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56 次の約束

「ん~~っ」


 身体を起こし伸びをする。

 なんか懐かしい夢を見たような気がする。

 それに、カーテンの隙間から日が差し込んでいるあたり、少し寝過ごしたようだ。


「よく寝たなぁ」


 リンちゃん家のベッドはさすがに寝心地が違う。

 そのうち家にも欲しいと思うけど、いったいいくらするんだか。

 そういえばリンちゃんは――と。


「……なんで、そんな端っこで寝ているの?」


 布団の膨らみは私の反対側――対角の一番端っこで丸まるように布団を被っている。


「……コトミは、今までに、誰かと一緒に、寝たことはある?」

「はい?」


 布団の中からでもハッキリと聞き取れる、呪詛(じゅそ)のような声色でそんなことを言われる。

 言っている意味がよくわからないけど、いつまでもそうやっているわけにもいかず、リンちゃんを起こしに行く。


「おはよう」

「……おはよ」

「うわっ、目の下のクマどうしたの? 眠れなかったの?」

「誰かさんのお陰でね」

「……?」


 はて、何かしただろうか。

 首を傾げながらリンちゃんの顔を覗きこむ。


「はぁ、もういいよ。起きようか」

「体調悪いなら寝ていた方がいいんじゃない?」


 モソモソと布団から這いずり出るリンちゃんにそう声をかける。


「大丈夫。ただの寝不足だから……」


 本当に大丈夫かな。

 辛そうだけど。


「ほら、顔を洗いに行くよ」


 そのまま考えていても仕方がないので、リンちゃんのあとについていく。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「今日は何時に帰る? もしよければずっと泊まっていってもいいよ?」


 朝ご飯の途中でリンちゃんからそんなふうに声をかけられる。

 顔を洗ったお陰で目が覚めたらしい。顔色も良くなっていた。


「さすがに申し訳ないから帰るよ。時間は特に決めていないけど、お昼頃かな」


 今日も休みだけど、あまり長居しちゃ申し訳ないしね。

 リンちゃんも一人の時間とか欲しいだろうし。


「コトミってやっぱり一人が好きだよね」


 うっ……。否定はしないけど面と向かって言われるとちょっとね。


「でもまぁ、休み中はずっと一緒だからね。今日は許してあげる」

「休み中ずっとって、まさか一ヶ月間ずっと?」

「もちろん! コトミも一緒だよ」

「いやいやいや、ちょっと待って。さすがに一ヶ月は長い、長過ぎる。それに、そんな長期間お世話になるわけにはいかないし――」

「おぉ、それなら心配いらないぞ? コトミ嬢は家族も当然だからな。一ヶ月とは言わずにずっと居たらいい。なんなら引っ越しも手配しようか?」


 パパンーっ!?

 いやいやいや、他人の子を勝手に家族にしないでよ。

 さすがにママさんは止めてくれるよね?


「それはいいですね~。もういっそのことウチの子になりませんか? リンとも仲が良いですし、大歓迎ですよ」


 ママン……あんたもか……。

 ガックリとしつつも、ちゃんとお断りしないと……。

 本人たちはいいんだろうけど、金銭的な面もあるし、ウチの両親のこともある。

 いや……ウチの両親なら「コトミが決めたのであれば良いわよ~」とか言いそうだな。

 信用されているんだけどその分、責任が……。


「さすがに金銭的な面もあるので、申し訳ないですが……」

「お金のことは気にしなくていいさ。一人二人増えたところで大して変わらないしな」

「でも……」

「それでも気になるんだったら……そうだな。リンの護衛兼家庭教師として雇おうじゃないか。コトミ嬢は成績優秀、学業以外でも幅広く知識を蓄えていると聞く。それに、森に遭難した際はクマと戦い勝ったそうじゃないか。休みの間、リンの護衛と家庭教師をしてくれればいい。泊まり込み費用は経費として負担しよう」


 うぅーん……言っていることはわかるけど……。って、クマに勝ったって、リンちゃんは魔法のことを喋っていないよね。大丈夫だよね。

 ふと、リンちゃんの方を見るとにこやかにウインクしていた。

 ……大丈夫、だよね。

 不安にかられながらもどうしようかと考える。

 大義名分とは言え、頼まれている内容はよくある内容……って、この世界で護衛依頼ってあまり無いよね?

 それに子供に依頼する内容でもない気がするんだけど。


「治安がいいとはいえ、リンを一人で出歩かせるにはいかないからね。護衛の者が誰か付いて行くことになるのだが、コトミ嬢がいれば十分護衛の役目を果たせると思うし、リンとしても友人同士の方が過ごしやすいだろう?」

「もちろん!」


 まぁ……ここまでお膳立てされて断るわけにはいかないか……。


「はぁ、わかりました。一応両親にも断りいれなければいけないので、後日返答します」


 うちの両親なら二つ返事で了承しそうな気がするけど……。


「おぉ、そうか。それは良かった。賃金も弾むからな。それにご両親への説得は我々に任せてくれたまえ」


 これ以上お金はいらないよ!

 遠慮しているのに逆に増えてどうする。

 両親への説得もいらない。

 説得しなくても「コトミちゃんが自分で決めたのなら大丈夫ね~」の一言で終わりそうな気がする。


「さっきも言ったが、治安は悪くないから滅多なことは起きないと思っているからね。念のためにお願いしているだけだから、そこまで神経質にならなくてもいいぞ」


 頼んどいてそれはいいのだろうか……。

 まぁ、家庭教師はまだしも護衛というのは建前なんだろうな。

 影ながら見守る護衛はいそうだしね。

 そんな感じでなし崩し的に、いろいろと決まってしまった。

 リンちゃんも喜んでいるし、まぁ、いいか。

 私も休み中は特に予定が無いし、子供だからあまり無茶なことはできないし。

 それならリンちゃんと一緒にいた方がいろいろと楽しいかな。

 この世界で唯一魔法の存在を知っている大切な友人。

 建前とはいえ護衛として雇われたから、何かあったときは身を(てい)して守ろう。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「それじゃあまたね」

「うん! また、明日学校でね!」

「レンツさんにバーベルさん、短い間でしたがありがとうございました」

「うむ。気を付けて帰るんだぞ」

「コトミちゃんまたね~」

「はい、また長期休みの時にお邪魔します。ありがとうございました」


 深々とお辞儀をし、その場をあとにする。

 二日間だけではあったけど、なかなか濃厚な二日間を過ごした気がする。

 みんないい人たちだったし。

 ……かなり贅沢させてくれたし。

 いかんいかん、現金な奴と思われちゃう。

 リンちゃんのご両親ならそれでもいいと言ってくれそうだけど……。

 違う違う、私はお金持ちかどうか関係なく、リンちゃんというお友達と過ごすために来たんだ。

 貧乏でも孤児でも浮浪児でも仲良くなっていたよ。

 友達なんだから。

 そう自分に言い聞かせるように、一人帰路につく。

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