6 こども園を卒園
昨夜、懐かしい夢を見た。
久しぶりに魔法を複数回使ったからだろうか。
転生してからも時たま夢を見ることがある。
三歳児の割に人生経験が長いためか、夢の内容もあまり子供らしくはない。
こちらの世界で過ごした年月よりも、前世で過ごした時間が長いからか、夢の内容はテスヴァリル時代のことが多い。
まだ靄がかかっているように頭が重たいが、ゆっくりと身体を起こす。
既に父さんと母さんも起きているようだった。
もそもそと布団から這いずり出て一度伸びをする。
今日もいつもどおり代わり映えしない一日が始まる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この前、遊具から落ちた子は大きな怪我もなく無事に意識が戻ったらしい。
あれだけの出血をしておきながら、大きな怪我はない……ってやり過ぎちゃったかな。
病院では摩訶不思議な出来事だ、人体実験を、って大変なことになっちゃってたらしい。
さすがに周りの人たちが止めたのだろうけど。
でもまぁ、仕方ないよね。
大っぴらに魔法が使えることを言うつもりは無いけど、目の前で困っている人を助けるぐらい、いいよね。
「コトミちゃん」
「ん?」
いつもの運動の時間。
相変わらず鉄棒にぶら下がっている時に声をかけられた。
「えーっと……」
誰だっけ?
「この前はありがとう」
この前って……。
「先生たちが、助かったのはコトミちゃんのお陰だからって」
――あぁ、あの時の。
「身体はもう大丈夫なの?」
「うん、怪我はそんなに酷くなかったってお医者さんが言っていたの。いっぱい血を流したのに、傷が塞がっていたから奇跡が起きたんだって」
「へー……」
やり過ぎたかな……。
「だからコトミちゃんにお礼を言いに来たの」
「私は何もしていないよ。きっと神様が助けてくれたんだよ」
適当なことを言ってはぐらかす。
「うん、そうかもしれないけど、ありがとう」
「……どういたしまして」
女の子はそれだけ言うとみんなのところに戻っていった。
隣のハナ先生は何も言わない。
ちらりと視線を向けると、こちらを見て微笑んでいる。
相変わらず何を考えているかわからないな……。
ま、私も人のことは言えないか。
その後もこども園での生活は続いた。
大きな事件も起きることはなく、平和な生活であった。
平和すぎてボケそうなんだけど、前世からしたら贅沢な悩みかな。
それから日々を過ごし六歳となった。
今年でこども園も卒園だ。
色々なこともあったけど、人生リスタートのチュートリアル的には良かったかな。
この世界のことも少しはわかったし。
ちょっと長かったけど……。
このこども園ではお別れの会があり、習わしとして、園児が先生に贈り物をするという習慣があった。
贈り物は別に高価なものではなく、園の中で作った工作や似顔絵、手紙などを贈るのが通例であった。
うーん、贈り物といってもなぁ……。
作った物や描いた物もあるにはあるが、いまいちピンとこない。
美術的センスは皆無だと思っているし、生まれ変わってからもその美術的センスは健在であった。
『コトミちゃんは他の子たちよりしっかりしているのに、作るものや描く絵は他の子たちとあまり差がないのよねぇ』とまで言われる始末。
……くっ、どうせセンスなんて無いよ。
結構、本気で描いたり作ったりしたんだけどなぁ……。
それでもお子様レベルの出来栄えだった。
これはこのまま墓場まで持っていこう。
はぁ、普通に手紙でいいか。
この世界の文字もしっかり理解できているし。
そう思い、ペンを手に取る。
渡す人は……まぁ、あの先生しかいないか。
五年間、唯一私に関わってくれた人。
他の先生があまり関与しなかったのに、それでも気にかけてくれた人。
正直、邪魔と思うときもあったけど……。
この五年間、それなりに楽しめたのはあの人のおかげかな。
最後に感謝の手紙を贈ってもバチはあたらないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「コトミ、プレゼント」
「え?」
卒園後の休み期間中、家の中で本を読んでいる最中、母さんから唐突に声を掛けられる。
私の誕生日? いや、まだ先だね。何かの記念日だったけ。うーん、覚えていない。
差し出されたラッピングの包みを受け取る。
「これは?」
「プレゼント」
いや、それは聞いた。
「……何のプレゼントなの?」
「入学祝?」
なんで、疑問形なのさ。
心の中でため息をつきつつ、開けていいか聞くとすんなりオッケーとなった。
丁寧に包まれて……は、いないな。
雑な包み方だから買ったものを母さんがラッピングしたのだろう。
開けた物のパッケージを見る。
「スマホ?」
「そう! これからは一人で通学することになるし、パパもママも仕事だから、いつでも連絡とれた方がいいでしょ? それに、調べ物するにしてもスマホがあると便利になるでしょ」
「……いいの?」
中身が大人な私でも唯一欲しいと思ったのがスマホだった。
大人だからこそ欲しいと思ったものだろうけど、当然、子供にスマホなんて与えられるものではなく、密かに悔しい思いをしていた。
スマホがあると世界が広がる。
「もちろん! コトミはお利口だしね。本当はキッズケータイってのにしようと思ったんだけど、パパがね……」
「パパがどうしたの?」
「『子供の好奇心は大人じゃ止められない。時には危ういときもあるだろうけどコトミなら大丈夫だろう』ってさ。キッズケータイじゃ多分、あまり調べ物とかできないだろうからね」
「……そうなんだ。ありがとう」
これは嬉しい。
子供が貰うようなプレゼントで、心から喜べる物は無いんだけど、今回はホント嬉しい。
いや、もちろんプレゼントを貰うこと自体は嬉しいけど、色鉛筆や幼児用おもちゃをもらってもなぁ、って感じだからね。
つい、表情に出てしまったのか、母さんが落ち込んだ様子で話す。
「普段のプレゼントより格段に喜んでいるけど……今まであまり嬉しくなかったのかな……」
「そんなことはないけど……やっぱり実用性が一番」
母さんが打ちひしがれているけど、こればっかりは仕方がない。
さて、さっそく設定や諸々やっていこう。
落ち込んでいる母さんを尻目にスマホの電源を入れる。