42 戦利品の中身
裏山に大きな金属音が響く。
「むぅ、なかなか開かないな」
そう、つぶやきながらもう一度、風槌を叩き込む。
風槌を受けて転がっていく黒色の四角い物体。
「この世界の金庫はちょっと頑丈過ぎじゃない?」
家へ帰る前に、収納を圧迫しているこれをどうにかしたかった。
「もういっちょ」
転がった金庫を起こし、風槌を再度叩き込む。
その瞬間――、
「おぉっ」
先ほどとは違う鈍い金属音が鳴り、表の開戸が弾け飛ぶ。
「開いた?」
「うひゃあっ!」
反射的に転移で数メートルの距離を取る。
「……なんだ、リンちゃんか。驚かさないでよ」
高鳴る心臓を抑えながら安堵の息を吐く。
「なんだ、じゃないよ。電話しても出ないし。何かあったかと思っちゃった」
……あっ。
スマホはコートの中に入れたままだった。
そして、そのコートはそのまま収納に……。
「ご、ごめん……」
「まぁ、無事で良かったよ。それにしてもやっぱり転移魔法って便利だよね。瞬間的にこれだけ移動できるなんて」
そう言いながら数メートルの距離を詰めてくる。
不穏な空気についつい一歩後ずさる。
「……なんで下がるのよ」
「いや、なんというか、つい……」
「はぁ、コトミって意外と小心者だよね。大丈夫だから」
大丈夫と言われても……。
近くに立ったリンちゃんに手を握られる。
「ワタシはコトミの味方だからさ。それに、助かったでしょ? あのまま、フェリサを放っておくわけにもいかなかったし、かといって見捨てるわけにもいかないだろうし」
まぁ、そうだよね。
わざわざ私を手伝う必要も無かったのに、 不信感を抱かれると分かっていて手伝ってくれたのかな。
それなら悪いことしちゃったかな。
「リンちゃん……ごめんね、私……」
「いいよ。コトミの気持ちも分かるしね。家の地図も入手するし、公安が突入するタイミングも不自然すぎるし、まるで仕組まれた出来事のようだったしね」
そうなんだよね。
まるで全てを見透かされているような、そんな感覚に陥ってしまった。
「何度も言うけど、ワタシはコトミの味方だよ。いまさら裏切るなんて無いよ」
「うん……ありがとう」
そうだよ。
森で遭難した時に、魔法を使った私を受け入れてくれたじゃないか。
それに、打算的に考えるのであれば、私との関係は良好に保っておきたいはず。
私の能力は私にしか扱えないから、陥れるよりは引き込む方がメリット大きいという判断だろう。
「また、余計なことを考えているね」
う……。
「ところで……リンちゃんはなんで私のいる場所がわかったの?」
話題を変えるかのように切り出す。
「そりゃ、あんな轟音が鳴っていたらすぐ分かるわよ。コトミってホントに周りを気にしないんだから。よく通報されなかったね」
「う……」
確かに、ちょっとやりすぎちゃったかな。
「それより、開いたの?」
あ、そういえば、金庫を持ってきたこと言っていなかった。
悪党の物だけど勝手に持ってきたことは、さすがに内緒にしておきたいなぁ。
「……ここに落ちていた物だから、よくわからないけど」
私の誤魔化しを聞いたリンちゃんは眉をひそめ、
「なに言っているの? あの家から持ってきた物でしょ? ちゃんと見ていたし」
見られていた!?
どうやってよ……。
「その辺の話はあとで詳しく教えてよ?」
深いため息をつきながら、取り繕っても無駄なことだと理解する。
最後の風槌でまた転がっていった金庫のもとへと歩いていく。
扉は無惨にもひしゃげ、蝶番のところで折れ曲がっている。
中身は……。
「おぉっ」
金色に輝く塊が一、二、三……。
「だいぶ溜め込んでいたんだね。現金じゃ無いところを見ると、表に出せないお金かな」
リンちゃんも肩越しに覗き込みつぶやく。
そのまま金庫の中身を全て外に出して並べる。
金色に輝く塊が目に眩しい。
うむ、いい収入源である。
思いがけぬ臨時収入でほくほく顔である。
「嬉しそうだね」
そりゃあね。
子供だからってのもあるけど、懐が寂しかったからちょうどよかった。
両親からの仕送りはあるけど、やっぱり自分で自由に使えるお金は持っておきたい。
リンちゃんの言葉を借りるのであれば、お金と権力はあるに越したことは無い……って、とんでもない奴だな。
「でも、それ、どうするの?」
「え……?」
「いや、ワタシたち子供が金塊なんて持っていたら怪しいでしょ。換金とかそういうのどうするつもりなの?」
「…………」
そうだった。
この世界じゃ子供に換金してくれる所もないけど、それ以前に、こんな大量の金塊を持ち込んだらそれだけで怪しまれる。
うーん、どうしたものか。
「はぁ、コトミってそういうところ抜けているよね。いいよ、ワタシがなんとかしてあげる」
――え?
「いいの? って、どうやるのさ」
「ちょっとツテがあってね。その代わりワタシにも分け前ちょうだいね」
片目をつむり、ふざけるような口調でそう語るリンちゃん。
「それはもちろん。リンちゃんにも助けてもらったんだから当然だよ」
私だけじゃフェリサちゃんを救出できても、その後の処理ができなかった。
身バレせずに解決できたことはリンちゃんのおかげだ。
これでのんびりスローライフを続けることができる!
「……コトミって、お人好しって言われない?」
相変わらず唐突だね。
まぁ、たまに、言われるかな。
なんでだかはわからないけどさ。
「それじゃあ、ちょっと重いけど」
まだ呆れ顔のリンちゃんに向かって金塊を差し出す。
両手で抱えられるとはいえ、子供にとっては少々キツイ量ではある。
私は魔力による補助でなんとでもなるけど。
「うーん、さすがに重いからなぁ……そうだ! 今週末ウチに来るでしょ? できればその時に持ってきて欲しいんだけど」
まぁ、それぐらいならお安いご用だね。
魔力は減るけど金塊だけであれば収納しても魔法使えるだろうし。
金塊を子供が持ち歩くのも目立ってしまうし、何かが起きるかもしれない。
その点、私であれば収納があるから、そういう問題とは関係なしに運べる。
そんなわけでとりあえずは収納にしまう。
既に日が沈みかけていることもあり、今日はもうおしまいかな。
そのまま他愛もない話をしながら、二人で家のある方向に向かって歩き出す。
ちなみにフェリサちゃんは無事保護されたらしい。
念の為に病院へ行って検査を受けるだろうけど、すぐに帰れるとのこと。
良かった……。
誘拐犯達も捕まって取り調べを受けることだろう。
早く黒幕が判明すればいいね。
何はともあれ無事に終わって良かった良かった。




