58 お金持ちの移動方法
「そういえばあの子……フェリサには夏休みの予定について説明したの?」
「していないね……。かなりしつこく聞かれたんだけどさ、さすがに連れて行くわけにも行かないから、両親の元へ行くって言って諦めてもらった。着いて行くってかなり食い下がれたけど……」
学校で避け続けるわけにもいかず、捕まった際に質問攻めにあった。
まったく……悪い子じゃないんだけど、ちょっとね……。
「あはは……大変だったね」
「何を他人事のように言ってるのよ。リンちゃんのせいでもあるんだからね」
休み入る前日にリンちゃんと一緒に居るところを捕まったんだけど、リンちゃんはしれっとその場から離脱していた。
ホント、危機管理能力というか勘だけは良いんだから。
「あはは……ごめんごめん。埋め合わせは必ずするからさ」
手を合わせ、拝むように謝ってくるリンちゃんに毒気を抜かれる。
「はぁ、仕方がない。いろいろお世話になっているからいいよ」
「あはは……ありがと」
愛想笑いのリンちゃんに小さくため息をつく。
別にリンちゃんが悪いわけじゃないしね。
ま、あまり責めても仕方がないし、許してやるか。
その後も他愛もない話をしながら車の中でゆっくりと過ごす。
だいたい一時間ほどで空港に到着し、執事の方に促され外に出る。
「あ、レンツさんにバーデルさん。おはようございます。ご挨拶が遅れました。本日からよろしくお願いします」
「おぉ、コトミ嬢おはよう。そんなにかしこまらなくてもいいぞ。これから一ヶ月間そんな調子じゃ息が詰まるだろう。もっとフレンドリーに接してくれ」
「あはは、善処します」
「コトミちゃんおはよ~。娘が二人出来たみたいで嬉しいわ~。私のことはママと呼んでくれても構わないわよ」
「あはは……」
さすがにこれは愛想笑いを返すしかない。
愛想笑い、役に立つスキルだね。
「もう、パパとママもコトミが困っているでしょ」
「わはは、すまんすまん」
「もう家族の一員なんだから遠慮しなくていいのに」
リンちゃんママが漏らした一言はスルーする。
「こんなところで立ち話もなんだから行くよ」
リンちゃんに先導され付いていく。
荷物はメイドさんたちに運んでもらう。
う~ん、楽だねぇ。
そのまま受付カウンターに行くかと思いきや、一般ルートから道を逸れ、人気の無い受付へ向かう。
プライベートオンリー? あぁ、お金持ちだからか……。
お金持ちだからって全て納得できるのもすごいけど、一般人に紛れて並ばないよね、そりゃ。
そうなると飛行機もプライベートジェットか……。
いくらかかるか想像できないけど、一般人の私には手が届かないんだろうなぁ。
搭乗手続きだけ済ませそのまま搭乗口へ向かう。
広い空港の中を動く歩道――オートウォークとかムービングウォークと呼ばれているらしい――に乗って進んでいく。
ずいぶん空港の端まで来ているけど……あれかな?
窓の外に小型ながらもジェットエンジンを積んでいる飛行機があった。
「あれに乗っていくからね」
前を歩いていたリンちゃんが振り向き答える。
「さすがお金持ち……なかなかできない経験」
「ふふん、お金はある所にはあるのよ」
自分で言うかね、それを。
飛行機の中は想像通りと言うか、相変わらず豪華な作りだった。
「コトミはこっち、私は隣ね」
六席あるうちのひとつに座る。
ふぅ、やっぱり、どうも気を使うなぁ。
精神衛生上ゆっくり出来ない。数日すれば馴れるかなぁ。
まさかこれが一ヶ月も続いたりしないよね。
そんな不穏な空気を読み取ったからか――、
「向こうに着いたら森でキャンプする? ほら、遭難したときも普段と違って生き生きしていたじゃん。やっぱりたまには自然に帰らないと辛いの?」
「ちょっと、私は野生児でもなんでもないよ。あの時は非日常な雰囲気に魅了されていただけだから。決して森暮らしをしたいとは思っていない」
まったく、私をなんだと思っているんだろう。
でもまぁ、安全に寝泊まり出来るのなら森の中で一泊するぐらいはいいかな。
「ふ~ん、でも楽しそうだから行ってみようね。二、三日ゆっくりしてからでいいからさ」
会話が一区切り付いたところで、機体が動き出す。
ゆっくりと滑走路へと進む飛行機は、他の飛行機と同じように離陸の準備を始める。
飛行機は久し振りだね。
子供の頃、両親に連れられ何回か乗ったことがある。
初めて乗ったときはおっかなびっくりだったけど、今では特に驚くこともない。
こんな鉄の塊が大空を羽ばたくなんて、やっぱり科学はすごいね。
フライト時間は一時間ぐらい。
案外早いように思えるけど、離陸前、着陸後が長いからトータル的な時間はそれなりにかかっている。
時間的にお昼ご飯は飛行機の機内食。
それまでゆっくりと過ごそう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……私の知っている機内食はお皿で料理が出たり、グラスを使ったりしないんだけど。
リンちゃん家族との会話が一段落したところでお昼ご飯の時間となった。
そして、出てきた料理が普通のレストランみたいなコース料理、ですか。
乱気流とかで飛行機揺れたら危ないでしょうに。
その場合はすぐに片付けられるって? そうですか。
お味はいつものことながら、出来立てで美味しゅうございました。
「旦那様、そろそろ着陸の準備に入ります」
食後のお茶を飲んでいる最中そう声をかけられる。
「そうか、それじゃあ三人とも準備をしようか」
メイドさんがテーブルの上を片付け、私たちは椅子のシートベルトを付ける。
窓の外を見ると広大な自然の中に空港と近くの街が見えた。
「空港から二時間ほど移動するからね」
聞くところによると、この辺りは交通の便があまり良くないらしい。
鉄道も走ってはいるがほとんどが車での移動になるとのこと。
リンちゃんの住んでいる地域は隣国との国境も近いという。
なんでそんなところに別荘なんてあるの?
若干疑問に思いつつも、あまり気にすることもなく外の景色を眺め続ける。
ゆっくりと降下していく飛行機。
これからの一ヶ月、楽しみのような少し不安のような、そんな気持ちを抱えながら空の上からの景色を眺め続ける。




