62 <素材採集>
「…………」
うるさい。
いや、音がうるさいとかそんなことではない。
心地良いこの気分に異物が迷いこもうとしている。
「…………」
うるさい。
この一時を邪魔するやつは誰であろうと、神であろうと許せはしない。
「…………」
うるさい……なぁ……。
「……えんだん」
「うひゃあっ! いきなりファイヤーボール飛ばさないでよ!」
不本意にも聞いたことのある声が耳に届き、意識が覚醒してくる。
「……ちっ」
「寝起きにいきなり舌打ちっ!?」
目覚めが悪い。
それでも家と違う場所のため、このまま寝続けるわけにはいかない。
さすがに危険な森の中で惰眠を貪るわけにはいかないだろうから。
こうなったら、さっさと依頼を終わらせて家で寝るしかない。
重たい瞼を開くと、薄暗い森のはずが既に明るくなっており、普段に比べて寝過ごしていることが分かる。
いや、私の場合はいつも通りの起床時間なんだろうが。
半目になりながらアリシアを見る。
「えへへ……。本当はもっと早く起こそうと思っていたんだけど、心地良さそうに寝ていたからつい……。普段の凶悪さが嘘のような、天使の寝顔だったから……って、その火を収めて!!」
「うっさい! 炎弾っ!!」
森の中に爆発音とアリシアの悲鳴が響き渡る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「森の中で火魔法って火事になるよ……」
「うっさい!」
ちゃんと水もかけて鎮火させたからいいんだよ。
それにしても油断した。
いくら相手に害意が無いとはいえ、ここまで熟睡することになろうとは。
森の中で明らかに寝づらいはずなのに。
「そろそろ機嫌直してよ〜」
「うっさい!」
アリシアに背を向け、森の奥へと進む。
正直、怒っているところもあるが、それよりも恥ずかしさが表に立っているため、照れ隠しの意味も含めて怒りの言葉を口にする。
「今度からはちゃんと起こすからさ。ね?」
視線だけを後ろに向けると、拝むように謝っているアリシアの姿がある。
「…………」
こいつはホントに乙女心がわかっていない。
でもまぁ、からかおうとかバカにしようとしているわけでもないため、私も怒りの矛を収める。
「……このことは他の誰にも内緒だよ」
「へ? あ、うん。大丈夫だよ。寝過ごしたというより、私が起こさなかったことが原因なわけだし。わざわざ言い振らしたりしないよ」
「…………」
「えぇ……。私、何か変なこと言った?」
私の表情を察したのか、先ほどと同じように身構える。
「……はぁ、もういいよ」
こいつは色々と鈍感なんだろうと、勝手に納得する。
「……シャロって、思っていること、顔に出やすいよね」
「うっさい」
歩く速度を落とし、アリシアと並んで歩く。
本来は前衛として前に出てもらった方がいいんだけど、ここは見通しもいいし、多少は問題ない。
「獲物を少し探したら朝ご飯にするよ」
本来は朝早くに食事を取り、昼ご飯を食べずに狩りを行うのが普通なんだけど、今日はイレギュラーだ。
起きてすぐに動き出したから、朝ご飯はまだ食べていない。
「それなら、さっき食べればよかったのに……。って、ゴメンゴメン! 燃やすのはなしにして!」
指先に灯した火を消す。
「まったく、バカなこと言っていないでさっさと獲物を探す」
「りょーかい……」
アリシアは肩を落とし、数歩前に出て索敵を開始する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後も探索を続けるが、目的の獲物に出会えることが出来ずに三日目を迎える。
「いない」
三日目の朝は夜明けと同時に起きだし、食事を取ったあと探索を再開した。
さすがにアリシアも懲りたのか、時間通りに起こしてきた。
まぁ、昨日と同じく、燃やされそうになったのは変わりないけど。
「いない」
そろそろちゃんとした寝床で休みたい。
今日見つけきれなかったら、取りあえず戻ろう。
闇雲に探したところで大した成果も出ないのだから。
「いない」
「アリシア、うっさい」
数歩先で、道を踏み締めながら進んでいるアリシアに文句を言う。
まぁ、生い茂っている草をわざわざならしてくれているんだから、あまり文句を言っては可愛そうか。
「それにしても、まったく見付ける気配が無いけど、こっちで合っているの?」
「うぅ……。こういう生い茂っている草の中で、石亀は産卵するらしいから、どこかにはいると思うんだけど」
