51 入浴タイム
「いい時間だし、先にお風呂入っちゃおっか。汗もかいたしさ」
壁の時計を見るともう既に夕方の時間になっていた。
特に異論もないからリンちゃんに従う。
「ウチのお風呂は広いから一緒に入れるよ」
「えぇ……」
「なによ、嫌なの?」
「そういうわけじゃないけど……。一人でゆっくりしたい」
「ぼっち」
「なっ、ぼっちじゃない。一人が好きなだけ」
なんか、以前も同じようなやり取りをしたような気がするけど。
「いいから、一緒に入るの。毎日じゃないんだし、たまにはいいでしょ」
「むぅ……。まぁ、仕方がないか」
ため息をつき諦める。
「よし、決まり! それじゃあ早速行こう!」
「ちょ、ちょっと引っ張らないでよ。それに着替えを取りに行かないと」
「おぉ、そっか。それじゃあ私の部屋に急ごう!」
結局走るんかい!
そのまま引きずられるようにし訓練所をあとにする。色々と慌ただしく、ゆっくりできない。
「と、いうわけでお風呂~!」
「テンション高いね……」
若干あきれつつ、お風呂場を覗く。
三十人ぐらい入れそうな大浴場だ。
さすがに三十人入るとぎゅうぎゅう詰めだろうけど……。
やはりお金持ちは規模が違うね。
前世でもここまで大きいお風呂は見たことがない。
「ほら、コトミも早く服脱いで」
「わわっ、ちょっと待ってよ」
リンちゃんの方を見ると既に準備が整っているようだった。
はぁ、まったく慌ただしいなぁ。
急かされるように服を脱ぎ、後ろを振り返るとリンちゃんと目が合う。
……なんで見ているのよ。恥ずかしいじゃん。
「コトミの肌って綺麗だよね」
「そういうこと言わないで」
「なんで? 褒めているのに」
恥ずかしいんだよ。
それに、自分より可愛い子に言われると、褒められている気がしない。
リンちゃんも少しぐらい隠せばいいのに、恥じらいというものがないのか。
え? いつもメイドさんとかに見られているから気にしない? お嬢様的考えかよ。
「また余計なことを考えて、それよりコトミにお願いがあるんだけど」
「どうしたの? あらたまってさ」
「んー……髪の毛まとめてほしいんだけど、できる?」
リンちゃんの髪を頭から毛先まで見る。
この長さだと確かにお風呂は大変かもね。
「いいけど……普段はどうしているの?」
毎日お風呂に入るんだから、どうにかしているんだろう。
「普段はメイドさんにお願いしているんだ。でも、今日は二人でゆっくりしたかったからね。遠慮してもらったの。さて、この髪をどうしましょうか」
「どうしましょうか、じゃないよ。どうするのよ」
「コトミにお願いできないかな? って思って」
はぁ……。まぁ、髪を束ねるだけだから、そんなに難しくはないだろう。
この先もきっと強請られるんだろうから、今のうちにやれるようになるか。
……って、自分は肩程度の長さなのに、なぜロングの髪を結べるようにするのか。
……まぁ、いいや。深く考えないようにしよう。
「安心していいよ。ワタシがやり方を教えるから」
「そんな心配はしていないけど……。仕方がない、やってあげるから、やり方教えて」
「ホント!? やった。だからコトミって大好き」
「……そういうことは未来の旦那さんにでも言ってあげなさい」
まったく、子供の愛情表現はストレート過ぎて、ちょっと困ってしまう。
「んふふ〜。だから、言っているよ?」
え……? いや、それはどういう……。
リンちゃんの屈託の無い笑顔の裏に、凄絶な計画があるような気がしてそれ以上の言葉が出てこない。
「と、とりあえず、髪だね? 髪の毛をまとめ上げればいいんだよね? やり方教えてくれる?」
私の危機察知能力が、この場を早く切り上げろと警鐘を鳴らす。
「いいよ。こっちに来て」
不自然なほどご機嫌なリンちゃんが背を向け、自分の髪を持ち上げる。
「そこにあるタオルを肩にかけてくれる?」
言われるがままタオルを手に取り、リンちゃんの肩へかける。
リンちゃんの説明どおりにそのまま髪をまとめ上げていく。
最後に頭の上で結び目を作り完成。
