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44 友人宅への訪問

 そしてやってまいりました週末。

 この前の約束どおり、今週の休日はリンちゃん家にお泊りをする予定だ。

 事前に住所は聞いていたから、それを頼りにやってきたんだけど……。


「ここ……だよね」


 目の前には大人の背でも届かないぐらいの高い門。

 門とは言っても柵のような門のため、当然中も見える。

 その中には学校のグラウンドと同程度か、それより若干広い庭が見える。

 ……冷や汗が流れる。

 とんでもないところに来てしまった。


「……そうだ、私は住所だけではたどり着けなかった。スマホも忘れて連絡が出来なかったんだ。そう、仕方がないんだ」


 自分に言い聞かせるように回れ右をする。

 一歩踏み出そうとしたところ――。


『あーっ! コトミっ、どこに行こうとしてるの!?』


 びくっ!!

 若干機械を通したような、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 新たな冷や汗が流れる。

 首だけを動かし振り向くと……インターホンが青く光っている。


『今から迎えに行くから待っててよ! 絶対だからね!』


 通話が切れる音と同時に小さくため息をつく。


「はぁ、仕方がない。覚悟を決めよう」


 ――数分経過。

 なっがっ!! 長いよ!

 玄関先、と言うより門先で待たせすぎだよ。

 あれか? 門まで遠すぎて時間がかかってしまいました、てへっ。ってやつか。

 くそぅ、焦らすなんて反則だ……。


「お待たせー!」


 少し息を切らせたリンちゃんが門の向こう側までやってきた。

 やっぱり、遠かったのか……。


「もう、コトミひどいよ。さっき帰ろうとしたでしょ」

「そんなことはない。ここを家とは思えなかった。決して、断じて、リンさんから逃げようとは思っていないのです」

「そ、そう? なんかコトミのしゃべり方が変わったように思えるんだけど」

「いえ、貴族様に馴れ馴れしい言葉など、もってのほかです」


 うん。これだけの豪邸に住むのは貴族しかいない。きっとそうだ。


「やめてよ~っ。貴族でもないし!」

「……そうなの?」

「そうだよ。お金持ちなだけ!」

「そっかー、お金持ちなだけかー」

「そうだよー」

「「あはははは」」


 二人で大笑いする。

 そっかー、なるほどー、へー……。


「って、それでも引くわっ!!」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ。何よ、この家? 家なの? これ」