そんなこと言っているけど、もう三日目となっている。
その情報も当てになるかどうか。
いや、もちろん産卵する時は草むらの中にいるかもしれないけど、今がその時かどうかは分からない。
結局は運次第というのもあるんだろうけど。
「あ……」
アリシアが小さく洩らす。
「…………」
その一言で察した私は、収納から短剣を取り出し構える。
いくら二人でバカ話をしていたとはいえ、やるべきことはしっかりとこなす。
アリシアが静かに手招きをする。
私は小さくうなずき、物音を立てないようにゆっくりと近づく。
アリシアの肩越しに覗いた先には、手足を伸ばしきっている大きな石亀がいた。
石亀はその名の通り、見た目が石のような甲羅を持っている亀である。
見た目は石のようであるが、その強度は石なんて比にならず、鉄や鋼よりも硬い物質でできている。
そのため、倒すには手足や頭部を切り落とすしかない。
もちろん、ただ倒すだけであれば火炙りにでもしてしまえばいいが、その場合は素材としての価値は激減してしまう。
いまのように不意打ちであれば余裕であるが――。
「…………」
アリシアからハンドサインが送られる。
念には念を……って、了解。
戦力としては過剰かもしれないけど、今の私はアリシアの協力者という立ち位置だから、その指示には従う。
依頼中は年齢や経験年数だけにとらわれず、役職や階級で指揮命令系統が決まるため、そのことに文句を言うつもりはない。
指示のまま短剣を収納に仕舞い、両手を石亀に向けて魔力を練る。
石亀は亀の割に俊敏で、噛みつきや引っかき、尻尾を振り回す攻撃を繰り出してくる。
それをかわしながらこちらの攻撃を当てる必要があるため、真正面から戦う場合はパワーも然る事ながら、素早さも必要となってくる。
というわけで、今回は搦め手で行くわけだが――。
アリシアのハンドサインがタイミングを知らせる。
「雷撃」
「クゥアァァァァ!!」
爬虫類独特の叫びをあげ、石亀が痙攣する。
「てゃああああっ!!」
その隙を狙い、アリシアが跳びかかる。
私も短剣を両手に構えながら、茂みより飛び出す。
「……お見事」
追撃しようとしたが、必要なかったようだ。
アリシアの一撃は寸分違わず、石亀の首を切り落としていた。
素早さやパワーもそうだけど、斬りかかるタイミングが素晴らしかった。
調子に乗らせるのも癪だから、わざわざそんなこと言わないけど。
「えへへ……シャロのおかげだよ。一瞬でも怯ませられればと思っていたんだけど、予想以上に威力があってビックリしちゃった」
ちょっと過剰だったか。まぁ、逃がしたり苦戦したりするよりはいいでしょう。
「……私は助かったんだけど、これだけの威力って魔力は大丈夫? まだ日が高いから、もし辛くなったら言ってね?」
「…………」
魔力は……知らない人からすればそうか。
一般的な魔法使いは、いまの雷撃を五回も撃てればいい方だ。
もちろん魔法使いは水を出したり、薪の火種を作ったりと、戦闘の面以外でも重宝されるため、残りの魔力量については気を使う。
私には、関係ないけどね。
「……血の臭いに他の魔物が引き寄せられてくるよ。私の心配はいいから早く剥いで」
「おっと、そうだね」
アリシアは剣を仕舞い、ナイフを取り出す。
「それじゃ、早速剥いじゃうから周囲の見張りをお願いね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
石亀の解体はなかなか酷かった。
腹部も含めて強固な甲羅に覆われているため、首や手足の隙間から内部をかきだす必要がある。
話には聞いていたけど、ここまでの惨状になるとは想像もしていなかった。
「よっと。……ふぅ、これで大丈夫かな」
身長の半分もある甲羅の中を覗き込むアリシア。
「…………」
周囲に充満する血の臭い。
いや、それぐらいは別にいい。
問題はその場に積み上がった、原形をとどめないほどの肉塊である。
かき回しながら削り取ったため、スプラッター状態である。
「…………」
「……ん? これ食べたいの? あまり美味しくないらしいから、おすすめはしないんだけどね」
やっぱりこいつは鈍感だった。評価を一段階上げておこう。下の方に。
「シャロってすごいよね……。無言なはずなのにバカにされているのが分かるよ」
「何をバカなこと言っているのよ。終わったなら少し離れるよ」
他の魔物が寄ってくる前にその場を離れる。
「あ、待ってよ」
慌てて付いてくる気配を背中越しに感じため息をつく。




