
「あはは……。それより、ドラゴンは? もしかして、倒したの……?」
「アリシアがのんびり寝ている間にね」
「う……ごめん」
「はぁ、この借りは高く付くよ」
「も、もちろん。命の恩人なんだから、私の出来ることなら何でもするよ」
「その言葉、覚えておいてよ」
アリシアの言葉に、不機嫌だった気持ちが少しは晴れる。
さて、いつまでもこうしているわけにはいかない。
億劫になりながらも、我慢して何とか立ち上がる。
「とりあえずその大岩どうにかしようか」
「……え?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「痛い痛い痛い!! 痛いって! もっと優しくしてよーっ!!」
「うっさい。足手まといになった罰」
のしかかっている岩は大きく、当然どかせられるような物でもない。
とすれば、どうするかというと。
「振動が! 響く! ガンガン響く!!」
砕くしか無いわけで、砕くにもそんな便利な魔法があるわけでもなく、原始的に叩いて割るのである。
「うっさい。死なない限りは治して上げるから、そこは安心して」
先程倒したドラゴンの牙が早速役に立っている。
岩をも砕くドラゴンの牙、のしかかっている岩に打ち付けているのである。
素手ではさすがに力不足のため、もちろん魔法で。
「うぅ~……ドエス! 恨んでやる!」
「あーもう、うっさい。少し静かにしてて」
「ぐすん……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
打ち付けること数百回、真ん中で真っ二つに割れた大岩がそこにあった。
「あー……足が痺れた」
「はい」
手を伸ばす。
「あ……」
驚き、微笑むアリシア。
手を掴み、引き起こしてやる。
起こしながらついでに回復。
「傷はもう大丈夫だよね」
「うん。おかげさまで。ありがとう」
「ん」
「あーあ、今回まったく役に立たなかったなぁ。迷惑しかかけていない」
身体をほぐしながらそんなことを漏らす。
「そう思っているなら、挽回の機会を設けてあげる」
「……え?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぎぎぎぎぎ……」
「頑張れ。応援だけはしてあげる」
「べ、別に文句はないけどさ。足手まといになったわけだし、何もできなかったから。荷物持ちぐらい、いいけどさ」
「殊勝な心がけだね。まったくそのとおり」
ドラゴンの素材は相当貴重。
できれば全部持って帰りたいけど、二人だけでは限界があるわけで、基本的に牙や爪など、武器や防具に使えそうなものを優先的に剥いできた。
その素材を二人で分担して持って帰っているわけである。
「う……それはそうとして、ちょっとは手伝ってくれても……」
「私も持てるだけは持っている」
収納からドラゴンの牙を出して見せる。
「く……収納持ちはずるい」
「収納も制約多いよ。収納中は魔力量を犠牲にするし、魔力量の少ない私なんてなおさら。お陰さまで今はその辺のか弱い女の子と一緒なもんだし」
「え? 誰がか弱い? 魔力少ない? ドラゴンの討伐を一人でやってのけたのに?」
「何か言った?」
ナイフを片手で振り回す。
「いや、なんでも……」
「バカなこと言っていないで早く運ぶ、日が暮れるよ」
「あいあいさー……」