「家だよ~」

「…………」


 回れ右をする。


「あぁ! なんで帰ろうとするの! 待ってよ~」

「住む世界が違うよ!」

「え~、友達なのに?」

「…………」

「…………」

「はぁ、仕方がない……いいよ。お邪魔します」

「……うん! いらっしゃい!」


 大きい門の脇に人が通るための小さめの門が付いており、そこから中に入る。

 入ったあとの門はメイドさんが閉めている。

 メイドさん……。

 まぁこれだけ大きい屋敷ならお手伝いさんは必要だよね。


 リンちゃんに連れられて玄関らしき場所に行きつく。

 玄関……だよね。

 いや、ホールと呼べばいいのかな。

 こんな立派な屋敷は転生してからは初めてかな。

 前世では貴族の屋敷にお邪魔することもあったけど、そっちにも負けず劣らず、って感じだね。


「あ、荷物はメイドさんに渡して」

「ん?」


 よく見たらメイドさんが側に控えている。


「それならお願いしようかな」


 (うやうや)しくお辞儀をしながら荷物を受け取るメイドさん。


「お預かりします」

「ん、お願いします」

「それじゃ、こっちだよ~」


 リンちゃんに連れられ一階の部屋に案内される。


「パパとママを呼んで来るから、くつろいで待っていて」


 そう言うとメイドさんへお茶の指示を出し、部屋を出ていった。

 っと、手土産を渡さないと。

 リンちゃんは行ってしまったので、近くのメイドさんに渡しておく。

 どんな手土産がいいかわからなかったけど、無難にケーキや多少日持ちする洋菓子を数点買ってきた。

 そこそこのお店の物を買ってきてよかった。

 貴族家って聞いてないよ……まったく。

 お金には特に困っていないし、人にプレゼントするからにはなるべく吟味して、できる限り上等の物を選ぶようにした。

 その方が受け取った側も喜んでくれるし、送った私も嬉しい。

 メイドさんが一礼して退出、この部屋に私一人となった。

 リンちゃんに案内された部屋は広く、中央にテーブルとソファーがある応接室のようだった。

 周囲を見渡すと高価そうな調度品がいたるところに置かれている。


「くつろいで……って言われても、落ち着かないでしょ……」


 手短なところに飾ってある色とりどりな宝石のついたツボが目にはいる。

 価値がわかるわけではないが、このツボ一つ買うお金で何年も生活できるのだろうと容易に想像できる。


「はぁ……」


 軽くため息をつきながら、ソファーに腰かける。

 友達の家に遊びに来ただけなのに、なんで貴族家当主に挨拶することになっているのか……。

 前世ではあまり貴族家に関わることが無かったため、すこぶる気が重い。

 リンちゃんには悪いけど早々にお(いとま)しようかな。

 そんなことを思っているとドアがノックされ、直後にドアが開け放たれる。

 ノックの意味あるのか……。


 誰が入ってきたか容易に想像できたため、立ち上がりながら振り向く。


「コトミ、お待たせ~!」


 やはりリンちゃんか。

 リンちゃんの後ろに続いて入室してきたのは、リンちゃんと同じプラチナブロンドの男性と女性だった。

 この二人がリンちゃんのご両親かな。

 父の方は身長が高く、服装の上からでも筋肉質な身体をしているのがわかる。

 母の方は少しおっとりとした、優しげな雰囲気をしていた。

 テーブルを挟んで向かい側に面と向き合う。


「お招きいただきありがとうございます。リーネルンさんのお友達でコトミ・アオツキと申します。以降、お見知りおきを」


 一歩外側にずれ、スカートの両端を掴みカーテシーで一礼する。

 隣で「だれ?」って呆れた声が聞こえるけど、私だってそれぐらいの礼儀作法は出来るよ。失礼な。


「これはこれは、ご丁寧に。さ、どうぞ座ってくれたまえ。娘が友達を連れてくるなんて初めてだからね。せっかくだから挨拶をと思って、無理言って同席させてもらったよ。おっと、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ない。私が当主のレンツで、隣にいる彼女が妻のバーデルだ」


 矢継ぎ早に会話を進めてくる。

 テンション高めでまるでリンちゃんみたい。

 さすが親子だ。

 というより自分で当主って言っているけど、やっぱり貴族かなんかじゃないのかい。


「妻のバーデルです。リンと仲良くしてくださいね」


 ワンテンポ遅れて会話に参加してきたのは、同じ髪色の小柄な女性。

 しゃべり方や雰囲気からおっとりしている印象を受ける。


「よろしくお願いします」


 隣に座っていたリンちゃんがぴったりとくっついてくる。


「ねぇねぇ、この子可愛いでしょう?」


 いきなり何を言い出すのかこの子は。


「そうだな。リンの言うとおり可愛らしい子だね。聡明(そうめい)そうなのも評価が高い。さすが娘の友達だ」

「あはは……」


 なんでいきなり値踏みされているんだろうか。


「ごめんなさいね。娘はどうも大人びていて、今まであまり気の合うお友達がいなかったみたいなの。初めてのお友達に、私も夫も喜んでいて、気分を害されたのであればごめんなさいね」

「あぁ……いえ、大丈夫です」

「もー、他にも友達はいるよ? ただ、コトミほど話の合う子たちがいないから連れて来なかっただけだよ」


 ぶーぶーと隣で抗議の声を上げている。


「リンちゃんは人気者なのに友達がいなかったんだね」

「コトミよりマシでしょ。コトミが他の子たちと仲良くしているとこ、見たこと無いよ」


 なっ、それはひどい!

 私だって友達ぐらいいるよ!

 あぁ、ほらご両親が哀れみの目を向けているし……。


「いや、私もリンちゃんと同じように、お喋りできる友達ぐらいはいますからね? クラスの子たちとか」


 それは友達というよりただのクラスメイトでしょー、という横からの言葉はスルーする。


「ははは、お互い仲が良くて安心したよ。これからも娘を頼む。なかなか友達も出来なくて心配していたんだが、これでやっとひと安心だ」

「ホントですね。リンは全然友達のことを話さないものですから。やっと友達ができて良かったですね」

「ちょ、ちょっと! だから違うって!」


 顔を赤らめ抗議するリンちゃん。

 珍しく焦っている。

 ご両親は我が娘が微笑ましいのか、終始にこやかに接している。

 いいご両親だね。


「コトミもなにをニヤニヤしているのよ」

「えっ? そんなことないよ?」


 おっと、いけない、いけない。


「普段、無愛想なのにこういう時だけ笑顔なんだから」


 えらい言われようだな。

 愛想笑いぐらいするよ。

 愛想笑いは笑顔じゃないですか。そうですか。


「ほら、もう行くよ。じゃあ、パパとママはまたあとでね」

「ああ、ゆっくりしていくといい」

「コトミさん、またのちほど」

「はい、ありがとうございます」


 リンちゃんに手を引かれ部屋をあとにする。

 後ろから微笑ましい視線を感じた。

 いいご両親だね。

 リンちゃんが愛されているのがよくわかる。

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