「うん。初めての割には上手だね。誰かにやったことあるの?」
「ないよ……さすがに」
頭の結び目を耳のように揺らしながら、リンちゃんが顔を覗き込んでくる。
なんで詮索されているのか謎なんだけど。
「ふ〜ん。ま、いっか。じゃ、お風呂入るよ。こっちおいで、背中を流してあげる」
「うわわっ、引っ張らないで、滑る」
浴室のドアを開いて中に入る。浴場で走るとか自殺行為だろ。
こんなところで滑って転んで痛い思いしたくないよ。
「ここに座ってね」
促され、渋々とバスチェアに座る。
「じゃあ、シャワーかけるよ~」
ほどよい温度のシャワーが頭にかけられ、リンちゃんの手が優しく髪の毛をすいていく。
「ふんふふ~ん、お湯加減はどうかな~」
「ん……大丈夫」
リンちゃんご機嫌だね。そんなに楽しいものかな。
「よし、次はシャンプーね」
しばらくお湯で流したあと、シャンプーを手に取り髪を洗っていく。
「そういえばコトミって髪伸ばさないの? 黒髪って伸ばすと可愛くなりそうだけど」
「んー、昔からこのぐらいの長さだしね。それに、長いと動き回るときに邪魔になる」
「動き回るって……。あぁ、クマと戦った時みたいにね」
どうやら察したようで。
この世界じゃあまり機会がないけど、やっぱり短い方が動きやすい。
短いって言っても肩までは伸ばしているし、そんなに変じゃないと思うけど。
「……短いと変かな」
頭でシャンプーを泡立てているリンちゃんに聞いてみる。
「ん~? そんなことないよ。髪は長くても可愛いかも知れないけど、短いコトミも十分可愛いよ」
「……別に、可愛いとか、関係ないし」
「ふふふ、照れてるのかな~」
「照れてない。断じて違う」
「そこまではっきり言うと逆に怪しいんだけど?」
くっ……。
無言になったのがタイミング的に良かったのか、髪の毛をシャワーで洗い流していく。
「短いのは洗うのも楽だよね。長いとケアが大変でさ~」
あ~、そうだろうね。
私の三倍……いや、四倍の長さはあるだろうか。
前世では髪を洗うとか滅多に無かったけど、この世界では毎日洗っている。
シャンプーやリンスという便利なものもあるし。
「次はリンスね。最後にトリートメントもしてあげる」
「……至れり尽くせりだね。見返りを凄く求められそう」
「そんなことないよ~。同じようにワタシも洗ってくれればいいからね」
「まぁ……それぐらいなら」
「ふふ、よろしくね。じゃあ、背中洗うね」
後ろからボディソープを泡立てている音が聞こえる。
その泡を背中に広げ、手で伸ばす。
……ん? ……手? 素手?
「リンちゃん、タオル使わないの?」
「素手の方が肌に優しいからね」
いや、そうだとしてもちょっと手の動きが……。
まんべんなく背中へ手を這わせ、首、肩、腕へと移り、脇から――、
「あ、こら、どこ触っているのよ。前は自分で洗うからいいよ。……って、変なとこ触らないでよ。聞いてる? あ、ちょっ、やめ……!」
~~~~っ!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「冷たぁい~~! 急に魔法を使うなんて反則だよ!」
「リンちゃんが変なところ触るからでしょ! まったく、あんなところや、こんなところまで……」
あぁ~、もう、顔が熱い。
からかうにしても限度があるでしょうが。
身の危険を感じた私は咄嗟に魔力全開で水球を放った。もちろん、お湯ではなく冷水で。
「炎弾や雷撃じゃないだけまだマシでしょ」
「うぅ……さすがに焦がされたり痺れたりは勘弁してほしいなぁ」
シャワーで身体を暖めているリンちゃんの隣で身体を洗う私。まったく。
「あ、髪の毛途中だからワタシがやってあげるね」
じーっ、と疑いの目でリンちゃんを見る。
「な、なにもしない、なにもしないから……」
あわわわと両手を振りながら焦るリンちゃん。
まぁ……反省しているようだし、いいか。
「……次はないよ」
こくこくこく。
首降り人形みたいにうなずくリンちゃん。
軽くため息をつきながら、リンちゃんに身体を預ける。まったく。




